31 老人と虎
ゲスイカオ=トクシカは自身の命が助かった事よりも今しがた自身の目の前で起こった出来事に驚嘆せざるをえなかった。
次世代型高性能機故に前線部隊には配備されず、緊急性の高い戦場へ適時派兵される震電はトヨトミ上層部からの“火消し”としての期待を十二分に果たしている。
HuMoや関連商材を商うトクシカとてその姿を見るのは今日が初めて。
その高性能ぶりは噂以上。
トクシカ商会製の改修キットを最大限にしようしてGTーWorksⅢ仕様となったニムロッドカスタムですらロクに照準を付けられないような機動性を前にトクシカも一時は死を覚悟していたほどである。
ニムロッドカスタムⅢのパイロットがズブの素人である少年であった事も関係していたのかもしれないが、似たり寄ったりの性能であるU2型を駆るゴロツキ乙女は一流といっていいような腕を持っているのに防戦一方であったのだからマモルを責めるのは酷というものだろう。
それほどに震電は圧倒的であった。
近代化改修だの、新技術の導入だの、そんな小手先の技を旧式機に施したくらいではけして辿り着けない境地。
まさに世代の隔絶。
乗り越えられない壁。
その震電がすべて地に臥していた。
12機の震電が、1個中隊の震電が、たった3機のHuMoに全滅させられていたのである。
「マモル君も意外とやるじゃない?」
「そっちは相変わらずですね。ていうか盾の癖に勝手に動き過ぎです」
「いや、別にケーニヒスはそっちの増加装甲じゃないから……」
マモルが晴れ晴れとした声で通信に応じる。
つい先ほどまで半狂乱といっていいほどに怯えて取り乱していた少年がである。
それもこれも
マモルのパートナーであるライオネスが乗る王虎が姿を現してからマモルは戦意を剥き出しにして、これまでの借りを返すとばかりに前へ前へと出ていくような戦いぶりを見せていた。
正直、操縦技能が優れていたわけではない。
バトルライフルを装備しているのなら適切な距離を保持して戦うのがベターであるといえようし、相互支援を行うにしても王虎との距離が近過ぎた。
「盾」だの「増加装甲」だのという言葉が嘘ではない証拠に王虎は避けられる弾をわざと受けて、すぐ後ろのニムロッドに被害が及ばないようにしていたのもあまり褒められた事ではないだろう。
それでもトクシカが口を挟めないほどに鬼気迫る戦意であった事は事実であるし、事実、12機の震電の3分の1ほどはマモルが仕留めていたのだ。
「ていうか、なんです? その『けーにひす』ってのは? 借り物の竜波にニックネームとか付けてんですか? こっぱずかしいからやめてくださいよ?」
「いや、マモル君。彼女が乗っているのは
「あ、トクシカさん、元気でした? すいません、マモル君がニムロッド乗ってちゃって、他に借りられる機体も無かったんで博物館に飾ってあるヤツを借りてきちゃいました!」
悪びれる様子もないライオネスの声色とは裏腹、彼女の王虎はズタボロであった。
あちこちにカートゥーンアニメのチーズのような穴が空き、灰色の装甲は煤で黒く染められて所々ひび割れてすらいる。
だが、美しかった。
博物館で埃を被っていた王虎が、その名が示すように立ち塞がる敵をバッタバッタと薙ぎ倒していく様はまさに痛快。
虎の爪の餌食となった哀れな草食動物が2度と立ち上がる事ができないように、ライオネスが乗った王虎はまさにその機体コンセプトを体現していたのだ。
数十年に渡って商いを続け、彼の商会からHuMoを入手した傭兵は星の数ほどいる。
だが、ライオネスほど機体の性能を十全に発揮して戦える者が他にいたであろうか?
腕自慢で鳴らす傭兵たちの内、震電中隊を相手に喜々として戦いを挑んでいけるだけの者がどれほどいようか?
「それでなんですけど……、ちょっと謝らないといけない事があって……」
「うん、なんぞな?」
「この子を起動した時、機種名が登録されてなくて……、それでその場の勢いというやつか『ケーニヒス・ティーガー』で登録しちゃいました」
「いや、普通にキングタイガーで登録すればよかったんじゃ?」
「ハハハ……」
「ま、いいぞな! そんな些事……」
今、通信機越しに話している少女が震電中隊を撃破したとという事実が、ちょっと気を抜けばすぐに頭の中から飛んでいってしまいそうになるほどにライオネスの声は歳相応のまだ若い子供のものである。
戦闘中に聞いた赤く熱せられた鉄のような、渦巻く炎のような闘争心が女性の形を取ったかのように思われた苛烈な声とはまるで別人。
だが、それ故にマモルは彼女の後ろを付いて行けたのかもしれない。
トクシカは以前に難民キャンプで会った時のライオネスの事を思い出していた。
背の小さな痩せた少女。
年幼いマモルに対して年長者として背伸びしているようにも思われた少女が戦士としての一面を持っているとどうして思えよう。
一流と呼んでいいのかは分からない。
正直な話、トクシカにはライオネスというパイロットを評する事はできなかった。
それでも、あの怯えて今にも泣きだしそうなマモルが彼女が来た事で息を吹き返したように闘争心に火を付けたのが答えなのだろう。
「そう言ってもらえて助かりました。登録のし直しでお手数おかけします」
「手間なんぞかからんぞな」
「え?」
必要な物が必要とする者の手に渡る。
それがトクシカの商売人としての喜びであった。
竜波の試作品、正式な量産機は別コンセプトのものとなったために博物館で余生を過ごす事となった王虎にとって、ライオネスと出会えた事はまさに運命的な出会いであったとしかトクシカには思えなかったのだ。
それに加えて難民キャンプでの事件に続いて、今回で命を救われるのは2度目。
「ウチの博物館にあったのは『キングタイガー』ぞな。『ケーニヒス・ティーガー』なんぞ知らんぞな! それはきっとライオネス君の機体ぞ!!」
「え!? いいんですか!!」
そこが戦場であると忘れてしまいそうになるほどに弾んだ少女の声。
王虎にとってライオネスが稀有の操縦者であったように、ライオネスにとっては王虎こそ自身の半身のようにピッタリと肌感覚に合ったHuMoであったのだろう。
喜びに満ちた少女の声は歳老いた老人の頬を綻ばせた。
今回、トクシカの命を狙ってきた者たちはハイエナを装ってはいたが、虎の子の震電まで投入するほどの念の入れようである。
今回は命が助かった。
だが次はないかもしれない。
顧客の満足する顔を見るのはこれが最後になるかもしれないと、トクシカはライオネスの歓喜の声を深く胸に刻み込むのであった。
(あとがき)
以上で第4章はおしまいです。
次章もご愛顧よろしくおねがいします。
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