44 殺到する肉食獣

「な、なんだ? 敵は30機程度なのか……?」


 多数の核ミサイル、核地雷の衝撃の後、遂に姿を現した敵部隊にアイゼンブルクの管制室は色めき立っていたがそれも束の間の事。


 山や島がそのまま動いているかのようなアイゼンブルクに対してあまりにも少なすぎる敵の数に菜園技師も余裕ぶって配下の者たちに笑いかけていた。


「後方に小型艇が2隻、さらに上空に飛行型のHuMoが1機。他にも隠れているのかもしれませんが……」

「構わんよ。それなら傭兵さんたちは戦力の逐次投入は慎むべきであるという常識すら知らんという事になる。こちらのHuMo部隊の展開はどうかね?」

「ハッ! 各格納庫より順調に発進中、いえ……」


 管制員たちは粛々と作業を続け、管制室内のあちこちにあるモニターに要塞内の状況が表示されていくと、その巨体の至る所に設置されている格納庫からHuMoが発進しているところがリアルタイムで映しだされていた。


 だが、すぐに格納庫から要塞外へと出るためのエレベーターのインジケーターが赤へと変わっていく。


「3番、5番、続けて34番、38番エレベーター破損!!」

「10番、12番、20番、25番もです!!」

「狙撃されています!! エレベーターだけが次々と!!」


 それからも担当の管制員たちは声を張り上げ続け、その度にHuMo用エレベーターが使用不能に追い込まれていくのだ。


「落ち着け!! 使えるエレベーターだけでも30機程度の敵くらいすぐに擦り潰せる!! そうだろう!?」

「は、ハッ!!」

「それよりも狙撃手の位置は!?」

「ハッ! 52km前方の飛行型HuMoからのもののようです!!」

「なんだと!?」


 すぐに望遠カメラによって件のHuMoの映像がモニターの1つに映し出される。


 細身の人型にオプションでフローターを取り付けた白い機体。

 それが機体の全長に匹敵するかのような長大な狙撃銃を天に向けて次から次へと撃ちまくっているのだ。


 HuMoの機動兵器としての特性を帳消しにしてしまうほどの巨砲から放たれた砲弾は放物線を描いて矢のようにアイゼンブルクへと降り注ぎ、次から次へとエレベーターを破壊していた。


「とっとと撃ち落とせッ!! 生きているランチャーなんぞ幾らでもあるだろう!?」

「ハッ!!」


 砲雷科の担当員の操作により、防空ミサイルのVLSが起動。

 装甲板によって守られていたが故に核兵器の直撃でも機能不全に陥っていなかった発射機がその姿を現す。


 だが、それを目ざとく見つけた遥か彼方、上空の狙撃手の次の標的はそのVLSであった。


 天空より降り注いだ大口径砲弾の直撃によって今度はミサイルのVLSが姿を現す順に撃破され大爆発そして炎上。

 たちまちアイゼンブルクは黒煙と赤い炎に包まれていった。


「クソっ!! あのスナイパーは化け物かッ!? HuMo部隊に落とさせろッ!!」

「そ、それが……」


 すでに菜園技師の表情と声からは先ほどの余裕は消え失せていた。


 あまりにも人外じみた技量。

 まさに神業の狙撃。


 菜園技師が中心となって設計したアイゼンブルクにとって核兵器の連続攻撃によって防空火器を奪われた状態でかような精度の狙撃を受け続ける事など想定外であった。


 だが、まだ手が無いわけではない。


 遠方の狙撃手は上空に居続けている。

 それ故に要塞側面や底面付近の格納庫は狙えずに無事のまま、そこから発進したHuMo部隊は100や200程度ではないのだ。


 前進してきている30やそこらの部隊など鎧袖一触にして、狙撃手へと迫っていく事だって十分に可能だろう。


 いや、そのハズであった。


「……敵部隊を抜けません」


 その管制員の声はまるで自分の目で見たものが信じられないかのように震えていた。


「ぬぅ……。敵はミーティアか。なんで傭兵風情かサムソンの次世代をこれほど大量に保有しているのいうのだ? いや、それにしてもこんなだだっ広い平原でこの戦力差だぞ? 何故、押し切れん?」


 モニターの1つに映し出された敵部隊は皆揃って白く塗装された細身の機体。

 菜園技師には当然それが次世代機に分類される高性能機であるという事は理解できていたが、それでも数倍の兵数を持ってして膠着どころか味方が一方的に撃破されていく光景が理解できなかった。


 イベント用とはいえNPCである菜園技師は理解できない事ではあるが、アイゼンブルクの艦載機はほとんどがランク4から6のもの。

 所詮はレイドイベント用のやられ役でしかないのである。


 しかも相手が悪すぎる。

 カトーたちの手勢の全てが高機動タイプのミーティアを駆っているのには理由がある。

 このゲームにおいて無敵の装甲など存在しない以上、カトーたちは攻撃は全て避けるという戦術を基本としていたのだ。


 カトーたちは皆揃って高齢であるが故に前世紀に人気を博したアニメの「当たらなければどうという事はない」という名台詞を知っていたのだ。


「耐えろ! 敵の弾だって無限ではないのだ!!」

「い、いえ……。それが……」


 菜園の言葉に管制員の1人がとある映像をモニターに映し出す。


 そこには残弾が乏しくなったと思わしきミーティアが一時的に後退し、どこからともなく飛んできた無人機ドローンから仲間の分も合わせて弾倉を受け取り、また前線へと戻っていくところが映し出されていたのだった。


「……このドローンは?」

「後方の小型艇からと思われます」


 この戦闘しながらの補給といい、敵は妙に手慣れた連中であった。


 大隊が、中隊が、小隊が、それぞれが単機が有機的に連携して1個大隊規模でその数倍する戦力にマトモにぶつかっている。


 しかも、その1人1人が常人と隔絶した技量の持ち主。

 連携など取らなくとも敵は十分に強いのにだ。


 あまりに信じられない光景に菜園技師を始めNPCの者たちは半ば混乱状態。


 だがNPCではないが故にこの状況を正確に理解できている者が1人だけいた。


「あのババァ共……」

「知っているのかね? キヨ君」

「ま、会った事はないけどね」

「なるほど、有名な腕利きといったところか?」


 壁面に拳を打ち付け歯噛みするキヨに、その様子を心配するかのように菜園が声をかけると引き攣った笑顔が返ってくる。


 さらに……。


「新たな敵影接近!!」

「これは陽炎級……? いや、違うな。何だ、これは?」


 その身を炎を焼いているかのような深紅の機体にそれまで菜園たちを呆れた表情で見つめていたアグもハッと息を飲む。


「それに一緒にいるのはミーティアではないな? コイツらが敵の隠し玉か?」


 深紅の大型機のスカートアーマーに取り付けたワイヤーを掴んで4機のHuMoが随伴しているが、それらは雑多な機種であった。


「ならばこちらも切り札を切るまでだ! おい、三馬鹿を出せ!!」

「ハッ!!」


 イベント用の中ボス格の機体の投入。

 その意味までは知らずとも、エース格を出すという菜園の決定に管制員たちの表情にも明るさが戻る。


 さらに……。


「私も出るよ!」

「おお! テルミナートルでか? この状況ならあの機体を充分に活かせるだろう。助かるよ!!」


 自ら出撃をかって出た言葉に菜園は好意的な言葉を向け、今度はキヨも自然な笑みで返した。


 アグには何故かそれがとても不思議なものに感じられたのだった。


「それではご武運を!!」

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