36 消えた少女

「アグがいねぇってどういうこったよッ!!!!」


 ヨーコの怒声がガレージ内に響きわたった。

 1時間以上にもわたる空襲の後、ガレージに戻ってきたヨーコが愛機ミラージュから降りてきて、心配しているだろうと思っていた友人に無事を伝えようとするもアグの姿はどこにもなく、しかも誰もその行き先を知らないというのだ。


 遠くから幾つも聞こえてくる消防車のサイレンがヨーコの焦燥感を駆り立てる。


「落ち着いて。今、皆で探しているから」

「皆、信用できそうなジャッカルにも声をかけてアグちゃんの捜索に協力してもらえ!」

「WIKIの掲示板にも書き込みしてみますか?」

「いや、誰が見てるか分からない掲示板は避けるべきだろう」


 出撃していた各機の整備のために今も重機などが動き回っているガレージの中をカトーの仲間たちは走り回りながらアグの捜索網の構築に動いているが未だ朗報はない。


「どういう事じゃ? HuMoはおろか空挺部隊の降下も無かったんじゃろう?」

「ああ、そりゃ私が保証するよ。敵は大小あったけど爆撃機だけ」

「となると既に市内に潜伏しておった者か、それともハイエナ・プレイヤーか……」


 総理とカトーの話ぶりからすると、2人は既にアグはABSOLUTEの手の者によって連れ去られたと考えているようであった。


「大部隊が来ていたなら周辺の警戒に出てたミーティアに捕捉されていると思うんですけどねぇ……」


 かといって戦闘が予想されるような状況下で不審に思われないような少人数で動くとも思えず、マサムネは同型の補助AIたちと顔を見合わせて訝しむも答えは出てこない。


「クソっっっ!!!!」


 つのる苛立ちにヨーコは事務所のプレハブに思い切り拳を叩きつけていた。


 総理やカトーたちに手抜かりがあったわけでも、捜索に手を抜いているわけでもない事は分かっている。


 強いて言うならばアグを独りにしてしまった自分が悪い。


 わざわざ2人の寝室代わりにと事務所を使わせてもらって、簡易寝台を並べて休んでいたのに、空襲があったからと特に差し迫った危機があるわけでもないのに1人で迎撃に出たのか?


 今になって思えば何故、アグをミラージュの後部座席に座らせなかったのか?


 だが半ば自罰のために打ちつけた拳も、薄っぺらなプレハブの壁が相手では彼女が求めるだけの痛みは与えてはくれなかった。


「お頭、こちらを……」

「おお、ジーナちゃん。何か分かったのかい?」

「はい。ガレージの防犯カメラの映像を確認していたんですが……」


 ジーナが持ってきたノートパソコンの画面をその場にいた一同で覗き込む。

 総理やヨーコの他、てきぱきと動くカトーの仲間の中で右往左往していた虎Dも一緒だ。


 そしてジーナが再生した動画ファイルは彼女の言葉通りにガレージの外を映した固定カメラの映像であった。


 画質よりも長時間の録画に耐えるための防犯カメラ特有の映像はガレージの高い位置から撮影されたものらしかったが、それでもアグと1人の女性が相対している場面をしっかりと映し出している。


「アグ……、なんで……?」


 ヨーコの口から声が零れる。


 動画には音声が無かったが、それでも女性を見つけた当初は彼女も警戒して腰のホルスターから拳銃を抜いてそれを突き付けていたのだが、2人は話をしていたのか、不意にアグの腕から力が抜けたように銃を下ろしてしまっていたのだ。


 だが、ヨーコは気付かなかったものの、そこにいたヨーコ以外の全員が別の理由で怪訝な顔をしていたのだった。


「……さて、とりあえずヨーコちゃんは事務所のパソコンでも使って、このアグちゃんと話している女が誰か、お尋ね者のリストでも漁ってみてくれないかい?」

「お、おう……」

「ジーナちゃん、ヨーコちゃんに動画のコピーを」

「はい!」


 動画は謎の女にアグがついて自らの足で去っていくところで人感センサーにより終了し、カトーの指示によってヨーコはメディアカードを受け取ってから事務所へと小走りで向かっていった。


