21 救出失敗

 包囲網の中では傭兵たちが南の一点を目指して移動を開始し、外では救援に駆けつけた部隊の一部が砲撃体勢に入る。


 数機の双月を空に上げて警戒管制任務に付けているハイエナたちからすれば、その意図は筒抜けもいいところ。


 故に時間だけが脱出の成否を握るといっても過言ではない。


「ミサイル接近ッ!!」

「チィっ!! 敵もタダでは行かせてはくれんか!? 各機、近隣の味方機との距離を狭めろ!! CIWSの弾幕を集中するんだ!!」


 サンタモニカやマモルたちの部隊の周りにもあちこちから集まってきた味方機が一旦は合流するも彼女たちの部隊はコアリツィア隊の最大戦速に足並みを揃えているために味方機はすぐに追い抜いて砲撃予定地点を目指していった。


 そんな彼女たちの元へ敵のミサイルの雨霰が襲う。


「マモル君、速度はそのまま!!」

「で、でもぉ!?」


 マモルの不穏な雰囲気を感じ取ったゴロツキ乙女が有無を言わさぬ強い口調で制してくる。


 そうでもしなければマモルはジーナやタンタルのコアリツィア隊を置いてニムロッド・カスタムの全速を出していたか、あるいは逆に速度を落としてミサイルの迎撃のためCIWSの命中精度を上げようとしていたであろう。


 だが結果は杞憂であった。


 ゴロツキ乙女は機体を正面に向けたまま右方向から迫ってくるミサイルの群れをヘビーバレルのライフルから対空炸裂弾を放って迎撃し、CIWSが作動する事すらなかったのだ。


 後方のタンタルたちもコアリツィアの1機につき14.5mm機関砲2門の防御火力を集中させる事でミサイルの迎撃に成功していた。

 1機が降り注ぐミサイルの破片で被害を受けたようだが損害は軽微。速度の低下も見られない。


 だが、彼ら以外の傭兵たちには少なくない被害が出ていた。


「しょ、少年!! 右前方の竜波が擱座しとるぞな!? 助けに向かわんと……」

「何を馬鹿言ってんですか!?」

「じゃが!?」

「僕たちが行けばまたミサイルが降ってくるかもしれない。そうなったら、あの機体のパイロットも機体から逃げられないでしょうがッ!!」


 頑健なフレーム構造を持つ竜波も降り注ぐミサイルの雨には耐えられず大地に倒れる。


 マモルの後部座席に座るトクシカ氏は救助に向かうべきと主張するが、さすがにこの状況ではマモルでなくともお人好しが過ぎると言わざるをえないだろう。


 リスポーンもできない癖によく言うと、マモルは歯噛みしながら咄嗟に思いついた思い付きで後席の善人を黙らせて苛立ち紛れに操縦桿を強く握りしめた。


「……ナイトホークも」

「仕方ない。ナイトホークの対赤外線防御もこれほど高速で機体を動かせば効果は半減ぞな」


 身動き取れなくなった竜波を見送った後ですぐ彼らは撃破されたナイトホークの傍らを通り過ぎる。


 ナイトホークは夜戦用のHuMoとはいえサムソン系の高い機体性能の片鱗を持つ上にランク6の機体。

 マモルが駆るニムロッド・カスタムⅢよりも機体性能は上なのだ。


 そんな機体の残骸を目の当たりにして思わずマモルは唾を飲み込む。


 今回はトクシカ氏も救助などと言い出さなかったのは既にかの機体が激しく炎上していたからであろうか。


 それから数度のミサイル攻撃を彼らは上手く迎撃し、あと1つなだらかな丘を越えれば砲撃予定地点が見えてくるという時になってニムロッドのカメラが小さな火球を捉えた。


「間にあった……?」


 火球は次から次へと空に現れ、それが一段落したかと思うと少し低い軌道で火球が出現、その次にまた低い弾道で火球の一団が宙に現れてきた。


 その火球の1つ1つが救援部隊のコアリツィアが放った180mmの榴弾である。


 そして、トクシカ氏の予想通りに幾重にも軌道を変えて撃ち出された火球の着弾はほぼ同時。


 速度を落として丘からニムロッドの頭部だけを出して向こう側を見たマモルが見たものはまるで大地そのものが爆ぜているかのような壮絶な光景であった。


「ヒュ~~~!!!! これは凄い。単機でも広範囲の面制圧を仕掛けられるのがコアリツィアだけど、それが大隊規模ともなればこうもなるか! マモル君もよく目に焼き付けておきなさい。こんなん滅多に見られないわよ!?」


