42 禁断の兵器

 翌日、ついに機動要塞アイゼンブルクは中立都市支配領域の境界線を越えた。


 全長80kmを優に超えるその巨体を止められる者はなく、それまで監視のために数十kmは離れながらも要塞を取り囲むようにしていたウライコフの空中艦隊も自分たちの領域から離れた事でホッと胸を撫で下ろしたかのように離れていく。


「お嬢様、昼食はいかがでしたかな?」

「ええ。とても要塞の中とは思えない素晴らしいものでした」

「それは何より」


 アグの父親がABSOLUTEの首領という事もあり、彼女の要塞内での扱いは監視の目こそあるものの充分に贅を凝らしたものではあった。


 だが虚しい。


 彼女の言葉通りに先ほど食してきたフルコースも昨晩の会席料理もとても辺境の惑星の軍事施設で出されるものとは思えない豪勢なものではあったが、それでもマサムネと共に作ったカレーライスやカトーが作ってくれた柳川鍋のようには彼女の心を温めてはくれなかった。


 客間の小さいが最高級のベッドも同様。ヨーコと並んで寝た簡易寝台が懐かしく思えるほどである。


 だが昼食後に共の者に言われてきた管制室で待っていた菜園技師は彼女の皮肉の籠った言葉の真意には気付かないのか気付かないようにしているのか満足気な顔をしているのみである。


「貴女もいたのですね?」

「せっかくなら特等席で見物といきたくてね」


 菜園技師とともにいたキヨにも「見たくもないツラがいた」と溜め息混じりの言葉を投げかけると、こちらは明らかに皮肉を介した上で微笑を浮かべて返してよこす。


「御覧の通り、つい先ほど中立都市の支配領域へと侵入いたしました」

「今のところ迎撃の手は無いけど、その内に来るみたいだね。アグちゃんのお友達かな?」


 菜園技師が指し示したのは地図上に引かれた境界線をアイゼンブルクを示す点が越えてさらにその先の進行方向が矢印で表示されているモニター。

 さらにキヨは前方の地面に埋伏物、恐らくは地雷が存在する事を示している対地ソナーのモニター。


「愚かしい。地雷にしては大型の物のようですが、ご安心を。私のアイゼンブルクはあんな物など意に介しません!」

「まっ、地雷に気を引かれた所で攻撃開始というところだろうけど、あんなモンじゃ何の役にも立たないよ」


 この要塞の主任設計技師であったという菜園技師はさておき、何故かキヨまでアイゼンブルクを誇るかのような満足気で敵の手を嘲笑うかのような表情を見せている。


 これでは菜園技師とキヨ、まるで2人の内のどちらがこの機動要塞の生みの親か分かったもんじゃないとアグは思う。


 ともかく2人の言葉通り、アイゼンブルクは地雷が敷設されている事を察知しておきながらもそのまま地雷原へと突入していく。


「……ふむ。何も感じませんな! ログは取れているかね?」

「ハッ! ですが特に数値上の変化は見られません」


 地雷原に突入してしばらく、時折、外部の様子を映し出すモニターに微かな閃光が幾つか映し出されるものの管制室の内部は微動だにしない。


 全長80km以上の機動要塞のその想像する事すら困難な質量に耐えるだけの脚部にいくら大型の物とはいえ地雷程度ではその身を揺らす事すらできないのだ。


 菜園技師はその本来の職らしい真面目な顔になるが、それは地雷は潜んでいる敵の脅威に対してというより要塞の評価試験に対してのもの。


(この地雷原、総理さんたちの物ではないの……?)


 あまりに無力な地雷原を悠然と進んでいく機動要塞。

 これがつい一昨日、自分たちの前でたった30数機程度の戦力でこのアイゼンブルクを足止めしてみせると言ってのけたカトーの手によるものなのか?


 アグはあまりに非力な策に怪訝な顔をしていた。


 だがカトーの策はすでに始まっていた事をこの時の彼らが知る由もない。


「ミサイル接近ッ!! 迎撃開始します!!」

「発射地点の割り出しは?」

「丘の向こうで直接視認はできませんので、報復攻撃にはクラスター弾頭を使用します」

「うむ」


 管制員たちがてきぱきと種々の情報を処理していく。


(来た、総理さんたちだ……)


 レーダー画面に映し出されたミサイルは無数。

 発射地点と目されるポイントも100近い。

 とても30数機による攻撃とは思えなかったが、昨日の内に設置型のミサイルランチャーでも用意していたのだろうか?