「で、あの女は何物なんだい? 虎Dさんよぅ?」

「おんなじデザインのスーツを着ておいて、知りませんじゃ通らんよなぁ?」

「ちょ! ちょっと2人とも怖いっス!?」


 動画に映っていた女が着ていたのはウエストの絞りが特徴的なパンツスーツ。

 それと同じ物を着ている者がこの場に1人だけいた。


 虎Dである。


 さらに一般NPCであるヨーコがその事に気付かない事もまた謎の女の正体を物語っているように思われた。


「さあ! きりきり吐きなさい!」

「ちょっと~!? マサムネく~~~ん!?」


 虎Dのこめかみに拳銃の銃口を突き付けるのは彼女のパートナーであるハズのクロムネである。

 何故か楽しそうな笑顔を浮かべて引き金に指をかけるクロムネの表情にはいつ本当に発砲するか分からない恐ろしさがある。


 銃口の冷たさに怯える虎Dの様子を見て哀れに思ったわけではないが、これでは話ができんと総理がクロムネを嗜め、そこでやっと虎Dも人心地ついたようで話を始めた。


「ええと、皆さん、ご察しの通りに私と彼女の着ている服は運営チーム用のゲーム内の制服っスね」

「ふむ、そこは想像通りというわけじゃな。つまり、この女は……」

「そうっス。彼女も運営チームの一員でゲーム内でのハンドルネームは『ネームレス』」

名無しネームレス……? そりゃけったいな……」

「まあ、彼女は運営チーム内でもゲーム内で何か役割を持たされているわけではないっスからね」


 それから虎Dが語ったところによると、運営チームのメンバーがゲーム内に入る時はそれぞれの役割に応じた制服が用意されているらしい。

 例えば虎Dが着ているパンツスーツや、あるいはとある施設用には社名がプリントされたブルゾンなどあるそうだ。


「ゲーム内で何か仕事がある人はブルゾンとかが動き易いとか、私の場合は広報活動なんかも担当しているんでスーツっスけど、ネームレスちゃんみたいに特に役割が無い人なんかもプロデューサーがプレイヤーに見られるんだからスーツを着とけって感じっス!」

「で、この女は運営チームでどんな事を担当しとったんじゃ? それとアグちゃんと連れていった事となにか関係はあるんかの?」

「それは……、ああ、そうか、そういう事っスか……」


 総理の問いに虎Dは答えようとして、何か自分の中で得心がいったようにふと遠い目をする。


「ほら、とっとと話してください」

「ひぇ……!?」


 クロムネの銃口が彼女の後頭部をゴリゴリと撫でるまでそれは続き、そこでやっと我を取り戻したように続きを話し出した。


「彼女はシナリオ担当の1人なんスよね……」

「シナリオ……?」

「まあ、シナリオと言っても各担当によって色々と個性があって、ある人なんかは『スカッと爽快、冒険活劇』的なシナリオが好みの人もいれば、元FPSプレイヤーの社員なんかは『ゲーム性重視で、ステージやギミックにシナリオを合わせる』みたいな感じの人もいるんスよ。その辺の整合性を取るのも私の仕事なんスけどね」

「整合性? そんなもの、このゲームにあったか?」


 総理の口から出た皮肉は本心からのものではあったが、その一方で納得がいく部分もあった。


 例えばヨーコとその仲間たちの事もそうだ。


 ただプレイヤーに倒されるためだけに出てくるような雑魚キャラとしてのハイエナがいるかと思えば、ヨーコたちのように血の通っているようにしか思えない生々しさを持ったキャラクターとして用意されているNPCもいる。

 その事を不思議に思った事が何度もあったのだ。


「で、ネームレスちゃんの用意したシナリオはそのほとんどが『鬱シナリオ』と呼ばれるようなものばかりなんスよ」

「……は?」

「それも『なんか後味悪いな~』ぐらいのもんじゃなくて、『最悪の絶望と、それよりちょっとだけマシな絶望の2択を迫る』ぐらいのガッチガチのガチなヤツを」


 そこで総理はカトーへと視線を移すと、向こうも同じ事を感じていたようで2人は目が合う。


「まさか、ヨーコちゃん関係のシナリオは……?」

「そうっスね。彼女の担当っス!」


 さらに虎Dが続けた言葉で一同は今回の事件の全容について納得せざるを得なくなってしまう。


「確か、アグちゃんの出てくるマンガ版とのコラボイベントの担当も彼女だったっスね~! いや~、コラボイベントの実装がぽしゃった時は落ち込んでたっけな~!」




(あとがき)

幼ヨーコちゃんの場合は「彼女に最後まで力を貸す者はおらず、仲間たちは全員揃って無残に殺されたのに自分1人だけ生き残る(護衛ミッションに参加したプレイヤーが誰も残らず、途中で逃げ出した場合)→成長したヨーコは復讐鬼に」と「仲間は全員炎に焼かれて無残に殺されたけど、最後まで戦ってくれたジャッカルたちの誇り高い生き様はヨーコの心に刻み込まれる→もし当時のジャッカルたちが成長したヨーコと再会したら良い子なので余計に当時の事を悔やむ」ってパターンを考えたけど、もっと鬱シナリオ愛好家が楽しめる展開はないやろか?

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