第5章

1 戦い終わって

 異星人よりもたらされた技術を元に開発された位相量子コンピューター。

 その膨大な演算能力を活用した「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」はまるでもう1つの現実世界のようで、私たちプレイヤーにはその全容は理解しきる事はできないのかもしれない。


 ありとあらゆる物事に生じる物理演算に世界1つを再現する無数のNPC。

 開発元の人間だって完全に把握しきれているのか不思議なくらいなのだが、もしかしたらホントに把握しきれてないから何かしら不具合が起こった時に姉さんとかが出張ってきたりするのかもしれない。


 とはいえ、1つ1つの事象についてはそれなりに推測ができる事も多い。


 例えばプレイヤーやユーザー補助AIに対するNPCの好感度システム。


 ゲーム内のNPC1人1人には個別に各プレイヤーに対する好感度が設定されており、プレイヤーの行動次第で好感度が上下するというのは他のゲームでも見られる事で、このゲームではただ単にそれが複雑になっているだけともいえる。


 私がトクシカさんからケーニヒスを貰えたのも好感度システムの恩恵が多分にあるのだろう。


 そうやって他のゲームの好感度システムを考えれば、特に何をしなくとも好感を得られるという事もあるのかもしれない。

 俗に「イケメンや美女は得をする」というヤツだ。


「これがおねショタってヤツなのかしらねぇ……?」


 震電部隊からトクシカさんを救出した私たちは自分のガレージへと戻ってきていた。


 掃討戦なんかはまだやっているらしく、最終的な結果発表リザルトはまだ出ていないが私の目的は果たしたし、中山さんたちもそれは同様みたいで、もういいかと思って一足先に皆揃って私のガレージでお茶でもと帰ってきたわけ。


 そこに付いてきたNPCの女性がマモル君に熱い視線を隠そうともせずにしていたのだ。


 まあ、マモル君も黙ってさえいれば可愛らしい少年に見えるし、そんな子供がみすぼらしい燕尾服を着ているのはその手の趣味の人にとっては保護欲をそそられるのかもしれない。


 私にもその気持ちは分からないではないので、相手の女性がいくらか、というよりだいぶ年増なのはひとまず置いておくとしよう。


「へぇ……。まさか、あのスカイグレーのニムロッドのパイロットがこんな子供ジャリだったとはね……!」

「ひぇ……!?」

「凄~~~い! 竜波のコンセプトモデル!? 激レアの一品物もあるとこにはあるもんだにぇ~!! ライオネスさん、見せてみせてぇ~!!」


 中山さんの親戚のお爺さん? の知り合いだとかいうヨーコちゃんに腕を引かれながらも後ろ目でマモル君とヨーコちゃんのお母さんのシズさんの様子を見るとやはり2人の距離が近すぎるような気がする。


 というか、シズさんの方が一方的といっていいくらいに積極的で、マモル君の方はたじたじになっているというのが近いのだろうか?


「後で私と1対1サシで模擬戦……、しよっか?」

「い、い、嫌ですよ!?」

「……は? 何で?」

「ひぃぃぃ……!」


 シズさんはロングの黒髪を後ろでまとめた感じでおしとやかな人妻って感じなのに、外見とは裏腹の肉食系女子であったのか2人が交わす視線は後ちょっとで唇が触れるのではないかというくらいに近い。


 私としては模擬戦とやらが模擬戦(意味深)にならなければと思うが、このゲームはそういうゲームじゃないんだから心配はしらないだろう。


「ライオネスさ~~~ん! この子ぉ、正式採用版の竜波との違いはどう~?」

「ん~、私、竜波は乗った事ないから正確なとこは分からないんだけど、やっぱり重くなってる分、推力重量比やらの関係で動きは鈍いみたいよ?」

「あ、儂、竜波乗ってたぞ!」

「大叔父様! 私の話はまだ終わってません事よ!?」


 整備を受けているケーニヒスの周囲を目を輝かせて跳びはねるようにして走り回るヨーコちゃんに、蛇に睨まれた蛙といった塩梅のシズさんとマモル君。

 そして何故かガレージの隅っこで正座させられている老人とその前で仁王立ちしているサンタモニカさん。


 ヨーコちゃんが通信で迂闊にトクシカさんの名を出してしまったせいで中山さんたちの元へ震電部隊を引き寄せてしまったとかで、その責任を老人は取らされているようであったが、さすがに枯れ木のように細い老人を冷たく硬いコンクリートの上に正座させるというのは度が過ぎているような気もする。


