8 山瀬とヤマガタ

「がお~~~!!!!」

「…………」


会場の至るところには売り出し中のHuMoが思い思いの趣向で展示されて場内はまるで迷路のような複雑さではあったが、バトルアリーナイベントの時の告知で何度もCG画像を眺めていただけあってお目当ての機体はすぐに見つける事ができた。


そのブースには3機の竜波が並べられ、「Commander」と名付けられた中央の1機はライフルを片手に前方を指さしていた。

その左隣にはバックパックに箱型のロケットランチャーにガトリングガンを取り付けられ手には大鉈を装備した機体が「Heavy Arms」と銘打たれ、また右隣りには「Hard Puncher」がほぼ素体そのままの姿でボクシング風のファイティングスタイルを取っていた。


「が、がお~~~……!!」

「何が『がお~』やねん……」


さて気になっていた竜波担当のセールスマンであるが、こちらも入り口付近にいたナイトホーク担当のバニーガールと同様に女性。御多分に漏れずモーターショーを模してか水着姿である。


だが、何故か鮮やかなグリーンの水着の上からアメフトの防具を着込んでいて、しかも展示している竜波を見上げる私に気付くや否や両手を上げて威嚇してくる始末なのだ。


これには思わず私も関西弁のツッコミが出てしまう。


まあ、機体フレームから頑健に作られている竜波のゴツさと頭部のアイカメラ前の半透明のシールドやチンガードからアメフトの防具の発想を得てきたのだろうが、だとしても顧客候補を威嚇しようという発想は分からない。


「えと……、なんかすいません……。ウチの上司がインパクト勝負だって言いだして……」

「あ、いや、なんかゴメンなさいね」


私の冷めた視線に意気消沈してしまったのかアメフトスタイルの女性はあからさまに肩を落としてヘッドギアを外す。


「ほら、今回のイベント景品のチケットで交換できる3機種って言ったら何ですけど、どれもキワ物じゃないですか? だったらインパクト勝負で押し出していかないと数を捌けないってのは分かるんですけどね……」

「まあ、分からないではないけどね……」


ヘッドギアを外した女性はボブショートの黒髪で愛嬌のある顔立ちをしていた。

背は私よりも幾らか低いくらいだろうか? 胸は防具に隠れているために分からないがそれでも腰回りの発育を見るにその下に大したものがあるとは思われず、私としては親近感が持てるような体形である。


そんな女性が気落ちした様子を見せるので私は妙な罪悪感を感じて話題を逸らそうとHuMoの話を振ってみる事にした。


「と、ところであの真ん中の機体、ライフルを持っているけど竜波の手で持てるライフルとかもあるんだ?」

「ああ、アレは普通のライフルのグリップとかトリガー周りを専用の物に交換しているんですよ」


トヨトミ製のHuMoは他勢力の機体に比べて小型であり、手も同様に小さいのだが格闘戦特化の竜波はゴツいグローブを嵌めているかのように大きな物。

他の機体と同様にライフルを持てるとは思っていなかったのだが、部品交換する事も可能であったようだ。


「ただ、戦場で拾った武器は部品交換されている物なんかそうそうあるわけでもないですし、予備の弾倉は多めに持っていた方が良いと思いますよ」

「なるほどね」


以前、難民キャンプでトクシカさんの護衛を引き受けた時には途中で弾薬が足りなくなって撃破した敵の武器を拾って、それを使って凌いだ事もある。

特殊なパーツを組み込まなければライフルを持てないとなればそういう事もできないわけか。


セールスマンの女性は「そうそうあるわけでもない」なんて言い方をしているが、要するに敵にも竜波がいなければ部品交換されているライフルなんて戦場に転がっているわけがないのだ。


「ところで話は変わるけど、あっちの機体はロケットランチャーにガトリングガンを装備しているみたいだけど……」

「ええ。ミサイルなんかも装備できないわけじゃないですけど、竜波はその機体特性上、火器管制装置FCSは中距離以遠だとどうしてもランクに比して心元ないんで開き直って至近距離に入り込むまでの補助として近距離用のイメージでのご提案という形で……」


