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 ランク10HuMo、震電。


 ゲーム内において正当な手段でプレイヤーが入手できるHuMoでは最高クラスの性能を誇る、俗に「ランク10.5」と呼ばれる機体群の内の1機種である。


 ただクレジットさえ持っていれば入手できるというわけではなく、購入には各種イベントで上位入賞の成績を収めるなど己の実力を示した上でミッションにおいてトヨトミ系の重要人物の好感度を上げる必要があるなど、入手に手間がかかる分、他のランク10機体よりも機体性能が優れている機体。


 当然、そのような機体を使う敵性NPCもただのやられ役の雑魚敵などであるはずもなく、震電の場合はトヨトミ支配領域へプレイヤーが深く侵入していった時に排除に現れるお邪魔キャラとして採用されていた。


 ……少なくともβテスターであったゴロツキ乙女の記憶ではそうであった。


「……読み違えたかしらん?」


 自分の思い通りには動いてはくれないニムロッドU2型のコックピットの中で女はただ舌を巻いていた。


 残り少ない実弾故に慎重に命中を期して放ったハズの84mm弾は容易く躱されて、駆け抜けていった震電の背に隠れていた別の1機がライフルの連射を浴びせてくる。


 この動き、間違いなく、かつてβテスト版で腕試しにトヨトミ支配領域に踏み込んでいった時に戦った部隊の手口。


 だが、敵はあの時と同じでも、自分はかつてとは違う。


 品やかにという形容詞がピッタリ当てはまるほどに気品すら感じさせるスラスターの噴け上がりに、痒い所に手が届くような繊細な操縦に答えてくれる高い運動性を誇るミーティアならばまだ戦いようもあったのだが旧式機扱いのニムロッドU2型では震電相手には圧倒的に不利。


 1対1でも勝ち目の薄い相手だというのに、こともあろうに震電の数は12機。

 オマケに全部で12機というわけではなく、自分とマモルに迫ってきたのが12機なのである。


 他にコアリツィア隊とその護衛に付けていた紫電改の所にも空挺強襲ポッドで飛び込んできた震電隊も12機。

 さらに彼女たちの元へと向かっていた陽炎と建御名方の所にも12機。


 総勢36機。

 トヨトミの大隊編成の震電隊である。


「マモル君、応戦しながら後退! 後ろのコアリツィア隊と合流するわよッ!!」

「わあああああ!! 来るなッ! 来るなぁ!! 来ないでよぉ!!」

「マモル君!?」


 虚しく目標を外れた砲弾が大地を穿って周囲へ土砂を撒き散らす。

 一度ならず、幾度も。


「落ち着いて!? そんなんじゃすぐに弾切れをおこすわよ!?」


 12機の震電中隊はそれぞれ4機の小隊となって、幾度となくゴロツキ乙女とマモルのニムロッドへと攻撃を仕掛けてくる。


 敵もこちらが圧倒的に劣勢なのを理解して損害を極限しようと慎重に攻撃を加えてこようとしているのだが、目の前に敵が現れた事により半狂乱となったマモルにそんな理屈は通用しない。


 数少ない実弾を撃ち切ってしまえば、その時こそ敵は一気に攻め立ててくるだろう事は考えればすぐに分かるだろうにマモルはただ近寄ってくる敵機に対してただ闇雲に射撃を繰り返している。


 マモルやゴロツキ乙女のニムロッドが装備している84mmバトルライフルは単発火力が大きく、有効射程も長い代わりにより小口径のアサルトライフルに比べて連射間隔が大きい。


 ゲーム内最高ランクの震電と、その機体を与えられるほどのパイロットにとってもはや近距離といっていいような状況下ではバトルライフルの連射を掻い潜って距離を縮めていく事など児戯に等しいだろう。


 もはやマモルは使い物にならないだろうと、ゴロツキ乙女は考え方を変える。


 だが、かといって簡単に負けを認めてやるのも性には合わないし、何より重要NPCであるトクシカ氏を失う事は惜しい。


 ならば後方のコアリツィア隊に援護を頼めるか?

