52 CODE:SUNRISE
突如として現れた青紫の月光。
それはかつて難民キャンプでのトクシカ氏の護衛ミッションの際、私たちプレイヤー側を苦しめたかの機体であった。
「ママ、まま、ママぁ……、生きて、生きていたんだにぇ!」
「ええ、ジャッカルの気紛れに命を救われて捕まって、それからブタ箱に入れられていたのよ」
ヨーコは私の後ろで何度も月光のパイロットに呼びかけていた。
まるで呼べば互いの距離が縮まるかのように。
それにしたって、あの月光のパイロットがヨーコの母親?
そういえば陽炎のパイロットであるヨーコの父親はマーカスに射殺されていたが、あの月光はライオネスが一人で戦う事を望み、そして決着が付いた後で機体を完全に撃破する前に私の友人は月光のパイロットに機体から脱出する時間を与えていたのだ。
「……はは、アイツのおかげか!」
「でもママ、どうやって収容所を?」
「さあ……。正直、私にもよく分からないの……。なんか急に収容所が襲撃を受けたかと思うと、引くほど胸の大きな背の高い女の人と綺麗な顔の男の人が私を牢屋から出してくれて、改修型の月光を私に与えて輸送機に押し込んで、ヨーコちゃんたちの事情は道すがら聞いてきたのだけれども、本当に何が何やら分からないわ……」
「……ハ、ハハハ……!」
なんだ。虎代さんの仕業か。
山下さんには「獅子吼D本人が来てもクソの役にも立たない」なんて酷い事を言われていたけれど、カーチャ隊長とその経歴を守るのにあの人本人が来る必要は無かったってわけだ。
むしろカーチャ隊長の活躍の裏で、もう2度と会えぬと思っていた母子が感動の再会だなんて随分とな計らいをしてくれるじゃないか!
母との再会の感動にヨーコは目やら鼻やらから大量の汁を撒き散らしているようで、私だって愛機のコックピットが汚れるだなんて理由は考えずともコックピットハッチを開けて月光に彼女を乗り移らせてやりたいと思う。
だが、そんな母娘の再会に水を差す野暮天がいた。
右から左から、そして正面から。
視界の悪い戦場の中、レーダーに映らない黒い機体が続々とその姿を現してくる。
その数、実に11機!
「月光が……、チッ! さっきのと合わせて1個中隊ってわけだ」
「ママ! 一緒に後退しよう!」
「駄目よ、そのコンテナ付きじゃ逃げられないわ。ここは私に任せて……」
「ママっ!」
まさかヨーコも乗っているパイドパイパーを逃がすために囮になるつもりなのか?
同機種対決で1対11。
そんなのむざむざ死ににいくようなものだ。
せっかく再会できたというのに、またヨーコを泣かせるのか?
だが月光から聞こえてくる声は余裕すら感じさせるものであった。
とても娘を逃がすためとはいえ死を覚悟した人間のものとは思えない。
「
ヨーコの母親が駆る月光が腰の後ろに取り付けていた虎の仮面を顔面に装着する。
バックパックの脇に取り付けた機体色と同色に塗られた直刀を引き抜いて1歩、2歩、3歩と前へと出ると黒い月光もそれぞれの得物を構えてヨーコの母を取り囲もうという動きを見せる。
「虎瞻月光! 『CODE:SUNRISE』発動ッ!!」
ヨーコの母が叫んだ、その次の瞬間。
虎瞻月光の姿が消えた。
そして私たちの正面にいた黒い月光が動きを止めて、それからゆっくりと力無く地へ倒れていく。
その倒れた月光の背後に虎瞻月光がいた。
いつの間にやら倒れた月光の背に突き立っていた直刀を引き抜きながら青紫の月光は手にしていた何かを投擲する。
「パンジャン……? いや、手裏剣! 誘導装置付きの手裏剣かッ!?」
ヨーコの母親が投擲した手裏剣はデタラメな軌道を描きながら月光中隊へと襲いかかっていく。
敵の月光たちも私と同じように突如として姿を消したかと思うと瞬く間に1機を撃破した虎瞻月光に呆気に取られていたようであったが、すぐに強敵の出現を認識して全機揃って挑んでいった。
「2機目……。続いて3機目!」
自機に向かって飛んでくる手裏剣をサブマシンガンの連射で撃ち落とそうとしていた1機の頭部が飛び蹴りで刈り取られる。
そのまま首から直刀を刺し込まれてコックピットを貫かれ沈黙。
その隣にいた月光が味方諸共のつもりでサブマシンガンを浴びせてくるも、ヨーコの母親はたった今撃破した機体を盾にしながら手裏剣を投擲。
四方八方から飛んできた手裏剣が次々に命中して装甲に突き刺さっては爆発し、ついには耐久力の限界を超えて機体ごと爆散してしまう。
その爆発による土煙が晴れた頃には青紫の機体は既に姿を消した後であった。
「4……、5ぉッ!!」
背後からサブマシンガンの連射を浴びせかけられた2機の月光があっという間に撃破され、さらに手裏剣に混じって撃破した敵から奪ったナイフがかつての僚機を狙う。
