43 使い様
「鉄騎戦線ジャッカル」のゲーム世界においてプレイヤーが核兵器を使う方法は限られている。
まず当然ながら通常のショップに並んでいるわけがないので、ブラック・マーケットの商人や核物理学者など特定のNPCの好感度が上がっている事が必要。
あるいは高難易度ミッションの一部において敵拠点に隠されている核兵器を奪う事でも入手可能ではあるが、これはブラック・マーケットでの購入と同様に自機の武装に必ずしも適合した核弾頭が入手できるとは限らず、入手した核兵器に合わせて装備を新たに新調しなければならない事も多々ある。基本的に核弾頭は使い切りであるにも関わらずだ。
核物理学者と兵器製造企業のそれなりの立場の者の両方を抑えた場合には自機の武装に適合した弾頭を製造する事が可能ではあるが、その場合でもウランやプルトニウム、あるいはその他の放射性物質の入手のためにブラック・マーケットに法外なクレジットを支払う事になる。
そうした困難を経て入手した核兵器であっても基本的にゲーム内で使用するメリットは薄いのだ。
HuMoの装甲材やフレームに塗布されている特殊塗料は旧来のビーム兵器を無効化するとともに核兵器がもたらす一瞬の熱線をシャットアウト。
せいぜい低難易度のミッションで登場する戦闘ヘリや装甲車、または防護されていない人間には有効であろうがゲームの内容を考えれば手間の割にメリットの薄い兵器といえよう。
さらに核兵器のデメリットは使用後にもある。
マトモな神経がミッションの依頼主にあったならば評価は最低になるであろうし、ミッションを斡旋する傭兵組合は核兵器を使用したプレイヤーに対してペナルティーとして一定期間の斡旋停止を行う。
またペナルティーは一般のショップにも及び、一定期間はHuMoや武装の購入ができなくなってしまうのだ。
さらに汚染地域の清浄化のため強制的に除染ドローンのリース契約が課される事となる。
とあるプレイヤーなどは核兵器使用後の経済的負担に耐えられず、それ以後はHuMoに乗らずに生身で塹壕戦に参加して日銭を稼いでいるくらいだ。
デメリットを多くともメリットは極めて薄い。
それが「鉄騎戦線ジャッカル」においての核兵器である。
だが今回、対アイゼンブルク戦においてはその限りではない。
まず現実世界時間の本日24時でβテストが終了になるという事。
つまり今日に限っては経済的なペナルティーは無視できるし、傭兵組合やショップからの締め出しも何ら問題はない。
それに核兵器のもたらす数少ないメリットについても、それが今回のような作戦では大いに役立つのだ。
数十発の核ミサイル、核地雷がもたらす熱線や衝撃波に幾度も襲われたアイゼンブルクはそのハリネズミのような防衛火器の大半を消失し、残りは展開式機構によって要塞内部に収納されていた物のみとなっていた。
わずか40機足らずのHuMoで要塞攻略戦を始めようというカトーたちにとってそれがどれほどの効果をもたらすか?
そのためカトーはこの作戦の前哨戦ともいえる段階で、大隊が保有する30発の核弾頭を全て投入する事を決断していた。
「ヨーコちゃん、“飴”はちゃんと摂取したかの……?」
「とっくに!」
「アグちゃんの分は?」
「おう! 予備も合わせてちゃんとポッケに入ってるよ!!」
総理が「摂取」という仰々しい表現をしている事からも分かるように彼らが言う“飴”とはただの菓子ではない。
対放射能ナノマシン・キャンディー。
βテスト終了を受けて既に先月の内に販売が停止されている課金ショップ限定で販売されていたアイテムであり、総理やカトーの大隊からかき集めても僅かにその数は5つのみ。
アグの奪還作戦においてそれぞれヨーコ、総理、カトーに1個ずつ。アグのために予備を含めて2個が割り当てられていた。
つまり30発の核兵器が炸裂し盛大に放射性物質を撒き散らした後の戦場ではヨーコたち3人の他には誰もHuMoのコックピットから出る事はできないのだ。
「落ち着いたかの?」
「まだ収まらねぇよ。さっきの閃光が目にこびり付いて離れねぇし、何より機外のガイガーカウンターがガリガリ言ってさっきのが何なのか忘れさせてくれねぇ……」
すでにカトーの大隊「火付盗賊改方」は要塞への攻撃のため前進を開始していた。
だが要塞の足止め作戦にプラスしてアグの奪還作戦のためにヨーコと総理、マサムネに虎D、クロムネは要塞から身を隠せる丘の向こうで待機している。
「でも、よくよく考えてみれば、あれだけのサイズの要塞を1個大隊で止めるとなればこうでもしなきゃなんねぇって事なんだろうな。いや、むしろカトーさんたちの話にやっと現実身が出てきたってところか?」
「ふふ、前向きですね」
「まあな! 虎さんも言ってただろ? アグを助け出す事が目的だって」
「そうっスね! その後の事は野となれ山となれってところっス!」
まだカトーが近くにいた時には核兵器がもたらした心理的な衝撃によって半狂乱になっていたヨーコも今はケロっとしたもの。
「お~お~! 敵さんも艦載機を出してきたか?」
「うん? アレは……? ああ、あの子もやるものですねぇ」
データリンク・システムによってカトーたちから送られてきた映像に映るアイゼンブルクは数多の核弾頭に焼かれながらもその歩みを止める事なく、その山のような巨体の至るところからHuMoを発進させ始めている。
だが、その要塞内の格納庫と要塞外のカタパルトデッキとを繋ぐエレベーターが彼方より飛来する火球によって次々と機能不全に追い込まれているのだ。
“射手座”と呼ばれる少年の手によるものであった。
「やるモンだなぁ……」
「というより絶ッッッ対に前線には出たくないというは鋼の意思を感じますね」
「あの子、長距離狙撃の命中弾のレコードホルダーらしいですよ?」
「困ったもんじゃのう……」
また新たに大口径砲弾の直撃により1基のエレベーターが破壊される。
“射手座”がいる位置は50km以上も後方。
ジーナやルロイが駆る支援艇が要塞の防空兵器が無力化された事で前線に近づいてきているというのに“射手座”は未だ動かない。ジーナたちよりも後ろで砲弾を吐き出し続けるのみであった。
それだけ距離があっては多量の炸薬によって撃ち出される砲弾も弾道が垂れてくる。
そのために“射手座”は狙撃銃を高く上げて撃ち、砲弾はまるで天から降る隕石のようでまさに
当然、そのような弾道では要塞上部や側面のエレベーターは潰せても、底面付近の物には命中弾は期待できない。
だが、それで良しとするのがカトーとその仲間たちであった。
むしろそのような仲間たちがいたからこそ“射手座”の能力はかようにも伸ばせていたのかもしれない。
クロムネが言うように“射手座”の性格パラメータは極度の怖がり、敵の砲弾が飛んでくる場所には絶対に近寄らないような性質である。
それでいてそれで良いと笑っている仲間たちに甘えて後ろでふんぞり返っているほど強くもなかった。
故に辿り着いた境地が「誰よりも後ろにいる。でも一緒に戦う」という超長距離狙撃というスタイルであった。
「……どれ、そろそろ儂らも行こうかの?」
「……おし!!」
要塞から発進したHuMoとカトーたちで紛いなりの前線ができた頃合いを見て総理が音頭を取る。
親友とも言ってもいいアグの奪還のため、ヨーコは肺の中の空気を一気に吐き出すように気合を入れてフットペダルを踏みこんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます