23 震電戦闘大隊

「マモル君とこのご主人様のお友達、なんか凄いわね……」


 前を走るゴロツキ乙女のニムロッドから通信が入ってくるが、既にマモルは返事をする余裕すら無くなっていた。


 状況が緊迫しているというわけではない。


 むしろマモルの救援要請によって駆けつけたマーカスの作戦がドンピシャでハマり、彼らが向かう東側には敵の数は少なく間もなく包囲網からの脱出が見えてきたくらいだ。


 だが、敵襲があってニムロッドに乗り込んですでに1時間以上は経っていた。


 いつも操縦や戦闘を担当のプレイヤーに任せて、自分は後部座席で文句ばかりを言っていたマモルからしてみればとうに精神の限界。


 数度、長距離ミサイルによる攻撃は受けてはいたが、未だに直接敵機と砲火を交えるような状況にはなっていないというのにそれほどまでに戦場の緊張は性ねんの幼い心を苛んでいたのだ。


 それほどまでに少年は死を恐れていた。

 確実に五体満足に復活できるという確信があったとしても、そのように少年の精神は形作られているのだからしょうがない。


「それにしても驚きました」

「こないだ会った時はあんなフネ、持ってなかったと思いますが……。どうすればあんな巨大な戦艦を入手できるのでごぜぇましょう?」

「いや、ありゃ戦艦じゃなくて軽巡洋艦だ。この世界の戦艦とか全長数kmとかあるもんだからな。まっ、戦艦にしろ巡洋艦にしろどうやって乗組員を集めんだって話だよ!」


 マモルが声をかけられても返事をする事もできずにただ意識して息を吸って吐いてを繰り返さなければならないほどの状況だというのに、ジーナも、サンタモニカも、タンタルも既に窮地は脱したとでも思ってか随分とリラックスした雰囲気を出している。


「少年、気を強く持つぞな……」

「…………」


 マモルの身を案じて後ろからトクシカ氏が声をかけてくるが擦り切れる寸前の少年は後ろを振り返りもせずにただ小さく頷く事しかしなかった。


「あの……、トクシカさん、操縦、代わってもらってもいいですか……?」

「……スマンの。儂、HuMoのライセンスもないし操縦法も知らんのじゃ」


 ついに弱音を吐いてしまったマモルだが、恥を忍んで言い出した提案も不発。

 普段ならばあからさまに舌打ちでもして返すのだろうが、マモルはただ大きな溜め息をつくのみであった。


 そもそも救援に駆けつけてきたハズのマーカスとかいう中年のオッサンも何故か自分たちの元へはやってこず、マモルたちには東へ向かえと指示を出したのに自分は暇潰しのつもりか包囲網の西側を攻撃しだしているのである。


 しかも、何も無い荒野に砲撃禁止区域を指定するにいたっては何がしたいのかすら分からない。


 だが、何故かタンタルもゴロツキ乙女もさもそれが当然の行動のように、いや、むしろ十二分の活躍をしているかの如くに満足そうな声で何も言わないのだ。


 せめて誰か、自分以外の誰かが自分だけデカい艦に乗ってのほほんとしたツラをしているであろう中年オヤジに「お前もこっち来い!」とでも言ってくれればいいものをと考えていると余計に少年の心にフラストレーションは溜まっていくのであった。


 だが、そんなマモルの元へもやっと希望の光が見えてくる。


「これは……。陽炎タイプ!!」


 それは少年が久しぶりに上げる明るい気持ちの高ぶった声であった。


 レーダー画面に東へ向かうマモルたちの部隊へ向かって2つの青い光点が高速で接近してくるのが表示されていたのだ。


 1機は重駆逐HuMo、陽炎。

 4本の腕に持つ火器に大量のミサイル、そして大出力のターボ・ビーム砲という大火力に大型機故の重装甲、そしてホバー走行による高速性を有する機体である。


 かの機体の性能はマモルもかつてトクシカ氏の護衛ミッションで十分に知っていた。

 だが、あの時の陽炎は敵であったが、今レーダー画面に表示されている陽炎は味方を示す青点。


 もっとも今のマモルとしては陽炎の大火力などどうでもよくて、いざという時の盾くらいにしか考えていないのだが、それでも十分に魅力的に増援である。


 オマケに陽炎と並走している機体までいる。

 識別名は「建御名方」となっているが、生憎とマモルの記憶にはない機体だ。


 だが速度の乗った陽炎に追随できる機体であるならけっこうな高ランクか、そうでなければ高機動タイプの機体。

 いずれにしても露払いにはなるだろう。


「……チィっ!」


 それは誰の舌打ちであっただろうか?


