7 セールスマン
トクシカ商会HuMoランド。
トクシカ商会が所有する第1評価試験場に併設された複合施設の総称。
HuMo博物館に加えて各勢力の営業担当者が常駐する展示場や体験型娯楽施設、各種商業施設に宿泊施設に加えて中立都市との行き来のための空港施設などを備えたそれ自体が1つの街と見紛うほどの大型施設である。
なお第1評価試験場は併設された施設群の利用客の目もあるためにランク8以上の次世代機の評価試験については所在地すら秘匿されている第2評価試験場で行われている模様。
これが今、私たちがいる施設についての運営の公式Webページでの記載である。
私たちが乗ったバスは空港ターミナルで一般客を降ろして、次に私たち傭兵たちを巨大なドーム型の施設へと運ぶ。
ドーム型の建造物の中に入るとひんやりとした空調の冷たい空気が全身を包んでそれだけで体力が回復していくのを感じた。
「やっと一息つけたわね。で、ここが公式サイトにあった展示場ってヤツ?」
「なんだかモーターショーみたいでごぜぇますわね」
入り口に入ってすぐ、満面の笑顔の係員にウェルカムドリンクだというトロピカルな味わいのミックスジュースを手渡され、私たちはジュース片手にさらに内部へと入っていく。
なんというか、そこは私が予想していたよりも遥かに煌びやかな場所で私はいささか面食らってしまった。
野球やサッカーのドーム型球場がいくつも入るであろう広大な内部には数十機のHuMoが展示されていて、その内の何機か、恐らくは売り出し中の機種に対しては水着姿のお姉さんが付いているのだ。
例えば、すぐ近くに展示されている機体はナイトホーク。これもバトルアリーナイベントの景品機体の1つなのだが、この機体の足に脚を組んで座っているのは金髪碧眼ボインのバニーガールといった具合。
中山さんが言うようにこれでは兵器であるHuMoの展示場というよりは自動車やバイクを展示するモーターショーの方にノリが近いだろう。
会場全体も私たちのどこか薄暗いガレージとは違い、燦燦と電灯が焚かれて眩しいくらいだったり、あるいはそんな中でわざと天幕をかけた一画を設けて暗がりを作ってスモークを焚いていたりと贅を凝らした演出で購買意欲を高めようという工夫が見られる。
「見ろよ! マモル、あの姉ちゃん、おっぱいデケぇ~~~!!」
「わっ、わっ、聞こえちゃいますよ!!」
私たちの視線に気付いたのかナイトホークの足元のお姉さんはこちらにウインクしてさらに投げキッスを飛ばしてくるというサービス精神を見せてきた。
大はしゃぎのトミー君の様子にウチのマモル君をどういう顔をしているのだろうかとチラリと見てみると、真正面から見なくても分かるくらいに耳まで真っ赤にしていた。
陽キャ体質のトミー君に比べてマモル君は控えめな性格ゆえにだろうか。それともまだ年齢的に早かったのだろうか。いずれにしてもマモル君にはいささか刺激が強すぎたようだ。
「パイロットスーツ買うのはやっぱり止めておこうかしら?」
「どうしたんですか?」
「やっぱり体のラインが出ちゃってマモル君が悩殺されると困るでしょ?」
「……は?」
振り返ったマモル君が馬鹿にしてくるような顔をしていたのならまだ良かった。
私の担当君は哀れむような表情を見せていたのだ。
「冗談よ」
「まあ、それなら許してあげますけど。一応、言っておきますけど僕たちユーザー補助AIはパイロットスーツとか来ててもそういう目で見ないようになっていますから。一部、例外はありますけど」
「ああ、なるほどね。それでトミー君はサンタモニカさんと一緒にいて何とも思わないと……」
確かにそりゃそうだ。
ゲーム中は四六時中、一緒にいる補助AIにセクハラ紛いの視線を向けられたい人なんてそうはいないだろう。
「そういやサンタモニカさんはお目当ての機体とかあるの?」
件のバニーガールのお姉さんが私たちと一緒のバスに乗って来た他のプレイヤーに質問されたのを機に中山さんに話を振ってみる。
バトルアリーナイベントの上位入賞者に配布されたチケットで交換できるのは格闘戦特化の「竜波」、夜間戦闘用の「ナイトホーク」、そして砲戦タイプの「コアリツィア」の3機種。
だが中山さんは兄の醜態を見てプリプリと怒るジーナちゃんを宥めながらも浮かない顔をしていた。
「一応、候補はあるんですけど……」
「うん、なになに?」
「ええ。コアリツィアが気になってはいるのですけれど……」
「となるとジーナちゃん用って事か。確かにねぇ」
中山さんが躊躇する理由も分からないではない。