「……うん?」
「どうした、ヨーコ?」
「いやね~、なんかママの月光の改修機、ナイフ投げのフォームがまるでママそのものだにゃ~って……」
「……どういう事だ?」
ヨーコが何やらワケの分からない事を言い出して困惑させられたものの、戦闘に視線を戻せば黒い月光の胸部装甲に突き立ったナイフを虎瞻月光が飛び蹴りでさらに押し込んで撃破したところであった。
あの位置ならば押し込まれたナイフがコックピットに到達したのだろう。
「う~ん、やっぱりあの足癖の悪さはママ……」
「お前んチのカーチャン、どないなっとんねん……」
「いや、まぁ、うん。ほら、ウチって
「ああ、そういやそうだっけ」
ともかく、これで残りは半分以下。
「『虎瞻月光』って言ったっけ? 月光の改修機とはいえ、上位機種の『
「さあ~? でも『中立都市防衛隊の技術部が弄った』って言ってたしぃ、トヨトミが開発した忍月光とは違うんじゃないかな?」
「武装は……、アレは忍月光用の物だよな。となるとコードナントカってのが独自開発の特殊装備とか?」
ヨーコの母が駆る虎瞻月光が見せる圧倒的な強さ。
私はおろか、「天才」の個性を与えられているヨーコですらその秘密には見当もつかない様子。
私も試しにあの機体のランクを見てみようとするもサブディスプレーに表示されたのは「虎瞻月光 機体ランク:-」。
なんとあの青紫の月光は機体ランクが設定されていないのだ。
そのような機体、ホワイトナイトやノーブルくらいなものなのだろうと思っていたが、虎瞻月光は白騎士シリーズと同様にプレイヤーが入手する事を想定していない機体だという事か?
「どういう事だよ……?」
7機目、8機目と黒い月光を倒していくヨーコの母を見ながら私は誰に言うでもなく一人ごちる。
だがその答えはいつの間にか隣に来ていた味方機のパイロットからもたらされた。
「不思議ですか? あの月光が」
「マサムネさん。……ノーブルの偽物って事は虎代さんトコのかい?」
「私もいるっスよ~!!」
ホワイトナイト・ノーブルを模した外装を奢られた雷電。
前に見た時よりも脚が長くなってはいるが、そんな機体に乗っている者が他にいるハズもない。
「あのローディーという傭兵は少し後方の大岩の所に隠れてもらってます」
「ああ、アンタも支援してくれたのか。助かったよ」
マサムネさんのイミテーションは両手にそれぞれライフルを持っていたが、その片方はローディーの烈風が持っていたものであった。
後方で待機となったローディーが自分が戦力にならないのならせめてと持たせてくれたものであろう。
「実を言うとあの虎瞻月光、機体スペック自体はベース機の月光となんら変わりはありません。上位機種用の武装は持たせていますけどね」
「はあ? いや、どう見たって、あの動きは……」
「それはあの機体に搭載されている特殊システムによるものです」
事実、虚を突くような動きとレーダーに捕捉されないステルス機の特性もあってその動きを捕捉する事は難しいが、虎瞻月光の機動性そのものは通常の月光となんら変わりがないように思える。
だが、マサムネさんの言葉を聞かなければそうとは気付けないほどに動きが良い。
これは何故だ?
分からない。
分かる気がしない。
スラスター推力とか運動性とか、そんなありきたりなものとは別の次元の話という事なのだろうか?
「あの機体には『黒騎士計画』の産物が搭載されているのですよ?」
「く……ろ……? 黒騎士? おいおい、そんな話、私なんかにしても良かったのかよ?」
「かまいませんよ」
「そうっスね! これは君とその担当さんに対するデモンストレーションでもあるっス!」
「おい、そりゃどういうこったよ!?」
このゲームで騎士と言えば白騎士こと中立都市防衛隊が誇るホワイトナイトシリーズの事である。
マサムネさんの言う「黒騎士計画」とやらが何の事だかはさっぱりであるが、白騎士シリーズと関連付けて考えてしまうのも無理はないだろう。
さらに問い詰めようとする私を捨て置いて、白騎士王の偽物は駆けだして前線へと向かっていった。
「それでは、また会いましょう!」
「あ、おい待て!!」
「君も死んじゃ駄目っスよ~!! カーチャ隊長のいる戦場で味方が死ぬ事は許さないっスよ~!!」
いつの間にか11機いたトヨトミの月光中隊は全滅していた。
ただ1機の虎瞻月光の手によって。
基本性能では月光となんら変わらないという虎瞻月光がほんの僅かな時間でそのベース機を11機も倒してのけたのだ。
これが私とその担当、マーカスに対するデモンストレーションだと?
一体、虎代さんは何をしようとしているんだ?
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