「ん~~~…………」


 ゴロツキ乙女もまた困惑したような、対応に困るとでも言わんかのような声である。


 だが、その意味をすぐにマモルも理解する事となる。


「トクシカさ~~~ん!! ヨーコが助けに来たよ~~~!!」

「あらあら。ヨーコちゃん。そういう大事な事をオープン回線で垂れ流しにするものじゃありませんよ?」

「まっ、大事になったら儂がなんとかするわい!」


 暗号化されていないオープンチャンネルで聞こえてきたその声はマモルやジーナよりもはるかに幼いであろう子供にその母親と思わしき女性。そして明らかに戦場に出るにはどうかと思われるような老人の声であった。


「……最悪だ」

「ど、どこの唐変木だ!?」


 マモルたちは敵方が飛ばしている電子戦仕様の双月に暗号化された通信が解読される事を恐れてこれまで暗号化部隊間通信ですらトクシカ氏の名を出してこなかったというのに、陽炎から発された幼女の声は高らかにトクシカ氏の名を出していたのである。


 当然、マモルたちの元へと向かってくる陽炎がトクシカ氏の名を通信で出せば、それを聞いた敵がどう考えるかなど火を見るよりも明らか。


「クッソ!! 全速だ、全速ッ!! コアリツィア隊、各機全速! 推進剤の事なんか考えるな!! ……せっかく軽巡のオッサンが上手くやってくれたってのにどこのマヌケが!?」


 コアリツィア隊がスラスターを全開に吹かして加速するものの相変わらず速度の上昇は微々たるもの。


 タンタルも口惜しそうに吐き捨てるが、そんな彼も知らない。


「西を攻めて、東から逃げる」作戦を考案し、トクシカ氏の所在を隠すためにわざわざ何もない第3休憩所付近に砲撃禁止区域を設定した者と、トクシカ氏の名をオープンチャンネルで喋る幼児の出撃を許可した者が同一人物であるとは。


「で、で、で、でも! この調子ならこのまま敵の薄いとこを突いて包囲網から逃げられるハズ……」


 それが手の届くかどうか分からない希望に過ぎない事はマモルも分かっていた。


 それでも口に出して言わざるをえなかったのだ。

 誰かに自分の言葉を肯定してもらいたかったのだ。

 自分の言葉を肯定してもらって安心したかったのだ。


「……マモル君。アナタねぇ、そんなヌルいイベントだったら実弾少しに後は演習弾って状態で戦闘開始になると思う?」


 他には誰も言わない。

 ゴロツキ乙女の冷めた台詞は彼らの部隊のマモル以外の総意であった。


 そして、それが正しい事を証明するかのようにレーダーに新たな敵影が大挙して現れて高速で彼らの元へと迫ってくる。


「2個中隊……」

「1個中隊は陽炎と建御名方へ、1個中隊はこっち!?」

「合流させないつもりか!?」


 さらに彼らの元へ迫る別の物をレーダーは捉えていた。

 対地レーダーではなく、対空レーダーが。


「これは……、大型ミサイル……?」

「いや、おかしい。おかしいぞ!?」

「散開! 各機、散開しろッ!!」


 これまで幾度か受けた敵のミサイル攻撃ではタンタルはコアリツィア隊を密集させてCIWSの防御火力を集中させる事を好んでいたようであった。


 それが今回に限っては各機に散らばるように命じる。


 それほどに強大な威力のミサイルなのか?


 違う。


 確かに対空レーダーに映る飛来してくる物体は長々距離ミサイル以上に巨大な物であるようであったが、タンタルが危惧していたのはそのようなものではなかった。


「空挺部隊だ……。震電戦闘大隊の空挺だ……」

「震電!? 馬鹿な! トヨトミの秘蔵部隊じゃねぇか!?」

「お、俺、震電なんかβじゃ一度も落とせた事ねぇよ……」


 マモルが乗るニムロッドの後方カメラが“それ”を捉えた頃、ほぼ時を同じくして後方のコアリツィア隊が機関砲の火線を上げ始める。


 だが、“それ”は輸送機の翼を極端に小さくして流線形にしたような、まるで航空機とミサイルの合いの子のような巨大なものでそれを落とすにはCIWSの機関砲はあまりにもか細かった。


 散開しつつコアリツィア隊各機が上げる機関砲弾をまるで意に介さないかのようにトヨトミ式空挺強襲ポッドの腹からそれぞれ1機ずつ黒の黄の機体色のHuMoが飛び出してきてコアリツィア隊へと襲いかかる。


「こ、このォッ!?」


 真正面からの接近を許してしまったコアリツィアが主砲の接射を狙うも、獰猛な雀蜂スズメバチのようなカラーリングに塗られた震電は容易く向けられた砲を手で払いのけて、それと同時にコックピットへナイフを突き立てていた。


「誰だ!? 今やられたのは誰だ!?」

「タンタルッ!! 後ろッ!?」

「チィっ!! あ……」


 これまで彼らの部隊の指揮官的役割を果たしていたタンタルが最期に何を言おうとしていたか誰も理解できない。


 脚部を使って背後を振り返ろうとする動作と、腰部と上半身の旋回機構の動きを合わせて後ろの敵に対応しようとしたタンタルであったが、まず脚の1本を撃ち抜かれ、旋回が間に合わなくなった所で別の敵機のライフルがタンタルの乗機を背から撃ったのだ。


 コアリツィアの最大の弱点である背部液体装薬タンクの誘爆。


 爆発の後にそこに残されていたのはタンタルのコアリツィアの下半身のみであった。


 単機でも接近を許してしまったらコアリツィアでは手が付けられない震電。

 その震電が12基の空挺強襲ポッドからそれぞれ1機ずつ、12機も現れたのだ。

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