 考えるまでもない考えであった。


 すでにコアリツィア隊も全滅寸前。

 ここまで彼女たちの部隊の指揮官的な役割を果たしていたタンタルは死亡ガレージバック

 たった今、3機目のコアリツィアが撃破されて、残るはサンタモニカとかいうプレイヤーと彼女が連れてきた補助AIのジーナ機のみ。


 ならばこちらに向かっていた陽炎の部隊はどうか?


 こちらも正直、あてにはできない状況。


 戦闘の合間にチラリとサブディスプレイに目をやれば、陽炎と建御名方に加えて、恐らくは陽炎の背部格納スペースから出てきたのであろう月光のバリエーションタイプも増えて3機となっていて、こちらは意外と震電中隊に対して戦えているようなのだが、かといってすぐさま向こうの敵を片付けて駆けつけてきてくれるだろうというのは希望的観測が過ぎるだろう。


「ぐぅぅぅッ……!?」


 サブディスプレーに視線を移していたのはほんの一瞬のハズであったが、まるで敵パイロットにはこちらの隙が丸わかりだと言わんかのように被弾の衝撃がゴロツキ乙女を襲う。


 少し目を離していたからといって、いや、だからこそ回避行動を疎かにしたつもりはなかった。


 もし彼女が駆る機体がミーティアだったなら不規則な加速と減速を組み合わせた機動で敵に照準を絞らせる事もなかったのだろうが、ニムロッドタイプではやはり彼女が思うようには動いてはくれないのだ。


 結局、彼女は未だ勝利を諦めてこそいなかったものの、それと同じくらいこのまま強大な敵に擦り潰されてガレージに戻る未来が遠くない事を実感していた。




 被弾、被弾、被弾。

 未だ機体機能に致命的な損傷をきたしていないのが幸運である。


「こ、こ、こ、こんなクソゲー……!?」


 少年が震える手脚になんとか力を込めて機体を動かしても敵には動く先が見えているのかと思えるくらいにマモルのニムロッドは被弾を重ねていた。


「落ち着け! 少年、1発は掠めて予備弾倉を撃ち抜いただけぞな!?」

「そんな事を言ったって、掠ったのは1発だけでしょ!?」


 被弾の衝撃にコックピット内でシェイクされて視界がチカチカするのに耐えながら後席から励ましてくる声に言い返す。


 そんな事はマモルも分かっていた。


 先に1度だけあった衝撃の軽かった1発。

 あの直後に2人のニムロッドが直前までいた位置に飛び散った塗料が血痕のように残っていたのだから撃ち抜かれたのが演習弾の入った弾倉だという事すら分かっていた。


 だが、それが分かっていたからといって何になる?


 動けば、動いた先に照準エイムを置かれていて。

 撃てば、ズバリドンピシャのタイミングでそこに敵の姿は消えていた。

 こんなんやってられっかとユーザー補助AIがけして言ってはならない言葉が口から出てくるのもしょうがないだろう。


 それでも少年は後席のトクシカ氏に対して喚き散らしながらがむしゃらにトリガーを引き続けるしかなかったのだ。


「……あ」


 トリガーを引き続けているのに射撃が途切れ、コックピット内に連続するビープ音が鳴る。


 弾切れであった。


 そして、マモルがそれを認識する前に敵は仕掛けてくる。


「う、うわあああああああああああッ!!」


 一気に距離を詰めてきた敵機に対してマモルはニムロッドを半ば後ろに倒すくらいの勢いでバックステップを踏んで、スラスターと合わせて後退しようとするものの、これ以上ないほどフットペダルを踏み込んでいるというのに敵の突撃のほうが目に見えて早い。


 マモルは接近戦に備えてビームソードをニムロッドの空いている左手に装備させて操縦桿をがむしゃらに動かすも当たらない。


 レバガチャ状態で何度も何度もビームソードを振り回すものの命中はたったの1度すらなく、すでに敵機の姿は頭部のアイカメラのレンズの奥の受像体が見えるほどに巨大になっていた。


