35 燃える中立都市

 ベッドから飛び起きたヨーコが防音スクリーンをOFFにすると地の底から響いてくるような防空警報が鳴り響いていた。


 何事かと戸惑うアグを後目に事務所から飛び出ていく事ができたのは彼女の生い立ち故であろう。


「カトーさん! 一体、何がッ!?」


 事務所から出たところで陣笠を被ったかのようなレドーム付きのミーティアが外に出ていこうとするのを見かけて、ヨーコはその機体のパイロットに叫んでいた。


『まだ詳細は不明だけど、数百機規模の空襲さね……』


 ミーティアの外部スピーカーから聞こえてきたカトーの声が告げた空襲という言葉はヨーコの想像通り。

 だが、それが数百機レベルの規模とはさすがに想定外。


 さらにカトーの言葉には何やら含みのあるような歯切れの悪さがある事をヨーコは聞き逃さなかった。


「……ABSOLUTEか?」

「タイミングが合い過ぎているからね。ったく、アグちゃんを捕えたいのか、それとも殺したいんだか……」


 カトーとしても夜間の空襲は想定外であったのだろう。


 機動要塞アイゼンブルクのそのサイズ感を考えれば多数の艦載機を有しているというのは予想していた。


 裏稼業の専門掲示板にアグを「生死を問わず」の条件で捕縛が依頼されていたのも知っていたし、アグのDNAデータがABSOLUTEの宇宙要塞の起動キーになっていたのも聞いている。


 しかし、だからこそともすればアグの遺体が瓦礫に埋もれて見つけられなくなるような真似を敵がするとは思っていなかったのだ。


「まっ、そんな心配する事はないよ。ガレージの中にいれば安心さね。中立都市防衛隊UNEIの白騎士が迎撃に上がっているみたいだし、傭兵連中も迎撃に出たり対空ミサイルを撃ちまくっている」

「ざけんな! 私も出るよ!!」

「そうかい……、まぁ、あの機体の中にいたら高高度爆撃くらい何て事はないか」


 そう言うとカトーは機体をガレージ外へと進ませ、そこでスラスターを吹かしながら大ジャンプ。


 プレイヤーの拠点であるガレージはゲーム内でも珍しく「破壊不能」の属性を持たされている。

 プレイヤー1人1人に貸与されているガレージは実はホワイトナイト・ノーブルの装甲以上の代物であった。


 それ故に数十トンのHuMoが屋根の上に乗っても平気というわけで、カトーはそこでレドームを作動させて味方や傭兵組合にデータを共有しようとしているのだ。


 ヨーコも己が愛機の元へと駆け寄り、整備員へミサイルの補給が終わっている事を確認するとコックピットへと飛び込んでガレージ外へと出ていく。




 一方、取り残されたアグも大規模空襲という現実をやっとの事で受け止め、自分も何か手伝える事はないかと事務所の外へと出ていくが、すでにそこには整備員以外の人の姿はなかった。


 カトーやヨーコの他にもミサイルを搭載できる機体は迎撃に出ていたし、それ以外にも総理やマサムネ、クロムネにカトーの仲間たちはこの期に乗じて敵襲があるやもと周囲の警戒に出ていたのだ。


 夕刻にアグとともにおにぎりなどの軽食をともに作ったジーナもガレージ隅に駐機していた小型輸送機で待機していた。

 格納庫に搭載しているドローンで傷付いた仲間の応急修理を行なったり、弾薬の補給を行うのが彼女の役割なのだ。


 手持ち無沙汰となったアグは開け放たれたままのHuMo用大型扉までよろよろと歩いていき赤く染まった空を見上げていた。


「……これも私のせいだというのですか?」


 遠近あちこちから鳴り響いてくる警報のサイレン。

 地上から天へと噴炎煌めかせて駆け上がっていく数多のミサイル。

 長く尾を引く青い炎は飛燕とかいう航空機型のHuMoのスラスターであろうか?


 そして時折、空の高い所で小さく爆ぜるのは爆撃機で、遠くから警報音に混じって轟いてくるのが迎撃しきれずに地上に着弾した爆弾か。


 つい先ほどまでは煌びやかに輝いていた星空はいつの間にか炎と煙によって、すっかりとその姿を隠してしまっていた。


 爆弾が落ちた場所に人はいたのだろうか?

