54 駆ける閃光
「ふざけてんのか!? こンのド畜生がッッッ!!!!」
「……なぁに? サブちゃん、キレちゃった?」
ドス黒い運命。
創造主によって定められた血塗られた宿命。
まだ幼い少女を絶望によって染め上げようという意思。
しかも、その意思は悪意すら持たず、ただこの世界を訪れる客を楽しませるためという、ある種の善意によってこの狂ったシナリオを作り出している事を私自信が理解してしまっている皮肉。
私の胸の内から湧き上がってきた叫びに対して返ってきたのはなんとも穏やかな声であった。
「マーカス!!」
「やっと傭兵さんの相手を終えてきたよ!!」
青白い尾を引いて地表へと舞い降りてきたのはホワイトナイト・ノーブル。
スラスターの推力線を調整してふわりと私のすぐ隣に着陸した白い騎士たちの王は自分が何をすべきか全て理解しているとでも言わんばかりに天に向けてビームライフルを掲げる。
「チャージショットだ」
そのまま天へと一直線に伸びる光の奔流は禍々しく赤く光る降下中の巡洋戦艦へと突き刺さったように見えたが、閃光が過ぎ去った後も変わらず超大型の軍艦は天に鎮座していた。
「チィっ! コイツのビームライフルでも駄目なのか!?」
「……無駄っス! いかにノーブル専用ビームライフルのチャージショットでも向こうは高度100km、ビーム兵器では大気による距離減衰が大きすぎてバリアを抜けないっス!」
「戦艦ならともかく巡戦くらいならイケるかと思っていたが……」
さすがにマーカスもお手上げなのだろうか?
マモルたちのセントリーが揃いも揃って小回りの利かない重装備であったのも今となっては対艦隊戦を見越していたのであろうという事が分かる。
β版の経験者であるだいじんさんたちから事情を聞いていたのであろうが、そんな彼らであろうとも最後の最後で大型艦がポップしてくるだなんて想定外であったのだろう。
実際、巡洋戦艦は“戦艦”と付いてこそいるものの「戦艦の攻撃能力を持った巡洋艦」であり、その速度性能と航続距離を実現するためにその装甲性能は巡洋艦と同程度でしかない。
だが戦艦並の攻撃力をもたせるために艦体は戦艦並に肥大化。
巡洋艦に比べて小回りが効かなくなっているために大型のデブリを回避する事が難しくなっている。
そのために戦艦未満、重巡洋艦以上のバリアーシステムを有しているのだ。
そのバリアーシステムが距離減衰で威力が弱まったビームライフルでは抜けないという事。
「おい、どうするんだよ、マーカス?」
「降下してくるまで待ってみる?」
「いや、駄目っス。巡戦が後方から駆け上がってくるのではなく、わざわざ衛星軌道上から降下してきたって事は水平飛行に移行してすぐに地表へ向けて絨毯爆撃を仕掛けてくるつもりっス!」
「……絨毯爆撃ができる高度は?」
「おそらくは高度80km」
虎代さんの言葉を聞いて私は初のガレージバックを覚悟した。
雨のように降り注ぐ超々高速弾の雨に耐えられるようにHuMoはできていないのだ。
それでも僅かでも生き残れる可能性があるならばノーブルの機体性能と考えうる限り最高のパイロットのマーカスくらいなものだろうか?
私はヨーコに不死属性が付いていなかった場合の事を考えてノーブルのコックピットへ彼女を移す事を考えていたくらいだった。
「さあて、高度100kmの距離減衰で駄目だった事が高度80kmでイケるか試してみるか……?」
「いえ、まだ手はありますよ!!」
まだ諦めてはいないようだが、それでも苦虫を噛み潰したような声のマーカスの元へ2つの白い流星が舞い降りる。
2機のホワイトナイト。
マサムネさんとカーチャ隊長だ。
「やはり貴様がカスヤ・マサノブだったのか……」
先に地表に降りたカーチャ隊長の白騎士はマーカスのノーブルに対してビームソードを突き付ける。
「まあ、『騙される方が悪い』とは言わないけどね。『よく、あんなでまかせで騙されるな』とは思っていたよ」
「くっ……! 卑劣な……」
「で、どうする? ここで戦って無駄に時間を浪費して巡戦に船団を追わせるかね?」
ついにカーチャ隊長にノーブルを見られてしまった。
ノーブルが2機も存在するハズも無く、必然的に「マーカス=カスヤ・マサノブ」の図式が成立。
ノーブルのコックピットの寸前まで突きつけられていた剣先から彼女の怒気が伝わってくるかのようである。
だが、かつて愛機を奪われ、そしてたった今まで騙されていた相手に対してまだ彼女が斬りつけていないのは、きっとマーカスがヨーコたちを救おうとしていた事だけは真実だと思っているからだろう。
そこをマーカスは突いた。