「れ、冷静になれ! 後ろに引きながらビームソードを振ったって当たるものも当たらんぞな!?」


 トクシカ氏の言葉もすでにマモルには届かない。

 一瞬前には鮮明に映し出されていた敵機の姿も今は涙でぼやけて見える。


 その直後、耳を塞ぎたくなるほどの激しい衝突音が2人の耳を襲った。

 マモルも思わず最期の時を迎えるにあたって、トクシカ氏も運命をともにする事になってしまった少年の冥福を祈って、両者はともに目を閉じていた。


 だが、数秒待ってもその時は訪れなかった。


「……あれ?」


 ギリギリHPが残ったのか?

 いや、違う。

 コックピット内にはいかなる警報音もなっていないし、HPは目を閉じる直前までと同じでまだ半分ほど残っている。


「……る、竜波?」

「いや、アレは……」


 直前まで目の前にいた黒い震電の姿はいなくなっていた。

 よくよく探してみるとかの機体は視界の左手側へ横向きになって倒れている。


 代わりにマモルとトクシカ氏が乗るニムロッドの目の前にいたのは1機の竜波であった。


 いや、しゃがんだ状態からゆっくりと起き上がった竜波は妙に脚が長い。


 その機体を見てトクシカ氏が驚嘆の声を上げた。


「アレは……、『キングタイガー』!! 何故、こんな所に!?」

「そんなダサい名前でこの子を呼ばないで頂戴。この子は『ケーニヒス・ティーガー』よ!!」

「お、お姉さん!?」


 トクシカ氏の声に対して脚の長い竜波タイプから返ってきた懐かしい声に思わずマモルは自身の担当プレイヤーを呼ぶ。


 その声に対して返答はない。


 代わりに立ち上がった竜波は腕組みをしながら頭部を回して周囲の状況を観察していた。


 胸が小さい事をそんなに気にしているのか? と聞きたくなるほどに異様に腕の位置が高い腕組み。


「る、竜波でドロップキック!? え、もしかしてマモル君の御主人様!?」

「保護者よ! とはいっても借り物の機体じゃマモル君の場所が分からないから、ひとまず先にトクシカさんの救出に来たんだけど、マモル君がポイント稼ぎしてるってんなら手を貸したげるわ!」


 その声。

 その特徴的な腕組み。

 そしてHuMoでそんな素っ頓狂な戦法を取る者が他にいるハズもない。


「お姉さん!!!!」

「マモル君、そこのとっととやっちゃいなさい」


 少年の声を聞いて安堵したのか脚の長い竜波ことケーニヒスティーガーから返ってきた少女の声は戦場には似つかわしくないのんびりとしたものであった。


 竜波は腰後部のハードポイントに取り付けていたアサルトライフルを取り出すと倒れていた震電の脚部と頭部に連射を浴びせて、空いている左手の親指で首を掻き切るジェスチャーをマモルへと向ける。


 慌ててマモルは弾倉交換をして倒れた敵機へ攻撃、2発の砲弾で震電は爆発四散。


 それを合図に新手の登場に動きを止めていた震電部隊も再び動き出し、ゴロツキ乙女はマモルへ後退を促す。


「マモル君、一時後退よ!!」

「……ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~、ふぅ~」

「マモル君……?」

「少年……?」


 王虎は敵中へ飛び込み、スラスターの蒼い炎を纏いながら舞うように戦い始めた。


 その光景を見ながらマモルは熱病に浮かされるように深い呼吸を繰り返している。


「……野郎、さんざんコケにしやがって、全員まとめてブチ殺してやるッ!!」

「少年!? この機体は損傷が……」

「あん!? 僕の盾ならあそこにいるでしょ?」


 さっきまでトクシカ氏の言葉に返事をする余裕すらなかったマモルが後席を振り返って不敵な笑みを見せていた。

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