 口笛がゴロツキ乙女の癖なのだろうか。


 確かに彼女が言うようにコアリツィア隊のMRSI砲撃がもたらした大爆発の光景は壮絶なものでありながら壮大なものであった。


 コックピット内のスピーカーが発する砲弾やら敵機やらが上げる爆音はまるで機外の振動がそのまま伝わってきているかのように少年の心にまで轟いていた。


 だが。

 だが……。

 だが、それでもマモルの心の中では何故か悪寒にも似た不安が拭いきれないのであった。


「や、やったな!? 少年、後は救援部隊と合流して、タンタル君たちコアリツィア隊もスターリン君たちに合流すれば!! 少年はどうするぞな!? 後は大人に任せて君は砲撃部隊の護衛に回っていてもいいし、今後の経験のために反抗作戦に参加してもいいぞな!!」


 後ろで何やらトクシカ氏がすでに戦いの趨勢は決まったとばかりにはしゃいでいたが、どうしてもマモルにはいつも彼の担当プレイヤーに向けているような軽口を叩くような気にならなかったのだ。


 そうこうしている内に砲撃の雨は止み、穴の開いた包囲網から脱しようと傭兵たちのHuMoが全速力でクレーターだらけになった大地へと駆けだしていた。


「それじゃ儂らも行こうかの? それともタンタル君たちを待ってからにするかの?」

「……いえ、退きましょう」

「……は?」


 トクシカ氏がマモルの言葉の真意を聞きただす前に少年は機体を反転させて今来た道を逆戻りさせていた。


「お、おい! 何を!?」

「悪いけど、私もマモル君の意見に賛成。タンタル、聞こえてる!? 作戦は失敗よ!!」


 マモルに続いてゴロツキ乙女の機体も続いていた。

 さらに現場を直接視認していない後方のタンタルも同意見のようであった。


「ああ、各機反転、反転だ!!」


 その声とほぼ同時に脱出しようとしていた傭兵の機体の反応が消失する。


「敵の動きの方が少しだけ速かったみたいだな……」

「ま、動きが単純過ぎたかしらね?」


 砲撃によって穴の開けられた包囲網は南に向けて口を開いたCの字のような形。


 だが砲撃を担当する救援部隊のコアリツィアの数が少なすぎたのだろうか。

 砲撃によって開けられた穴から脱出を図った者は左右から挟み撃ちを受ける形となっていたのだ。


 おまけに敵は南側に多数の戦力の移動を完了していて、救援部隊のジャギュアやらナイトホーク、竜波などが交戦を開始しても砲撃による混乱を微塵も感じさせない抵抗を見せていた。


 このままではいずれ砲撃の穴も埋められて元の木阿弥となるのを待つしかない。


「……ならば次の機会を窺うしかないか? スターリン君たちの再攻撃の準備が整えば」

「悪いけど、トクシカさん。アナタ、敵が双月を何に使っているか忘れたの?」


 ゴロツキ乙女はあえて言葉には出して言わないものの、その哀れな者を慰めるかのような口調は氏が想像している展開にはならないと言外に言っているようなものである。


 現にマップ画面に矢印で表示される敵部隊の動きの内、幾つかは救援部隊の前衛を突破してコアリツィア隊を突こうという構えに見えた。


 その時、すでにマモルは半ば思考停止の状態になっていた。


 ただ敵の多い南から逃れようと、ただ撃破される味方の断末魔が聞こえないように遠くに行こうとしているかのような動き。


 そこに戦術的な意味など何もない。


「よう! 随分とケツに火ぃ、付いてるみたいじゃねぇか?」


 マモルでなくともサンタモニカもジーナも、恐らくは先のイベントで成績上位の成績を納めてこの場に来ているであろうタンタルやゴロツキ乙女ですら次にすべき行動について建設的な意見を述べられないような状況の中、そんな彼らの辛気臭い雰囲気などお構いなしの暢気な声が通信で入ってきた。