 なだらかな丘の向こう。

 白い噴煙を引いてミサイルが上がってくるどこかに総理やカトー、そしてヨーコがいるのではないかと思うとアグは翼があったならば飛んでいきたいくらいの思いを抱えていた。


「ふむ。やはり地雷原は囮か……」

「まあまあ、何の役にも立ってなかったけど、こうでなくちゃ面白くないでしょ?」

「そうですなぁ! うん、確かに!」


 技術者らしく禿げあがった頭を撫でながら菜園技師が自分の世界に入り込もうとするのをキヨが宥めている。


 どことなくアグはその様子を気難しい子供をあやす母親のように感じていた。


 数百のミサイルが迫ってきているというのにそんな事を考えていられるくらいにはアイゼンブルクの防空能力は圧倒的であったのだ。


 巨大な虫のようなアイゼンブルクの背からも無数のミサイルが迎撃のために上がり、すぐに防空ミサイル網を突破したミサイルの迎撃のための火線が上がり始める。


 だが……。


「なっ……!? 何が!?」

「これは……」


 突然、外部の様子を映し出す全てのカメラの映像がホワイトアウトした。

 ほぼ同時に管制室内に微かな揺れ。


「放射線反応ッ!!」

「核攻撃ですッ!!」

「なんだとッ!! 敵は馬鹿か!! 馬鹿なのか!?」

「なるほど、なるほど。そうきたか……」


 外部カメラがノイズ混じりながらも復旧したかと思った次の瞬間、またホワイトアウト。


 そして今度は連続した揺れ。


 核ミサイルによる連続攻撃である。


「げ、迎撃しろ!?」

「駄目です!! 熱線により外部に露出した対空砲座が焼かれて使い物になりません!!」

「そ、それに敵は通常の弾頭のミサイルに核ミサイルを織り交ぜているようです!!」


「鉄騎戦線ジャッカル」というゲームの世界。

 人類が他の惑星まで版図を伸ばしたその世界においても核兵器は禁忌の兵器である。


 いや、むしろNPCたちにとっては他の惑星を長期間にわたってテラ・フォーミングして人類の居住を可能にした苦労の結果を放射能物質で汚染してしまう事は現実世界以上の忌避感を感じるようにデザインされているのだ。


 何より、この世界の兵器体系にあっては単純な熱線はかなり軽減されてしまう都合上、核兵器のメリットは大きく減じられデメリットばかりが目立つ兵器といえよう。


 人類が他の惑星まで足を伸ばしている時代だというのに低ランクのHuMoは実体弾式の兵器を使うのは防御能力の発展により旧来のビーム兵器はほぼ無効化されてしまっているという設定が核兵器の熱線に対しても働いてしまっているためなのだが、これがこと要塞攻略戦のようなイレギュラーな状況に対しては有効に働くのを運営チームの一員であるキヨが知らなくとも無理はなかろう。


 核兵器がもたらす熱線と衝撃波は要塞本体に対しては無力であっても、要塞をハリネズミのように守っている砲座群を無力化するのには大いに役立っていた。


 さらに……。


「こ、今度は下から……!?」

「地雷群の中にも核地雷が混じっていたようです!!」


 狂ったように喚きながら次々と管制員たちが菜園に報告を上げていく。


 未だ連続する閃光と揺れの中、状況はあまり変わっていないように思えるがそうではない。


 機動要塞アイゼンブルクは今、多数の核兵器によって上から下からこんがりとローストされてしまった状況。


 その防衛能力は大きく減じられてしまっている。


 そして閃光が晴れ、外部カメラとレーダーがその機能を取り戻した時、そこには数十のHuMoが接近しつつあるところが映し出されていた。


「お、おのれ!! こちらも艦載機を出せ!!」

 ………………

 …………

 ……






「ねえ!! 大丈夫なの!? 核兵器なんてバンバン使って!? 後でハイエナのせいにしないよね!? ねぇ!? ねえったら!!」


 核兵器に対しての忌避感は他の一般NPCと同様のヨーコが半狂乱になって仲間たちに対して喚いていた。


「やかましいのう……」

「ふふん。良い子ちゃんには核攻撃はまだ早かったかね?」

「“良い子ちゃんには”じゃねぇよ!! “人類には”だろ!?」






(あとがき)

なんか「ギ〇ンの野望」シリーズで最後の敵勢力の最後の拠点戦でだけGP-〇2Aを解禁したのを思い出しました。

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