22 機動巡洋艦クイーン・サブリナ号 後
険しい山脈を抜けた先は地平線の彼方まで一面の広大な平野だった。
クイーン・サブリナ号の艦橋から覗く荒野は陽光によって生じた気流に巻き上げられた土煙ばかりが目立つこの惑星らしい赤茶けた大地。
だが、数百km向こうではハイエナたちの大規模な包囲殲滅戦が行われているらしい。
「なるほどねぇ……。救援要請はライオネスじゃなくてマモルからだったか」
「いや、ちょっと、ウチのモニカちゃんもいるらしいのに儂に救援要請とか来てないんじゃけど!?」
マーカスのフレンド、というか私の友達のライオネスから救援要請が来たから慌てて駆けつけてみれば、ライオネスは担当補助AIのマモルとは別行動で、今現在包囲網に閉じ込められてピンチになっているのはマモルだけなのだという。
たまたまウチに遊びにきていた爺がガタガタ抜かしているのは放っておくとして、確かに戦況は芳しくないようで、助けを呼びたくなる気持ちも分かる。
「ええい! 爺はとっとと自分の
「うん? なんでわざわざ……、さっきの通信では言えないような事なのか?」
私が座るキャプテン・シートの隣でマーカスは大臣さんを艦橋内から追い出してからタブレット端末を取り出して新着メールに目を通す。
艦橋内には空いている椅子もあるというのにわざわざ立っているマーカスの姿はそれだけで威厳を感じられるほどにピンと背筋の伸びたもの。
クイーン・サブリナ号での初の実戦という事もあり浮足だった乗員のガキどもには彼の余裕綽綽といった表情だけが拠り所であるのだろう。
「なるほど……、マモル君のニムロッドにトクシカ氏も同乗しているらしい。そんな事をしたがる子でもないだろうに災難だね」
「おいおい。またあのオッサンかよ……。そら通信を傍受されたらマモルの機体が真っ先に狙われるわけで、そんなん迂闊に口に出して言えるわけねぇか」
今回、マーカスとマモルが用いたフレンドメールは本来はゲーム世界内でフレンド同士が待ち合わせや連絡のために使われるもの。
当然、フレンド同士でなければ使う事はできないが、ゲームシステム上でのメッセージのやりとりとなるため電波通信のように敵に傍受される心配はいらない。
β版時代は同様にフレンド間でのボイスチャット機能もあったらしいのだが、さすがにインチキ臭いという事で正式サービス版ではオミットされていた。
「ふぅむ……。で、トクシカ氏の私兵部隊やプレイヤー有志による救出作戦は失敗。再攻撃には……、戦力が足らんか?」
私たちが山脈を越える直前に砲戦部隊で敵包囲網に穴を空けて、そこから内部に取り残されたプレイヤーを離脱させるという作戦が実行されてはいたようだが不発に終わっていたようだ。
艦橋の天井に表示されるレーダー画面には赤く表示される敵機の群れが「C」の字のような形の包囲網を敷き、南方からきた青い点で表示される友軍部隊とぶつかってはいたが、赤い点の方が優勢のようで画面から消えるのは明らかに青い点の方が多い。
オマケに穴の開いた箇所も徐々にだが塞がっているようで、先の救出作戦はただイタズラに友軍の戦力を消費しただけの結果に終わりそうである。
「チィっ! 遅かったか!?」
「いやいや、まだ十分にやりようはあるだろうさ」
「で、お前ならどうする?」
「え~~~!! サブちゃんの指揮が見てみたいなぁって! あ、それ! サブちゃんの! ちょっと良いトコみてみたい!!」
「……ざけんな、この野郎!!」
一気飲みでもさせるつもりなのか「あ、それ!」と調子を取りながらもマーカスも本気ではなかったようで、私の椅子の肘掛に取り付けられている艦内放送用の受話器を取って各所へと指示を飛ばす。
「これより本艦は友軍の離脱の支援を行う。本艦にとっては初の実戦であるが心配はいらない。攻撃は敵前線より200km地点、副砲の最大射程より開始、砲雷科、副砲にRMA弾を、弾頭は特殊焼夷弾、これより指定する地点に照準を合わせッ!!」
なるほど、ロクに実戦経験のないクルーでどうやって戦うものかと思っていたが、
クイーン・サブリナ号こと最上級軽巡洋艦の副砲は連装205mm電薬両用砲。
この場合の両用砲とは現実世界の物にある水平射撃と対空射撃の両方に使える大砲というわけではなく、装薬を用いた通常の砲としての機能と
