22 機動巡洋艦クイーン・サブリナ号 前
土日が明けて月曜日。
現実世界では午後21時を回ったくらいだろうか?
中立都市の自分のガレージに戻ったマーカスは大量のダイレクトメールに目を通していた。
「ったく、アイツら、企業国家って設定のせいか、何の恥ずかし気もなくこんなん送ってくんのな……」
事務所代わりのプレハブの外では巨大な軍艦の姿ばかりが見えて他の物は何も見えない。
ヨーコから受けたミッションでトヨトミから敗戦処理の賠償として譲り受けた軽巡洋艦である。
マーカスのデスクの上に山のように大量に積まれた
「こっちがCIWSの換装キットで、こっちがミサイル用の弾頭のカタログ? ん? 大容量コンデンサーのパンフとか大型艦用高性能冷却材とかどこに使えってんだよ……。果ては『艦内にお子様用プレイルームでも作りませんか?』とか……」
譲り受けた
そのためか種々のパンフレットやらカタログの内容は最上級の性能を大幅に向上させるためのものというよりかは小手先の小改良のようなものが多い。
「しっかし、どれもこれも値段がたっけぇなぁ……」
「そら低ランクの中古品なんかじゃないんだから当然だろ?」
私もアシモフタイプの1体から渡された乗員名簿のリストを確認するもまったくもって意味が分からずにペラペラとページを捲りながら担当プレイヤーサマを眺めている。
「とりまトヨトミポイントカード会員の申請と児童用のHuMo用コックピット改修キットだけ購入しとくか?」
「良いんじゃね?」
現実世界でもある事らしいがトヨトミは企業国家という性質上、顧客の囲い込みのためにポイントカードなんてものまであるらしい。
また、ヨーコは親父の形見でもある陽炎に乗る腹積もりでいるらしいので、フットペダルに足が届かないガキンチョのための改修キットも購入。
とりあえず喫緊に必要なものはそれだけだとマーカスは判断して、それからダイレクトメールの仕分け作業へと入る。
まず最初に幾つかのカタログやらをゴミ箱にダンク!
「おいおい……。いきなりそんなブチ込んで後から後悔しても知らねぇぞ?」
「サブちゃんの艦に致死性の毒ガスやら細菌兵器、ウイルス兵器なんてのはいらないと思うんだけど?」
「あ、納得……。ついでに言うと私は熱核兵器なんてモンも好かねぇからな!」
マーカスも日本人らしいから大丈夫だとは思うが、だいじんさんの話を聞くにゲーム内とはいえ核兵器の使用に忌避感を感じない人種もいるらしいので一応ながら釘を刺しておく。
私が、というよりサブリナタイプのAIは惑星トワイライト生まれのサンセット育ち。
他の惑星に移住しようなんてさらさら考えていないキャラ設定のために惑星の環境を汚す核兵器には忌避感を持っている。
メタな話だと、核兵器の使用は私というNPCの好感度が下がる行動というわけだ。
「うんうん。サブちゃんならそういうと思ってたよ。そういうわけで大型ミサイルの弾頭はそれ以外の物にしておくよ」
その内、この男は私が何か意に介さない行動をした時に「サブちゃんはそんなこと言わない!」とか言って拳銃向けてきそうな気もしてくるが、事を荒げる気もないのでここは何も言わないでおく。
そうこうしていると事務所の中にヨーコのカーチャンが入ってきて私とマーカスに湯呑に入ったお茶を差し出してきた。
「ああ、どうも。他の皆はどうです?」
「ええ、艦内には電子マニュアルも完備されてますので教育作業は順調。各乗り組み員には自分の受け持ちのマニュアルの周知の後にダメコン作業の訓練、それと第2担当訓練を予定しております」
当然ながら全長380m超の巨艦の運用には私やマーカスだけではとても手に負えない。
そんなわけで乗員としてヨーコたちハイエナの残党の内、年長の少年少女やメディカルポッドに入れたら元気を取り戻した高齢者の一部に旧モデルのアシモフタイプを雇い入れていた。
年と取り過ぎている高齢者やまだ幼過ぎる子供たちはヨーコを除いてVR療養所に残ってそこの子供たちの相手というわけだ。
中でもヨーコのカーチャン、シズさんは唯一の働き盛りの大人という事もあって彼らの精神的支柱になりつつある。
「ふむ。妥当なところだ。幸いだったのはトヨトミの連中が艦にマニュアルを残していってくれた事か」
「ええ、近い内に艦長に点検頂けると幸いです」
そう言ってシズさんが「艦長」と笑いかけたのは何故かマーカスではなく私であった。
「……なあ、それマジ?」
マーカスは何故か最上級の艦長に私を据えようとしていた。
当然ながら私に軍艦の艦長としてのスキルなど用意されていない。
無能の大人たちにできるのだから私にだってできるだろうと個人傭兵になろうとしている小生意気なガキという設定の私にそんなスキルがあると思う方がおかしいのだろうが、生憎と私の担当サマは控えめにいっておかしいのだ。
そして私の問いの答えが返ってくる前に事務所内にヨーコが段ボール箱を持って入ってくる。
他の子供たちは艦内で割り当てられた役目の確認で大忙しなのだが、ヨーコは艦には入らず整備員たちに付きっ切りでプロの技を目を輝かせて見ていたので宅配を受け取ってきてくれたのだろう。
「宅配で荷物が届いたよ~!!」
「おっ、きたきた!! ささっ、早くきてみてよ!!」
「まあ、よくお似合いですよ、艦長!!」
ゲーム内ショップの1つであるコスプレショップから届いた段箱の中に入っていたのは表地は黒で裏地が赤に金のラインの入ったコートと海軍風の正帽だった。
「うわぁ……」
ジャストフィットのコートと帽子でいかにもな艦長スタイルに仕立て上げられた私はもうマーカスが真剣である事を疑ってはいなかった。代わりに正気を疑ってはいたが。
「せっかくですし、これから全乗組員を『クイーン・サブリナ号』の甲板に並べて艦長にお披露目してみましょうか?」
「いいね、いいにぇ~!!」
ハイエナ親子は乗り気になってはいたが、むしろ私としては1000人以上の乗員の前に出されるなど、私に、ではなく私がお披露目されるみたいで本気で御免こうむりたいくらいだ。
こんな時、マーカスの野郎ならシズさんの言葉に乗っかってホントに点検という名のお披露目会をやりかねないのだが、意外にも彼の言葉から出た返事は違った。
「いや……」
「うん? なんだ?」
「サブちゃんのお友達から救援要請だ。急で悪いが艦長直々の艦内点検よりも先に完熟航行訓練と洒落こもうか?」
ライオネスからの救援要請。
その詳細を語る前にマーカスは事務所の壁面に用意していたスイッチを押して、ガレージ内、そしてクイーン・サブリナ号艦内へとサイレンを流す。
「今の宅配でヨーコ君用のキットも届いたようだな、陽炎への組み込みは移動中に行うとしよう。それじゃ緊急発進だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます