18 マモ×トク
「なんだ? おい、訓練の予定なんてあったか!?」
「馬鹿ッ! 訓練なんかじゃねぇよ!!」
「ジャギュア隊に通報を!」
けたたましく鳴り続けるサイレンに負けじと整備員やその他職員たちは怒鳴り声を上げ、遠くから聞こえてくる砲声はその数を増して事態が逼迫していた事を告げていた。
「あれは……」
「ええと、北ですか……?」
「いえ、あちらからも……」
遠く地平線の向こうから黒煙が立ち昇ってきたかと思うと、天へと昇る煙の柱は次々にその数を増していき、それを見てサンタモニカたちは敵部隊は北から迫ってきているのかと思ったが、すぐにジーナが東を指さすとその先からも黒い煙の柱が昇っていたのだった。
「お、落ち着くぞな! 今は集中販促イベントで体験試乗会をやっとるんぞ! 演習場には多数の傭兵さんたちがいるハズ」
「いや、トクシカさん。その演習中の傭兵さんたち、実弾って持ってんですか?」
「……そういえば、そうぞな。た、大変ぞな!?」
あわを食ったようにあちこち辺りを走り回る職員たちを落ち着かせようとトクシカ氏が叱咤するも、すぐにマモルの言葉で逆に彼自身も慌てた様子で視線を泳がせてしまう。
サンタモニカはまたマモルは人の意気を挫くような事を言ってと苦虫を噛み潰すような顔をするものの、事実、マモルのいうように彼女たちだってライフルやミサイルは演習用の弾がほとんど。
「トクシカさん、ここのガレージに私たちの機体の装備に使える実弾はありますか?」
「な、無いぞな!! こんな小さなガレージでそんな多種多様な機種の弾を置いておけるわけないぞな! ここにあるのは全て演習弾ぞな!!」
あたふた慌てだしたトクシカ氏に代わって秘書風の女性が代わりに休憩所の職員に確認すると、すでに中央施設群の防衛部隊へと連絡を取って即応部隊が出撃したようではあるが、応援が間に合うかは微妙なところといわざるをえない。
すでに第3休憩所の西からも南東、南西からも黒煙が立ち昇っていた。
サンタモニカが地図を確認してみると第3休憩所の周囲にあるのは広大な荒野をそのまま利用した演習場だけ。つまり何もないと言ってもいい。
「つまり敵の目標はここ、第3休憩所というわけでごぜぇますね……」
幸い、すぐに敵の魔の手が第3休憩所に伸びてくるというわけではなさそうだ。
休憩所のフードコート前に設置されていた大型モニターに戦況地図が表示されるとサンタモニカの予想通りに敵は第3休憩所を包囲するような形を作っている。
そういう意味では中央施設群から駆けつけてくるという防衛部隊は敵の包囲網を突破しなければ休憩所に辿り着く事はできないのだが、直径百数十キロはありそうな包囲網の中には体験試乗会に来ていたプレイヤーやその補助AIたちも多数取り残されていた。
彼らの内、包囲網を脱しようとする者は敵に撃破されてサンタモニカたちが見る黒煙の元となっていたが、第3休憩所へ後退しようとしてくる者たちは少なくない被害を出しながらも敵が包囲の網を狭めてくるのを遅らせる事に成功しているようなのだ。
「おい! アンタたち! あんたたちもプレイヤーだろ!! 今からドローンを飛ばすからデータリンクのために俺の大隊に参加してくれ!!」
ガレージからコックピットハッチを開け放ったままのコアリツィアが出てきて中からパイロットががなり立ててくる。
その男のコアリツィアは機体各所の注入口から推進剤か何かを液だれさせていて、補給作業を適当に切り上げて出撃するようであった。
「はい! 私はサンタモニカ! この3人で小隊を組んで参加申請を出します!」
「オーケー! こっちは『タンタル』だ!」
「それよりも貴方はどちらへ!?」
「あん? これ以上、味方を減らされないように援護に向かう。心配しなくても無茶はしねぇよ!!」
そう言うとタンタルが乗るコアリツィアのライフルから弾倉が投棄されて、脚部に取り付けられていた予備弾倉が装填される。