だが、いずれにしてもただの大砲では200kmもの彼方へ砲弾を飛ばせるわけもなく、発射された砲弾自体にロケット・モーターを用いた推進機能を持たせる事で大幅な射程の延長をさせたものがRMA弾だ。
それから副砲の担当セクションに対してマーカスが告げた照準は何故か2か所。
「2か所の地点に穴を空けて、敵に味方の脱出地点を絞らせない作戦か!?」
「ハハッ、違うよ! そもそも特殊焼夷弾は着弾後にしばらくダメージゾーンを作るんだからそこは通れない。でも西北西と西南西の2か所にダメージゾーンを作っていたら敵は今度は西から逃げるって思うだろう?」
マーカスの指示はきびきびと小気味良いほどに迅速に行われるが、生憎とウチの乗組員たちはズブの素人。
マーカスの指示に的確に応えていけるほど慣れてはいないのだ。
それでもマーカスは極度の緊張によるミスを減らすためか私を相手に自身の作戦を説明する事で間を持たせていた。
副砲の照準の指示が出ているのに主砲の連装ビーム砲が動き出して艦橋内の数名が怒られるのではないかと肩をすくめていたが、マーカスはその様子に気付いているのかいないのか、あくまで鷹揚に説明を続ける。
「副砲による2か所のダメージゾーンの間に安全地帯を作る。その周辺、包囲網の北西から西南あたりまでには広く薄く主砲と対地ミサイルで圧力をかける。そうすれば敵は間違いなく西側に注意を集めるだろうね。実際、本艦の全力に近い攻撃だ。単艦でできる攻撃なんてのはこれくらいだろう」
「ちょい待ち、敵の注意を西に集めてどうすんだ? ついさっきのトクシカさんとこの救援部隊の攻撃が失敗した二の舞じゃないか?」
やっとの事で両舷の側面にそれぞれ1基ずつ設置されている副砲の連装砲塔が動き出し、ロケットの尾を引く砲弾を撃ち出し始める。
たが、私としてはもっと脱出地点を敵に悟らせない方が作戦成功の可能性があるのではと思ってしまう。
だが、マーカスはあっけらかんとした顔で私の不安を笑い飛ばした。
「そら、そうよ。だって、本命は東だもの。すでにマモル君にはフレンドメールで指示を出してある」
「はあっ!? だって攻撃を仕掛けているのは西だろう!?」
「サブちゃんも言ってただろう。攻撃を仕掛けて、そこから脱出してくださいなんて、敵にもそこから逃げますよって宣言してるようなものじゃないか?」
西に攻撃を集めて敵の注意を引き、脱出は東から。
随分と思い切った作戦のように思えるがマーカスとしてはむしろ当たり前の事過ぎて心配になるくらいのド定番の戦術らしい。
「実際、マモル君とこにはそれなりの腕利きが何人かいるみたいだし、ある程度のお膳立てしてやればいいんじゃないかと、いや、まだ弱いか……?」
思案し始めたかと思ったら、その次の瞬間にはマーカスは動き出し、トクシカ商会の管制塔とのレーザー通信を繋げるよう通信担当に指示を飛ばす。
「この辺に砲撃禁止地点を設定してもらえ!! 向こうが変な事を言いだすかもしれんから、傍受される危険のある電波は使わずにレーザー通信でだ!!」
マーカスが指示した地点は包囲網の中心に近い第3休憩所なる施設から少し西にある地点。
私がそこに何が? と思ってよくよく地図を確認してみるも何も無い。
「……どういう事だ? こんなとこに砲撃禁止地点を設定させて何も無いじゃないか!?」
「そら何も無いよ。でも敵はどう思うかな?」
「あ……。地下シェルターか、あるいは車両に乗ったトクシカ氏がいるかもって思うかもな」
「で、そこから西に続く先にクリーン・サブリナ号が穴を空ける、と……」
幸い、気流によって巻き上げられた土煙は地表近くまでしか飛んでいないようで、すぐに試験場の中央施設群管制塔との連絡は付き、数往復のやりとりがあった後ですぐに砲撃禁止地点が盛大に各チャンネルで繰り返し友軍各機へと通達される。
「艦長、艦載機部隊が発艦の許可を求めています!」
「爺が? 勝手にさせとけよ……」
「いえ、シズさんとヨーコちゃんからもです」
「ああ、陽炎と月光か……。戦線突破用の陽炎を出せば、さらに敵に圧力をかけられるか。伝えてくれ、敵包囲網の外から攻撃を仕掛けろと」
そう言うとマーカスは艦の高度を下げさせるよう指示を出す。
だいじんさんの建御名方はともかく、ヨーコが乗る陽炎はデカ過ぎて空中発進は不可能。
地表スレスレまで高度を降ろしてやらないと発艦する事ができないのだ。
そもそも一般的なサイズの建御名方は上部甲板上のカタパルトデッキからの発進ができるのだが、大型機である陽炎は艦底部の格納庫ハッチからしか出られない。
