34 戦士の定め
深夜になってもガレージの中は喧騒に満ち溢れていた。
ヨーコとしては何も夜になってまで模擬戦をやらなくてもと思うのだが、一時帰投した総理が言うには「煙幕を撒かれて視界が効かなくなった時の訓練だと思えば良い」らしい。
もっとも、それはプレイヤーである総理やカトーたちが一般NPCであるヨーコとアグに対して言う方便である。
ゲーム内の肉体の疲労をメディカルポッドで回復させて総理たちは何度も訓練場へと舞い戻っていくが、当然ながらヨーコもアグは睡眠を取って休息しなければならない。
「やれやれ、ジャッカルの連中には付き合いきれねぇなぁ。とっとと寝ちまおうぜ?」
「ええ……」
「まだ気にしてんのかい? 休まなきゃ体に毒だぜ?」
事務所として使われているガレージ内のプレハブに簡易寝台を用意して防音スクリーンを張ると事務所内は静寂に包まれる。
それが面白くてヨーコはスクリーンをオフにすると、今度は外部のクレーンやらマガジンローダーやらの轟音がプレハブ内へと入ってきた。
そうやって何度も防音スクリーンをON/OFF切り替えているとアグが苦笑しながら枕を投げつけてくる。
「休まなきゃいけないのはヨーコさんもですわよ。ほら、遊んでないでさっさと寝ましょう」
「へいへい……」
枕を投げ返してからヨーコがリモコンで室内灯を消すと事務所の中は暗がりと静寂に支配された。
天井には屋外の夜空をリアルタイムで映し出すモニターが数多の星々の煌めきで2人の目を楽しませながら常夜灯の代わりを果たす。
ゴワゴワとしたツナギ服と硬い簡易寝台のせいでヨーコは何度か寝返りを繰り返しているとアグも眠れなかったのかか細い声で話しかけてきた。
「ヨーコさん、まだ起きていますか……?」
「ん? アグも寝れないか? この簡易ベッドよりもそこのソファーの方が寝やすかったりしてな」
「いえ、そういうわけではなくて……」
「そりゃ今日は色々とあったからな。気が立って落ち着かないのも分かるよ」
総理とマサムネと場末のスナックで再会を喜んでいたら悪漢に追われるアグが飛び込んできて。
総理たちに逃がされて2人でガレージに逃げ込んできて。
射撃訓練場で束の間の娯楽を楽しんで。
射撃場から帰ろうとしたらABSOLUTEに雇われた傭兵たちに襲われて。
その傭兵たちの中にカトーたちがいて。
しまいにカトーたちが手を貸してくれる事になって。
本当に今日一日で色々な事があり過ぎた。
それでも今、ヨーコの脳裏に思い起こされていたのはつい先ほどの柳川鍋を食べていた時にアグが浮かべていた深刻な表情である。
「なあ。さっきアグが言ってた『自分のせいで人が死ぬ』ってヤツ、私にも覚えがあるんだ」
「……そうなんですか?」
「9年前、もうほとんど10年前みたいなもんだな。私の両親もハイエナで、私はハイエナのアジトで生まれ育ったんだ」
9年前の自分と今のアグではあまりに境遇が違いすぎるとは思っていたが、それでも根は同じだろうとヨーコは昔話をしていた。
「そのハイエナのグループは元々がトヨトミ系の出身者が多くてな。その縁か、ある時にトヨトミから仕事を請け負ってよ。で、その仕事には失敗、私の両親含めて大人たちはほとんど全滅しちまったんだ」
「え……?」
「おいおい、これはまだ前提、話の本筋にゃまだ入っちゃいないぜ?」
隣の寝台でアグががばっと起き上がった音が聞こえたがヨーコはそちらを向く事もしなかった。
苦笑しながら話を続けるが、もし互いに目を合わせていたら陽気にこんな話ができたものか分かったものではない。
「残されたのは私みてぇなガキやロクに動けもしねぇ年寄りばっかりさ」
「9年前って、ヨーコさん、その時幾つでしたの……?」
「6歳だったかな?」
「それは……」
「オマケに何の因果か、いや、マジでワケ分かんねぇんだけど、何でか私が残された連中のリーダー役みたいな立場になっちまってな」
「ええ!? ろ、六歳児が、ですか?」
「おう……」
ヨーコ自身、自分でもおかしな話だと思う。
