17 第3休憩所にて

 浮き艀エア・バージに乗った3機は割り当てられた演習場へと向かう前に近場の休憩所に寄る事にした。


「トミー君の事、すっかり忘れてましたわ……」

「まあ、私たち、ライオネスさんがいない時はいつも3機編成でしたからね」

「ああ、僕がいる事で3機になってたからトミー君もいるものだと?」


 HuMoが5~6機は乗れそうなほどに巨大な板の四隅に飛行用のエンジンが取り付けられたような構造のエア・バージから降りた3機はそのまま休憩所の駐機場目指して前進していく。


 サンタモニカの紫電改にジーナのコアリツィア、マモルのニムロッド・カスタムⅢは駐機場へと歩いていくが、意外な事に3機の中でもっとも歩行速度が速いのはもっとも重装備で大質量のコアリツィアであった。


「意外とコアリツィアって足が速いのですね。振動とかはどうですの?」

「それがそんなに酷くないんです。むしろヌルヌル動いて気色悪いくらいで……」

「いやぁ……、傍から見てる方がよっぽど気持ち悪いですよ? なんか虫みたいで」


 コアリツィアに続いてマモルのニムロッドもそれなりに歩行速度が速い。

 3機の中でもっとも速度の遅い紫電改は小走りの状態となって2機に続く。


 6本脚のコアリツィアは昆虫の上に人間の上半身が乗っかっているような外見。

 当然ながら、その歩行の形式も昆虫を模したものとなっていた。


 その歩き方が心底気持ち悪そうな声を上げるが、実の所、サンタモニカもそれはあえて口に出さないでおこうと思っていた事だったのだ。


「もう、やめてくださいよ!!」

「あ、すいません」

「それにしてもコアリツィアって機動力も弱いみたいな話ではなかったんじゃ……?」

「多分、歩行速度だけは速いけど、走らせても大して速度が上がらないんじゃないでしょうか?」

「ちょっと試してみますね……」


 マモルの予想通り、それからジーナのコアリツィアは僅かに増速するもののそれで終わり。

 マモルもサンタモニカもジーナ機がゆっくりとながら加速している最中だと思っていたところに「これ以上、速度が上がりません」と通信が入ってきて拍子抜けしてしまう。


「スラスターも使ってみますね」


 本来なら既に駐機場に着いているのだが、コアリツィアの機動力を試してみるために3人はわざと遠回りをする事にしていた。


 中規模のガレージにフードコートが付属したような第3休憩所をぐるりと回るように3機は走り出す。


 ジーナがスラスターを使用すると宣言した直後、脚部や胴体背部の至るところから青白い噴炎が発生するがそれでも速度の上昇は僅かなもの。


「推力重量比がだいぶ低いという事なのでしょうか?」

「そういえばあの酔っ払いは『障害物を跳び越えるためのもの』とか言ってませんでしたっけ? 前進に使えるスラスターが少ないのかもしれませんよ?」


 同じようにスラスターを使用して駆けだしたマモルのニムロッドは容易くコアリツィアを追い抜いてしまった。


 さらにサンタモニカの紫電改もコアリツィアに追い付きそのまま並走し始める。


「小回りとかはどうでごぜぇましょう? ちょっと機体を左右に振ってみてくださいませ」

「……駄目、みたいですね。小刻みな入力は受け付けてくれないみたいです。できてこれくらいみたいです」

「なんだかマイムマイム踊っているみたいですね」


 ガチャガチャと大地を機械の脚で蹴り上げならコアリツィアは前、横、後ろ、前、横、後ろとステップを踏んでみるが、その動きはどこか動作のたびに一拍置くというか、とてもぎこちないものであった。


 同じようにマモルがニムロッドを動かしてみるとステップの足捌きにスラスターの推力の強弱とが組み合わさって変幻自在の卓越したダンサーのような趣すら出していた。


「ていうかマモル君、なんか上手くないですか!?」

「ウチの馬鹿がもっと酷い事してる後ろに乗ってるわけで、こんくらいなら可能だって分かってるんで……」

「あ、なんかすいません……」


 ジーナとマモルが互いの乗機でステップを踏んでいると、いつの間にかサンタモニカはその様子を紫電改のコックピットハッチを開けて眺めていた。


「私、コアリツィアの良い所を1つ見つけてしまったかもしれまれん……」

「どういう事です?」

「思ったより五月蠅くないと思いません?」


 とはいえそれは「静粛性に優れる」というレベルのものではなく、本当に「思ったよりは五月蠅くない」という程度のものでしかない。


 事実、コアリツィアの6本の脚のそれぞれが動くたびにガチャガチャという音を立てているのだが、サンタモニカの紫電改の3機分近いコアリツィアの全備重量を考えれば静かだといってもいいのかもしれない。