 もしかすると死傷者も出たのかもしれない。


 アグの口から洩れた言葉は自責の念からであった。


 もし仮にこの場にヨーコがいたならば即座にその言葉を否定してくれたのであろうが、今はただもたれかかる鋼鉄の扉の冷たさだけが彼女に目の前で起きている事が現実であると突きつけるのみ。


「酷いもんだねぇ……」

「誰、ですの……?」


 不意にかけられた声にアグは跳びはねるようにして声がした方から距離を取るも、彼女がもたれかかっていた鋼鉄の扉の外側、そこにいた人物は柔和な笑みを湛えた女性であった。


「どちら様ですの……?」

「ええと、私は加藤とでも名乗っておこうか?」

「カトー? カトーさんの親戚か何かですの?」

「あん? なんだ加藤って知り合いはいるのか? それじゃあキヨだ。キヨちゃんとでも呼んでくれればいいよ!」

「……どういう事ですの?」

「名前なんてどうでもいいじゃあないか! どうせ偽名だって分かっているんだろう? “虎殺し”のための名前、そう思ってもらえればいい」


 戦場と化した街で聖母のように柔和な笑み。

 この異常さに気付いたアグは1歩、2歩と後退りする。


 偽名を偽名だといって憚らない女はけして強者には見えなかった。

 背の高さはアグと大して変わらなかっただろう。

 ウエストに強めの絞りの入ったパンツスーツはキヨと名乗る女性の女性的な体付きを強調してはいたが、それはそのままその女が非武装である事を示している事のようにも思えた。


 そこでアグは自分の腰のホルスターの重さを思い出して拳銃を取り出すが、そんな事など意に介さないようにキヨは鋼鉄の扉に背をもたれかけさせて空を見上げる。


「あの爆撃機がどこから来たかは知っているかい?」

「アイゼンブルクとかいう移動要塞からでしょう?」

「オ~ケ~! その辺の話はもう知っているのか、話が早くて助かるよ」


 拳銃を突き付けられているというのにキヨはアグに目もくれない。


 それにしても何とも不思議な女性であった。

 虎Dほどではないにしても、その代わりに自然で豊満な胸にくびれたウエスト、安産型の臀部にスラックスがパッツンパッツンになるほどに太い腿。

 そんなグラマラスな容姿なのに仕草はどことなく中性的で、アグには計り知れない“何か”を知っているかのような底知れなさがある。


「あの爆撃機隊のほとんどは無人機、つまりはドローンなんだ。つまりいくら失っても痛くはない。そもそもアイゼンブルクみたいなデカブツを惑星に降下させた時点で回収の予定はないだろうしね。つまり使いどころとなればいくらでも使い潰しても構わないってこと……」

「貴女は……、貴女はいったい何者なのですか?」

「ふっ……、そんな事はどうでもいいだろう? 大事なのは君がどうするかさ!」


 キヨはそれまで浮かべていた柔和な笑顔から一転、ここからが話の本題とばかりに取引を持ち掛ける悪魔のように犬歯を剥き出しにした笑みへと変わる。


 その笑みに底の知れない恐ろしさを感じたアグは拳銃を握る手にさらに力を込めるもののキヨはまるで自分に突き付けられている物が見えていないかのようにただアグの目を見つめていた。


「君は撃てないよ。君は人を撃てないようになっている」

「……は?」

お姫様ヒロイン特権ってヤツだね。君は自分の手を汚さなくていいんだ」

「あまり人を舐めないでくださいまし」


 語気を強めて相手を威嚇しようとアグは試みるものの、キヨの確信めいた言葉はどこかそれが真実であると思わせる何かがあった。


「まあ、いいさ、撃てるものなら撃ってみな。それはそれで面白い。私は勝手に話を続けさせてもらうよ。中立都市への空爆は今回で終わりじゃない。アイゼンブルクが来るまで、何度でも反復して行われるよ」

「…………」

「それを防げるのは君だけってわけ。理由は言わなくても分かるよね?」


 その言葉に合わせるようにして、どこかで爆弾が炸裂する音が聞こえてきた。

 その爆発が起きた場所に誰かいなかっただろうか?

 アグはまた自身の胸が締め付けられるのを感じていた。


「その保証というわけではないけどね。一旦、君を確保した後はドローンはアイゼンブルクの護衛に使わなきゃいけないんだ。もう用の無い中立都市と遊んでいる余裕はないよ。どうする?」


 どれほどそうしていたであろう。


 気が付いた時にはアグは拳銃を下ろしていた。

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