演習弾が入っていた弾倉を捨てて実弾入りの弾倉へと変えたという事なのだろう。
サンタモニカたちにとって幸運であったのは体験試乗会に参加しているのは前回のバトルアリーナイベントで上位100位以内に入賞している者が多いという事。
サンタモニカがライオネスを連れて来ているように全てのプレイヤーがそうだというわけではないのだろうが、それでもプレイヤーの何割かがイベント上位層というのは心強い。
おそらくはタンタルと名乗るプレイヤーもそうなのだろうと思える決断の速さであった。
タンタルに続いてガレージから数機のHuMoが出てきてすぐにホバー状態になって駆けだしていき、サンタモニカたちがいる駐機場でも状況を確認し終えたプレイヤーやその補助AIたちが各自の乗機へと飛び乗って次から次へと出撃していく。
「いいか!? 弾は大事に使え!! 弾が無い奴は弾受けしてでも竜波を敵の前まで連れてってやれ!!」
「撃破されると思った奴は実弾が残ってるならマップにピンを打て!」
「北西と東の窪みはコアリツィア隊で使えないか!?」
「東って、マップのここか!? ここはさっき行ったけど上半身丸出しになって駄目だ!! 別の所を探せ!!」
数多の怒号ととも駆け出していく男女の整然とした姿はサンタモニカに勇気を与え、自分も何かしなければと闘志を新たにする。
「それじゃ私たちも行きましょうか? 敵の狙いが第3休憩所ならトクシカさんたちもこの場を離れた方がいいですわよ?」
「そ、それじゃトクシカさんは僕のニムロッドの後ろに乗って!!」
「そっちのお姉さんは私の後ろに!!」
サンタモニカの脳内に思い浮かんだ作戦は周辺から第3休憩所に後退してくる傭兵たちと合流し、彼らとともに敵の包囲網を突破するという事。
敵の狙いが第3休憩所にある物資なのならば、すでにこの場からある程度は離れていた方が良いだろうと彼女たちも機体へ搭乗する事にした。
マモルのニムロッドの後部座席にはトクシカ氏が、ジーナのコアリツィアの後部座席にはトクシカ氏の秘書が同乗する事になる。
「マモル君、一応でごぜぇますがライオネスさんのフレンドにも救援要請を出しておいた方が良いのではないでしょうか?」
「とっくに出しました!!」
機体へ駆け寄る合間にマモルに救援要請についていってみると、さすが臆病者のマモルだけあってすでに担当プレイヤーの許可も取らずに救援要請は出しているというので思わずサンタモニカは苦笑してしまった。
「ほら! とっとと乗ってください!!」
「しょ、少年!? 乗るから尻を蹴らんで欲しいぞな!?」
乗降用のハンドル付きワイヤーを巻き上げるウィンチの巻き上げ速度が上がるわけもないというのにゆっくりと昇っていくのがわずらわしいとばかりにマモルがトクシカ氏のでっぷりとした臀部を蹴り上げていると駐機場の向かいに停められていたニムロッドU2型に駆け寄ってきた中年女性がマモルの姿を見て「へぇ~」と感心したような声を上げる。
「どうかしましたか?」
「いやね。マモルタイプにしてはご主人様のために頑張るじゃないと思ってね」
「はい?」
思ってもない女性の言葉に思わずマモルの声はうわずるが、そのまま女性は機体へと乗り込んでいってしまったためにその言葉の真意を問う事はできなかった。
この時、サンタモニカもマモルも知らなかったが、白いニムロッドU2型に乗り込んでいった女性は理解していた。
敵の狙いが第3休憩所にある物資ではなく、トクシカ氏であるという事を。
女性からすればマモルタイプのAIが担当プレイヤーへのトクシカ氏の好感度のために自分の身を危険に曝すとは思わず声が出るほどに意外な事であったのだ。
「トク×マモ……、いやマモ×トクか? 面白い。次の薄い本のネタはこれにしようかしら?」
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