そう言いながら女性はすぐ傍のテーブルに置いてあったタブレット端末を手に取ると電子カタログを開いて差し出してきた。


「ガトリングガンはしっかりと照準を付けなくとも勝手に弾がバラけてくれますからね。無誘導ロケットも小型で低威力な代わりに高速で総弾数の多いタイプや低速ですが単発火力の大きい物が選択できますよ」

「へぇ~……」


初見での印象とは裏腹、セールストークとなると女性はしっかりとした受け答えで私の知りたい事にプラスアルファを加えて売り込みを図ってくる。

だが、それが嫌じゃないどころか、むしろ私はこの女性に好感を抱いていた。


「火力の水増しの他にも逆に防御用にCIWSや機動力の底上げに増加スラスターなんかがオススメの装備となってます」

「そう言えば、展示されている3機はいずれも脚部に増加スラスターを装備されているみたいだけど……」


そこで私は先ほどから少し違和感を感じていた事を切り出してみる事とした。

もしかしたら適当なセールスマンなら耳障りの良い事ばかりを並べ立てるのかもしれないが、この女性なら納得できる回答を得られるような気がしていたのだ。


「真ん中のコマンダーとかこっちのヘビーアームズとか銘打たれているのは分かるんだけど、このハードパンチャーって機体にまで脚に増加スラスターを装備しているのは何故なのかしら?」

「それはもちろん機動力を底上げする事で一早く敵の懐に飛び込んで敵に殴りかかるために、です」

「でも、それじゃ蹴り技の際に支障が出るんじゃないかしら?」

「うん……?」


それまでつらつらとそつのない返答をこなしていた女性が私の言葉で不意には尖豆鉄砲を食らったかのような表情を見せる。


私はふと両者の間で認識の差異があるような気がして、さらに踏み込んでいく。


「いや、脚に重い増加スラスターを取り付けていたら蹴りが鈍くなるじゃないかって……」

「ちょっと待ってください。え? 竜波でキックとかするつもりなんですか?」

「できないの!?」

「いや、できないっていうか……」


そこで女性はチラりと竜波を見上げてみせる。


私も彼女に倣ってこれまで何度となくCGでだが見てきた竜波を見てみると、そこで私はふと大事な事に気付いてしまった。


「……脚、短い。短くない?」

「ですよねぇ……」


これまで格闘戦特化という事で憧れの眼差しをもって見てきた竜波も、疑義を持って見てみると随分と短足であるように思われた。


短足とは言ってもそれはダックスフンドのように本当に脚が短いわけではないのだと思う。

だが竜波は他のトヨトミ機に比べて随分とがっしりとした体形で機体フレームから太ましいのだから横幅のあるせいでそう見えてしまうのだ。


もう聞かずとも分かる。

竜波は格闘戦特化とは言ってもゲンコツ専門。脚部を用いた蹴りは重要視されていないのだ。


むしろ殴り専門だと考えれば、脚部に増加スラスターという重量物を配置する事によってむしろ安定する事も多いのかもしれない。


「おや? どうしました? お客様ですか?」

「あ、主任! お疲れ様です!!」


バトルアリーナイベントでは体調を崩してしまったために惜しくも入賞を逃してはいたが、竜波入手のチャンスはまだあるハズと未だにかの機体を狙っていただけにその機体が私の戦闘スタイルとは根本的に相容れないものだと判明したショックで頭の中が真っ白になりかけていた時にふと後ろから男性の声が聞こえてきた。


「これはこれは。私、トヨトミのサンセット支社第2営業部催事係のヤマガタと申します。ウチの山瀬が何か粗相などしていなれば良いのですが……」

「あ、いえいえ。そんなとんでもない。むしろ凄い分かり易い説明をして頂いたくらいで……」


ヤマガタと名乗る男は外見は20代後半くらいか?

年齢なんかよりも気になったのは男の風貌。背広姿の男は出っ歯に眼鏡にオマケに七三分けといかにもという見てくれ。これで首からストラップでカメラでもぶら下げていたら昭和スタイルの日本人のステロタイプといったところだろう。


そんな男がいきなり腰を鋭く曲げて名刺を差し出してきたのだから私も慌てて腰を曲げて両手で受け取ると、プラスチック混じりの紙片には彼のバストアップの写真とともに彼が口にした通りの所属に「主任 ヤマガタ=アキオ」と記されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る