 だが、それに口を出せないような怒気を中山さんは発していた。


 ほどなくしてガレージ街のコンビニに買い出しに行っていたトミー君とジーナちゃんも戻ってきて私は良い機会だと恐る恐る中山さんに話かける。


「まあ、サンタモニカさんもその辺で……、せっかく救援に来てくれたのだし、チャラって事にしておきましょうよ」

「まあそうでごぜぇますわね。私も分からない事があってムシャクシャしていたのかもしれませんわ。大叔父様ももういいですわよ」

「アンタがライオネスさんかね? おかげで助かったわい……」

「ハハ……。いえいえ、今回はともかく、前回のバトルアリーナイベントの時に助けてもらった恩もありますし……」


 中山さんの許しが出て「だいじん」というけったいなHNハンドルネームの老人はゆらゆらと起き上がってトミー君から差し出された緑茶のペットボトルとシュークリームを受け取る。


 私と中山さんもプラカップのカフェオレに口を付けて、試験場でのお互いの健闘を讃え合う。


「それにしてもライオネスさんはさすがでごぜぇますわ。たった3機で震電の中隊を殲滅するだなんて」

「いやいや、帰ってくる途中で攻略WIKI読んだけど、震電って『ランク10.5』って言われるような壊れ機体なんでしょ? サンタモニカさんたちこそ1機だけでも倒せただけ凄いわよ」


 正直、けっこうな腕前のパイロットが駆るU2型の援護があった私たちよりも、機体ランクの面でだいぶ不利な戦いであったであろう中山さんたちはたとえ撃破した震電が1機であろうと大金星であったといえるのではないだろうか?


 体験試乗会に行く前はまだ決めかねている雰囲気だった中山さんも結局、震電を撃破する時の決め球となったコアリツィアをジーナちゃん用に入手するようである。


 もちろん私も震電中隊を相手にした事でケーニヒスでホワイトナイト・ノーブルとの再戦に道が見えてきたように思えていた。


 とはいえ見えてきた道は長い。


 少なくともノーブル相手に格闘戦の距離まで詰めなければならないわけで、パズルのピースはまだ足りないといったところか。


「ヨーコちゃ~ん! おやつにしましょう!」

「は~~~あ~~~い!」


 時、未だ来たらず。

 頭の中で燻る炎を振りかぶって私はケーニヒスの整備作業を物珍し気に眺めていた幼女を呼ぶ。


 2人の世界を作っているシズさんとマモル君は放っておくとして、私たちはガレージの隅の休憩スペースでコンビニスイーツを楽しむ事にしよう。


 ケーニヒスやらガレージ内に並べられているHuMo群の御執心だったヨーコちゃんもさすがに甘味の誘惑には勝てなかったのか、呼ばれるとすんなりとこちらへやってきてシュークリームへかぶりついている。


「ほら、ほっぺにクリーム付いてるわよ?」

「へへへ。ライオネスさんにちょっと聞きたい事があるんだけど……」

「あら、何かしら?」

「あのコンセプトモデルとあっちの建御名方だったら、どっちがつおい?」


 ふっくらとした林檎のように赤い頬へ黄色いカスタードクリームを、鼻には粉糖を付けた幼児の口から出た問いはある意味では子供らしいものであったが故に私は適当に答えてしまった。


「私のケーニヒスの方が強いに決まってるじゃない」

「へぇ~! 凄~~~い!」


 目をらんらんと輝かせて私を見上げてくる子供の対して、さらに気の効いた事を言ってやるべき場面なのかもしれないが、私にはそれができなかった。


 その時、胸を刺し貫くような、喉を掻き切るような、肉も骨もまとめて切断するような鋭い殺気が私に向けられていたがために。

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