現状、中山さんが保有する機体群の中でもっともランクが低いのがジーナちゃんが搭乗する雷電重装型。
他にバトルアリーナイベントで一定数の勝利をしているので配布機体のライトニングも持っているハズだが、ライトニングにせよ雷電重装型にせよランク2の機体である。
「たしか機体解説だと機動力が低いのに防御力も低いんでしょ?」
「ええ。さすがにそんな機体にジーナちゃんを乗せるのも憚られて……」
「私は気にしませんよ!!」
「そういうわけにもいかないでしょうよ。オマケに装備の流用も利かないんでしょ?」
中山さんたちがこれまで乗ってきた双月、雷電陸戦型、雷電重装型、紫電改はいずれもトヨトミ製のHuMoであり装備の流用が可能であった。
だがコアリツィアはウライコフ製。
機体自体はチケットで交換できるにしても戦力化するにはそれなりの出費が必要となるだろう。
そういうわけでキワ物感が強い機体の入手に躊躇するのも分からないではない。
だが、どうしたものかと悩む私たちに背後から話しかけてくるものがいた。
「なんだ、お
周囲の客たちのガヤガヤとした話し声に負けないほどに素っ頓狂なダミ声に慌てて振り向くとそこにいたのは私たちが着ている物とは違うツナギ服を着込んだ中年男であった。
大胆に前を開け放ったツナギの下のTシャツからわんさと溢れ出す胸毛に筋肉の上にがっつりと脂肪の乗った固太りの中年男。
白い肌が赤く染まっているのは日焼けが原因でない事は手にしたウォッカの瓶からも分かる。
「えっと……、貴方は……?」
「コアリツィアの担当セールスマンだよ!! お前ぇら『機動力が低いのに防御力も低い』だの、そこの嬢ちゃんを乗せるのが躊躇われるだの言ってただろ!? つまり俺の客ってわけだ!!」
「あ、えと、客というか、まだ決めかねているんですけど……」
「あン!? 迷ってんならとりあえず実物を見てみろよ!! ほれ、こっちだ!!」
そう言うと酔っぱらいの中年男はツナギと腹の肉の間に酒瓶を押し込むと中山さんとジーナちゃんの手を引いてグイグイと引っ張りどこかへと消えてしまった。
「な、なんだかアクの強いセールスマンだったわね……」
「そ、そうですね……」
「それにしても欠点ばかりを聞いて自分とこの客だと思うなんてマトモに商売する気あるのかしら?」
「あったらお酒飲んでないと思いますよ」
「そらそうか!」
そこでふとそういやトミー君は? と辺りを見渡してみると自分の担当ユーザーと妹が中年男に連れ去られるという現実世界なら事案間違いなしの状況だというのに彼は未だにナイトホークの足元のバニーガールに釘付けである。
トミー君に状況を伝えようと近寄っていくと、バニーガールと他の客との会話が耳に入って来た。
「この機体、随分とエアインテークが多いね。機体前面にまであるじゃないか?」
「ええ。ナイトホークは夜戦用ですので機体前面と側面のインテークから吸気した空気と排気とを混合して放出するようになっております」
「なるほど! 敵に正面を向けている時の赤外線放射を抑えられるというわけか」
「はい。そういうわけで夜間戦闘でなくとも赤外線誘導のミサイルなどにも耐性を有しております……」
もしかしてアレか?
このバニーガールのお姉さんはサムソンのナイトホーク担当のセールスマンなのか?
「武装と致しましてはライフル用のサーマルジャケットや高品質の鍛造ナイフが用意されておりまして夜戦での奇襲にはもってこいとなっております。また一般機用の武装ももちろん使用可能となっておりますので状況次第では十分に選択肢に入るかと思われますが……」
「あ~、今ランク4のビーム・ソードを持っているんだが使いまわしとかできるかね?」
「もちろんでございますとも! その場合ですと使用後に熱を外へ逃さない専用のカバーケースなどもありまして……」
胸元から取り出した折り畳み式のホロ・タブレットを駆使して顧客候補へ熱心に説明をするバニーガールを見ていると、言っては何だがウライコフの酔っ払いのおっさんとサムソンの美人のバニーガールとじゃ天国と地獄の差だなと思わざるを得ない。
そこでふと気になった。
ウライコフが酔っ払いの中年。サムソンがバニーガールのお姉ちゃん。
ならば竜波のセールスを担当するトヨトミの営業はどんなものなのだろう?
俄然興味が湧いてきた私はトミー君を放置してマモル君とお目当ての機体を探す事とした。
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