それから高度を降ろしている内にミサイル攻撃も始まり、敵包囲網にも少ない被害が出始めて包囲網は円形に近かったものが歪になって「D」の字に近くなる。
それにともなって敵の包囲網の中でも移動が始まり、各所から戦力を抽出して西へ集めようという動きが見られた。
当然、西に戦力が集まればマモルたちが脱出しようとしている東は手薄となるわけで、ここまではマーカスの読みどおりといえる。
まさに剛腕。
練度足らずの巡洋艦1隻の戦力をフルに使って文字通り、力づくで不利だった戦況を捻じ曲げたというわけだ。
やがて十分に高度が下がったところで陽炎とその背部格納スペースに搭載された虎瞻月光、建御名方は発艦。
すぐにクイーン・サブリナ号は高度を上げながら継続的に敵へ攻撃を仕掛ける。
「う~ん、思ったより弾着がブレるな……」
「そらあな、有効射程を大きく超えて、最大射程ギリギリとなるとそうもなるだろうよ」
「よし、副砲の照準地点を少しずらそう」
砲は火を引き、砲弾は炎の尾とともに駆けていく。
艦内で爆発でも起きたのかというほどの爆音と閃光とともにミサイルが天へと昇る。
だが、艦橋内は騒音さえ気にしなければ平穏そのもの。
当初こそはもたついていた乗組員各員も次第に同じ事の繰り返しに次第に動作に慣れていったようでマーカスもやっとあちこちに目を配らなくてよくなったせいかリラックスしているようだ。
それからしばらく、包囲網の中のマモルたちの部隊も突出してきた敵を避けながらであるために真っ直ぐにとはいかなかったようではあるが、それでももう少しで脱出できるのではないかという所まで来ていた。
思惑通りに進んでいたマーカスの策が大きく外れたのはこのタイミングでのこと。
「艦長! 陽炎が敵戦線を突破、なおも東へ進んでいます!!」
「……は?」
「なんだと!? すぐに通信をッ!!」
レーダー手役の少年が震える声で異常を告げる。
包囲網の外から敵に圧力をかける事を命じられたヨーコが、だいじんさんたちとともに戦線を突破して東へと進んでいるというのだ。
「ヨーコ君ッ!!」
「よっは~~~!! マーカスさん、ゴメンにぇ~! でも私たちの罪は私たちで濯がなければいけにゃいと思うんだにぇ~!!」
戦闘の興奮か、巨大な陽炎を自分の意のままに操れるという全能感故にか、ヨーコの声は異様なほどに昂っているようであった。
だが、それでも彼女の心の芯にある責任感は疑いようもなく、そんな彼女に口で何を言っても無駄だろうという事も分かってしまう。
ヨーコが通信チャンネルを閉じてしまったのか、それきりこちらからいくら呼びかけても応答はなく、シズさんやクソ爺もそれは同様。
「は、謀りやがったなッ!!」
「お! お前もそんな顔すんだな!!」
「冗談じゃない。他の誰かならともかく、ヨーコ君には課金アイテムの『生命保険』が渡せていないんだぞ!?」
「はあ!? なんでだよ!! お前らしくもない!」
マーカスが言う「生命保険」とはこのゲーム内の課金アイテムの一種で、それは現実世界における同名のものとは別の効果を持っている。
それは一部の例外を除いた一般NPCに渡す事でそのNPCが死亡した場合にアイテムを渡したプレイヤーのガレージでリスポーンさせる事ができるというものであった。
一部の例外というのはトクシカ氏などのようなイベントの重要NPCなどの事であり、また対象NPCがプレイヤーに対して一定以上の好感度を有していなければアイテムを受け取ってもらう事もできない。
マーカスは事前に全乗組員に「生命保険」をかけていたハズであったのだが、実はヨーコには渡せていないのだという。
「もしかするとヨーコ君は未だにイベントの重要NPCという扱いのままなのかもしれん……」
「ありえる話だな」
だいじんさんの話だと、ヨーコには成長後にも役割が持たされていたハズ。
それ故にイベント用重要NPCという区分のままならば確かに生命保険を渡せないだろう。
「で、でもよ! 敵は西に釘付けなんだろ? 上手くマモルたちと合流してそのまま脱出してもらえれば……」
「逆に聞くけど、BOSS仕様の陽炎にランク10の機体が包囲網の中に入っていったら敵はどう考えると思う?」
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