「……え、あれ? サブリナさん……? どうして……?」

「おいおい、どうしてって。ライオネスから救援要請を受けてやってきたのに『どうして』はねぇんじゃねぇの? あ、もしかしてライオネス、近くにいないのか?」

「あ、いや、近くにいないのは正しいんですけど、マーカスさんに救援要請を出したのはウチの馬鹿じゃなくて僕なんです」


 担当プレイヤーには無断で、そのフレンドに救援要請を出す。

 その常識外れな行動を咎められるのではないかとマモルは身構えるものの、通信機越しに聞こえてくるサブリナの声は溜め息混じりながら彼の窮状を理解してくれていた。


「アイツ、相変わらず難儀な現場ヤマに首を突っ込んでんのな。で、マモルはそれに巻き込まれたってわけだ?」

「え、う~ん、そうなのかな? ところでサブリナさんとマーカスさんはどこに?」

「私らか? 私らはここ……」


 サブリナがマップに打ったピンが見当たらなくてマモルはマップ画面をだいぶ広域に設定しなおしてやっとそのピンを見付ける事ができた。


「え……?」


 正直、助けにきてもらった立場ながらマモルは何をしにきたんだと思わず口に出して言ってしまいそうになっていた。


 サブリナが打ったピンは円形の包囲網のはるか西方。それも包囲網の外縁から200kmは離れているものだったのだ。


 さらにその周辺には味方、友軍を示す青点はわずかに1つ。


「え? え? え? た、単機?」

「ん~……、単機っていうか、単艦?」

「か……、はぁ……?」


 サブリナが言っている事が理解できずに固まっていると周囲から複数の者の声が入ってくる。


「艦長! 山脈越えて敵レーダー圏内に入ります!!」

「おう……?」

「艦長、砲雷科より報告『システム、オールグリーン。指示を待つ』以上!!」

「お、おう」

「艦長、友軍とデータリンク完了ッ!!」

「うん……」

「艦長ッ!! 艦載機部隊より攻撃命令はまだかと催促がッ!!」

「おう……」


 戦いを前にした興奮からか、サブリナ以外の者の声は溌剌としていて威勢が良い。だが、それに反して謎の声から「艦長」と呼ばれる度にサブリナが意気消沈していく事が声だけで察せられるようであった。


「え……、いったいどんな状況?」

「知らねぇよぉ……。いったい私はなんで艦長の椅子を温める仕事なんてしてんだよぉ……」

「そりゃあ、サブちゃんがこの艦の艦長だからね。キャプテンシートに座っているのが当然でしょ?」

「あ、マーカスさん!?」


 サブリナの声が今にも泣きそうなものになった時、いやにゴキゲンな中年男の声が通信に乗ってマモルの元へと届いてきた。


「私は軍艦の艦長に必要なデータなんでインストールされてないんだよぅ……。あといいからお前が全部やれよぅ」

「それでは僭越ながら……。ごほん、友軍各機に次ぐ、これより『クイーン・サブリナ号』が敵西方より攻撃を仕掛ける」


 陽気な声から一転、中年男の声は張りのある緊迫感に溢れたものとなる。


 その芝居じみてはいるが威厳すら感じられる声にマモルもこれは冗談ではないのかと情報表示画面を操作してみると通信の相手先は「最上モガミ級軽巡洋艦:クイーン・サブリナ」と表示されていた。


「最上級じゃとッ!! トヨトミの最新鋭艦ぞな!? マーカス君といえば、難民キャンプでも救援に来てくれた傭兵さんぞな!? なんで一介の傭兵がそんな艦を?」

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