「でも、それ、言うほど役に立つとこってあります?」

「そうでごぜぇますね。忘れてください」


 前にライオネスが言っていた「マモル君は可愛い顔してちょいちょい人の意気を挫きにくる」という言葉をサンタモニカは思い出していた。


 実際のところ、マモルが言うようにコアリツィアは思ったより五月蠅くないといったところでそれが役に立つとは思えなかった。

 大質量の機体が他の機体と同レベルの騒音で動けるだけでそれで隠密性が高いというわけにもいかないし、そもそもコアリツィアの主砲やらミサイルやらを撃ってしまえばそれまでどれほど静かに動いていようとそれだけで帳消し。


 だが、サンタモニカとしては今はジーナにコアリツィアに乗る事を前向きに考えて欲しいところ。

 先ほどの歩いているところが気持ち悪いだのいちいちジーナのやる気を削ぐような事ばかり言ってくるところにサンタモニカも大きく溜め息を吐いた。


「……それじゃ、休憩所に行ってトミー君が来るのを待ちましょうか?」

 ………………

 …………

 ……




 駐機場に機体を停めてコックピットから降りると気持ちの良い風が吹き抜けていった。


 周囲の地形のせいなのだろうか。空港や展示場があった中央施設群に比べて陽射しの強さは変わらないのに涼しい風が吹いているせいかだいぶ過ごし易く感じる。


 サンタモニカと同型の空調機能のあるパイロットスーツを着ているジーナも同じように感じているようだし、空港周辺では辟易とした顔を隠そうともしていなかったマモルですらのんびりとした表情をしているのだから間違いないのだろう。


「お~! お~! お~! あの紫電改が背負っている大剣を見てもしかしてと思っていたら、やはりぞな!!」


 トミーが来るまで何か冷たい物でも飲みながらゆっくりしていようかと思ってフードコートへと向かっていると隣接するガレージの方から陽気な男の声が聞こえてきて3人がそちらを振り返ると、そこにいたのは難民キャンプでのミッションの依頼主であったゲスイカオ=トクシカ氏がそこにいた。


「あら、トクシカさん?」

「ええと、サンタモニカさんだったぞな?」

「はい。ご無沙汰いたしておりますわ」

「なあに壮健そうで何よりぞな!!」


 ゲスイカオ=トクシカ氏はその名が示すとおりの2面性を有するNPCである。


 その下衆ゲスい顔は初見の者ならば誰しもが眉を顰めたくなるような醜悪そのものの脂ぎった蛙のような顔付きでありながら、その内面は篤志家とくしかと名付けられているようにあくまで善性の男であった。


 本来であれば肥満体の嫌らしい目つきの醜男に粘っこい視線とともに体を触られようものならばサンタモニカも年頃の少女であるから悲鳴の1つも上げたくなるところであるが、彼の人懐っこい笑みで再会を喜ぶ言葉とともに腕をぽんと触られても嫌な思いどころかかえって親近感を感じるほど。


「君は確かあの時は双月に、こっちのおチビちゃんは雷電重装型に乗っていたぞな?」

「ええ。おかげ様で紫電改を買えるようになって、こないだの戦技競技会で運良くチケットを入手できましたの」

「おう、結構、結構!」


 戦技競技会とは先週末に行われていたバトルアリーナイベントのゲーム世界内での立ち位置である。


 新人傭兵たちの交流と技量向上を目指して傭兵組合が実施した競技会。

 プレイヤーだけが参加できるイベントをゲーム世界内に組み込むための言い訳のようなものであった。


 どこか遠くから聞こえてくる砲声もだいぶくぐもって聞こえるせいでどこかのんびりとした雰囲気で、トクシカ氏は傍らの秘書風の女性に何やら指示を出してから3人をフードコートへと誘う。


「そういえばライオネス君はどうしてるぞな? あのニムロッドはあの子の機体ぞな?」

「ええ。彼女は竜波が気になっているようでしたからトヨトミのブースにいるんじゃないかと」

「ああ、確かにあの子は接近戦が得意のようじゃったからアレが向いとるのかもしれんぞな!」


 サンタモニカの紫電改が装備する大剣の事や彼女たちの乗機を覚えているところからもトクシカ氏の義理堅さが透けて見えるようでサンタモニカとジーナは表情を綻ばせていた。


 3人はトクシカ氏の厚意で無料でドリンクを頂いていたのだが、その飲み物に口を付けたか付けないかのその時、休憩所内にけたたましいサイレンが鳴りだしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る