53 ファイナル・シークエンス
11機の月光中隊を殲滅し、手近な敵がいなくなってすぐに虎瞻月光は全身の放熱ダクトからもうもうと白いガスを噴出しながら動きを止める。
「ママ……?」
「お、おい。大丈夫かよ?」
「え、ええ。『CODE:SUNRISE』のタイムリミットみたい。……クールタイムは15分。それまではただの月光と同じね」
それまで鬼神の如き戦いぶりを見せていた虎瞻月光が急に動きを止めてしまったのがいかにも不吉なもののように思えて私もヨーコも心配して通信で呼びかけるが、当のヨーコの母は意外にも気怠そうな声で応えてきた。
なんとも拍子抜けな返事であるが、そらあんだけ跳ね回って戦っていたら疲れもするだろうよと納得して私も緊張が解れてしまったせいかドッと疲労が両肩に圧しかかってきたようにすら思える。
敵の損耗も激しく、カーチャ隊長&マサムネさんのホワイトナイト組にマモルたちに加えて後方から駆けつけてきた陽炎、さらに虎代さんとこのマサムネさんの偽物ノーブルの参戦によってこちらまで抜けてくる敵はもういないようだ。
戦場が遮蔽物の少ないだだっ広い平野部といえども緊張の糸が切れてしまっても仕方がないだろう。
だが、そこでふと気付いた。
不意に限界ギリギリまで機体を追い込むような操縦技能を発揮。
戦闘後はそれまでの戦いぶりが嘘かのように疲労によって動きが鈍くなる。
私はこれと似たような事を見た事がある。
難民キャンプでのトクシカ氏の護衛ミッション。
その終盤においてわざわざ月光と1対1の戦いに挑んだライオネスのニムロッドが見せた挙動と妙に被ってみえるのは気のせいだろうか?
虎瞻月光に搭載されているコードナントカとやらがライオネスのニムロッドにも搭載されている?
いや、アイツのニムロッドは標準仕様どおりにランク3の物に改修キットを3つ使用して適用後はランク4.5。こちらも仕様通り。
ランク設定がされていない虎瞻月光とは違う。
それにいかにライオネスが虎代さんの妹だからってそんな特別扱いはされないだろう。
まあ、正直な話、虎代さんの考えは私には計りかねるところがあるけれど、少なくともライオネスはそんな特別扱いは良しとはしないだろう。
それだけは確かだ。
「ねぇ~、これからどうする? 前に出る?」
「う~ん、ヨーコちゃんが乗ってるコンテナ付きはだいぶ耐久が削れてるみたいだし、現在位置で前線から抜けてきた敵の対処で良いと思うのだけど……」
「お、おう。そうだな……」
虎瞻月光とライオネスのニムロッドの戦い方の類似について考えはまとまらないものの、ヨーコたちの声が私を戦場へと引き戻す。
機体をブン回して動き回っていた時には見る余裕がなかったが、私のパイドパイパーの残りHPは5,000ほど。
前線に飛び込んで砲弾の雨に身を晒すにはいささか頼りない耐久しか残っていないし、何よりその必要も無さそうに思える。
とりあえず余裕がある内にとサブマシンガンの弾倉を交換をしておくものの、そうしている内にもマップ画面からはまた1隻の駆逐艦が消え、しばらくしてから地響きとともに轟音が聞こえてきた。
もはや敵は勝算どころか撤退の目すら潰えているように思えるほどだ。
もちろん数の上ではまだ敵が圧倒的だが敵艦隊の陣形は完全に崩壊。輪形陣の中心に陣取って僚艦から守られていたハズの空母までいつの間にか破れかぶれになったのか突撃を開始している。
もちろん全長500m級の双胴船型の正規空母はその巨体に見合っただけの耐久力を見せ、数多の被弾を甘んじて受け入れながら突っ込んでくるその威容には並々ならぬものを感じさせるが、それでも私にはその光景を「鬼気迫る」とかそういう形容詞は使えなかった。
そりゃ敵さんもそれだけの覚悟を持って突撃してきているのだから、いくらヨーコたちを裏切ろうとしたクズでもそれなりの敬意を持つべきなのだろうが、そういうのを抜きにしても味方が強すぎるのだ。
「城壁」に誘導兵器や長距離ビームを無効化され、物量で押し込こうとしてきたHuMo部隊は2機のホワイトナイトに翻弄され続けて「一人砲兵中隊」の火力を躱す余裕すらない。
旗艦である空母を守る輪形陣は「戦艦殺し」に「雷神」、こちらもまた「一人砲兵中隊」に前に出る艦から順に潰されていく。
両側面から回り込んでコルベット艦に迫ろうとしていた部隊はそれぞれカミュの零式とだいじんさんの建御名方に敗北。