寝台の上で訝しむものの、妥当と思えるような答えは浮かんでこないが、それでも当時、自分ができるだけの事をしたという自負はある。
「で、例の仕事を斡旋してきたトヨトミの連中がな、アイツらの支配領域まで来れば面倒見てくれるって通信で言ってきたんだよ。でも、当時の私らのアジトからだとトヨトミとの境界線まで直線でもウン千kmもあってよ。当然、マトモな戦力なんてないぜ? あったら大人たちが使ってただろうしな」
「どうしたんですか?」
「どうしたと思う?」
「いや、もうさっぱりですわ……」
アグが想像もつかないというのも当然だろう。
自分自身、素っ頓狂な発想であったと思う。なによりそもそもの話の成り立ちからしてイカれている。
「なんと、当時6歳の私はジャッカルに護衛を頼む事にしたんだ」
「はあ? 貴女、ハイエナですわよね?」
「おう、ケツに卵の殻の付いたピチピチのハイエナだったぜ?」
「ハイエナがジャッカルに護衛を頼む? そんな依頼、誰も受けちゃくれなかったでしょうよ」
「いたんだなぁ、それが」
「そんな馬鹿な依頼を受けるような傭兵、いても何の役にも立たないのでは?」
クソミソにこき下ろすアグの口調にヨーコはたまらず吹き出した。
かといってその言葉を否定する気にもなれないから不思議なものだ。
「総理さんとかカトーさんたちだよ」
「え……?」
「私はあの人たちとその時に出会ったんだ。他にも何人か、私の馬鹿みたいな依頼を受けてくれる傭兵がいてね。ジャッカルってのは頭のネジが外れてるほど有能なもんなんかな? 少ない戦力にオンボロの船って限りなく絶望的な状況ながら皆して頑張ってくれたよ」
そこでやっとヨーコはアグへと向きかえった。
外部モニターの星明りに照らされてアグの金髪は銀色に輝き、その目は宝石のように蒼い色を湛えている。
「まっ、そん時の話だよ。私もさ、自分の判断ミス1つで皆が死ぬんじゃないかって、そんな事ばかり考えていたよ。地球のレミングスって動物は知っているかい? 皆して崖から投身自殺する小動物さ。私がレミングスを崖へと追いやる大バカ者なんじゃないかってな」
冗談めかして陽気に言ってみたものの、アグからは何の言葉も返ってこなかった。
当然だろう。
何を言われたとしても何の慰めにもならない。
今、似たような状況に追い込まれているアグにはそれが痛いほどに分かっているのだ。
「だからアグの気持ちも分からないわけではないよ。それでも止めないでくれよ。どっちに転んでも後悔ばかりの人生、それでも私たちは精一杯の事をしたいんだよ。きっと総理さんもカトーさんも」
「それが……」
「きっと
自身の身に刻まれた
目の前のアグの顔も紅潮しているように見える。
9年前。絶望的な戦いの果て、最後の最後でトヨトミの裏切りによりかつての仲間たちはヨーコを残して炎に焼かれて散っていった。
だが、彼らの生は無意味であったのだろうか?
ヨーコはそうは思いたくはなかった。
多勢に無勢の状況下でもヨーコたちの輸送船団の転進の時間を稼ごうとトヨトミ艦隊に果敢に戦いを挑んでいった総理たち。
損傷した輸送機でもはや離脱もかなわずと敵艦に特攻を仕掛けようとして、それすらもかなわず散っていった友人。
時間稼ぎのためだと作業用のHuMoで輸送艦から降下し、着地する前に爆散した老人。
アグのように自分のために死地に赴く誰かに心を痛めるのが守られる者なら、誰かのために己が身を焼くのが戦う者の定めなのだろう。
せめて、それを許してほしい。
「……うん?」
そこでヨーコは異変に気付く。
何故、アグの顔が紅潮して見える?
事務所内は窓もないガレージ内のプレハブ。
室内灯を消した今は星空を映す外部モニターの青白い星空の光しかないというのに。
ハッとしてヨーコが天井を見上げると、いつの間にか冷たいほどに青白かった星空は赤く焼かれていた。
「……空襲?」
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