おまけに継戦能力の低い「一人砲兵中隊」の弾薬が尽きてきた頃には後方から駆け上がってきた陽炎がやってきて如何なくその火力を発揮している様子。
パイロットが旧型モデルのアシモフでは敵の戦力が整っていた頃では役不足であったのだろうが、もはや組織的な抵抗ができなくなったといってもいいような今の敵部隊にとっては陽炎の火力は脅威であろう。
さらに虎代さんの偽ノーブルを駆るマサムネさんが駄目押しに追加とつい先ほどまでの激戦が嘘であったかのように私たちの前までやってくる敵機はぱたっと消え失せている。
「投降しろッ!! もはや勝敗は決した! 無駄に命を散らす必要もあるまい!!」
カーチャ隊長の声がオープンチャンネルで響き渡るが戦いを止めようという敵はいない。
凛と響くその声はまるで判決を下す裁判官のようにまだ数の上では圧倒的な敵に絶対的な事実を告げる。
その声を後押しするかのようにさらに「雷神」と陽炎のビーム砲が敵空母に突き刺さり、双胴の巨艦は黒煙を上げながらもはや水平飛行すらできなくなりつつも前へと出る。
それはもはや前進というよりは緩やかな墜落でしかなかったのだが、そこでやっと敵司令官と思わしき老齢の男の返答が入ってきた。
「ふん、今の内に勝ち誇っておけ。どうせ貴様らはあと10分もせぬ内に死すべき定めよ」
「なんだと! 見苦しいぞ! 貴様も一軍の将ならば兵の命を無駄にするべきではないだろうが!?」
「……天を見てみろ」
敵将の声にはこれまでいいようにやられ放題であった口惜しさは滲み出ていたものの、それでも自軍の勝利を信じて疑わないとばかりに私たちのこれまでの努力を嘲笑い侮蔑するかのような色がありありと見えている。
その敵将の自信の原因に気付いたのは敵が寄ってこなくなって暇を持て余していた「射手座」のマモルであった。
「……お、大型艦降下中! これはデカい……!?」
「降下って、そんな巨艦がレーダーに映らないわけないだろ!?」
「れ、レーダーの探知範囲外からですよ!」
一方的に強く出れる敵には強いが……というマモルの性格故だろうか、これまで百発百中の狙撃を見せクールなイメージであった「射手座」が急にドモりだして要領を得ない返答を繰り返していた。
レーダーの範囲外から来る敵だったら十分に迎撃の猶予はあるだろうがよと私も怪訝に思いながらレーダー画面を見てみるもそんな巨艦の反応は無い。
「はぁ? どこから?」
「だから! 真上ですよ!!」
「えっ……?」
真上と言われてもやはりレーダーに反応は無し。
そこで私はパイドパイパーのメインカメラを天に向けてみると青空に赤い小さな光点があった。
「なんだアレ? 映像回せ!」
パイドパイパーのカメラ性能では最大望遠でも小さすぎ、また映像も荒すぎて判別がつかないが、「射手座」が装備する狙撃銃のスコープから送られてきた映像を見て私はやっと事態の重大さを察する。
「これは……、戦艦?」
「いや、巡洋戦艦ですね、これは……」
「こ、降下って大気圏外からかよ!?」
「これは鞍馬級巡洋戦艦か!!」
「チィっ! まさか、こんな隠し玉まであったとはのぅ……」
赤い光点の正体は大気圏外から降下してくる巨艦であった。
今、まさに沈もうとしている敵空母が双胴船型とはいえ全長が500mほどであるのに対して鞍馬級巡洋戦艦のサイズは1.2kmもある破格のサイズ。
そんな巨艦がレーダーに表示されないのには理由がある。
そもそも、このゲームには宇宙が実装されていないのだ。
つまり赤く熱せられながら降下してきているように見える巡洋戦艦はつい先ほどまでゲーム世界に存在していなかったもの。
それが今、急遽として実装されようとしているのだ。
大方、トヨトミ艦隊の損耗率が大きくなりヨーコたちを取り逃しそうになったら投入されるシナリオであったという事だろう。
なんとしてでもヨーコの仲間たちをここで皆殺しにするという強い意思を感じる。
なんとも呆れ果ててしまうほどの殺意。
ヨーコたちに与えられていたのは経年劣化に整備不良、共食い整備でロクに速度も出せない輸送機やら。
道中には雲霞の如くに群がる傭兵たち。
傭兵たちの包囲を切り抜けて目的の場所までやってくればトヨトミ艦隊の騙し討ち。
インチキ臭い戦力で艦隊を壊滅寸前まで追い込めば、今度は今まで存在しなかった巨大戦闘艦を宇宙から降りてきたという体で実装だと。
「ふざけてんのか!? こンのド畜生がッッッ!!!!」
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