「君の乗る機体のパイロットの事を『ナイト・ハート』と言うんだったか? 今、俺たちが争えば巡戦は巡洋艦並の速度で船団に襲いかかり、そして戦艦並の火力で彼らを焼き払ってしまうのだろうなぁ。さあ、君の『
「……次にあったら必ず貴様を倒して、その機体を返してもらうぞ」
「もう、いいですかね?」
きっとそうなるだろうと思っていたのか、マサムネさんは装備していた大型の火器のためにゆっくりと降下してきながら何事も無かったかのような声で2人に話しかける。
「で、どうする?」
「私が持ってきた試作特殊兵装『ドラゴン』は3機のホワイトナイト・シリーズからエネルギー供給を受ける事でバリア貫通の特殊効果を持つ高威力ビーム砲『ドラゴン・ブレス』となります」
「なるほど、と、なれば……」
「是非も無し!」
「トリガーはセンサーとFCSの性能に優れているノーブルに任せますよ!」
マサムネさんから手渡されたドラゴンを受け取ったノーブルはそれをライフルの代わりに天へと掲げ、2機の白騎士は王の傍へと控えるように並び立ってドラゴンの砲基部から引き出したエネルギーサプライケーブルを自機へと接続。
「全冷却システム全力稼動、続いてジェネレーター、リミッター解除」
「ジェネレーター、出力100%!」
「Hey,hey! ビビってるんですか? 120まできっちりブン回してください!」
「くっ……、了解! カスヤ、『CODE:999』だ!」
「了解、『CODE:999』実行、周辺空間へ警報発令!」
なんでマサムネさんは味方相手でも煽っていくのだろうか?
そんな事を考えていると私のパイドパイパーのコックピット内が赤く染まり、メインディスプレーに「CODE:999」の表示とともに間もなく上空のオゾン層が消失して周辺に宇宙線が降り注ぐ事が通知される。
「あ、あ~……! トヨトミ艦隊に次ぐ、間もなく周辺へ宇宙線が降ってくる。ただちに戦闘を中止して撃破された機体から脱出したパイロットを回収せよ!!」
「ドラゴン・ブレス、発射まであと1分!」
「敵機接近中!」
わざわざマーカスが敵に対してパイロットの回収を通知したのは何も人道上の配慮とかそういうわけではない。
マサムネさんとカーチャ隊長、前線を支えていた2機のホワイトナイトが下がってきたために今また敵機がこちらに向かってきているのだ。
もちろんマーカスの目論見通りに味方パイロットの回収を始めている機体も多く、向かってきている敵の数は多くはないがそれでも1基のビーム砲に3基がかりでエネルギーを供給している都合上、身動きが取れなくなった白騎士たちにとっては脅威である。
いやホワイトナイトにとっては大した障害にはならないのだろうが、機体とドラゴンとを接続するケーブルが切られたらそこで一巻の終わり。
「クソが! 敵は任せろ! ヨーコのカーチャンもいけるよな!」
「もちろん!」
私は背部コンテナに2発だけ残っていたパンジャンドラムを発射して機体を前進させる。
パイドパイパーを追い越して虎瞻月光が駆けていくが、あのコードナントカとやらのクールタイムはまだ終わっていないハズ。
せっかく再会できたヨーコの母親をここで死なせるわけにはいかないが、敵を食い止めるにはまだ手数が足りないくらいなのだ。
「『射手座』の! 射程内だろ! 討ちまくれ!」
「了解です!」
「虎代さんでも陽炎でもいい、マモルたちでも。誰か、こっちに戻れないか!?」
「無理っぽいですねぇ。敵も前線の私たちを拘束するつもりみたいです」
いかに月光がステルス機といえども濃密な弾幕をすり抜けられるわけではない。
次々と青紫の月光は被弾を重ねていくが、私には牽制射撃で月光が側面を取られるのを防ぐ事くらいしかできない。
後方から飛んできた火球が1機、また1機と敵を撃ち抜いていくものの、「射手座」が装備するスナイパーライフルは次弾装填に時間が必要であり多数の敵を一度に相手するのには向いていないのだ。
「あと20秒!」
「だ、駄目だ。下がれ、月光! やられるぞ!! 援護するから!!」
「で、でも……!!」
ドラゴン・ブレスのチャージが間に合うか、それとも月光ともどもパイドパイパーもやられて抜かれてしまうか。
そんな判断なんか私にできるわけがない。
ただ目の前の敵に弾を撃ち込んで、前進を食い止めようとしていると右方向から敵集団の中へと駆け込んでいく機体があった。
「おい、青二才! 貴様は覚えているか、少し昔の、10年後の約束を……」
「ボケたんですか? ……忘れるわけがないでしょう」
「ならば良し……」
その次の瞬間、眩い閃光とともに激しい衝撃が私たちを襲った。
機体の装甲を飛んできた石礫が叩き、爆風が駆け抜けていった後、そこには敵の姿もだいじんさんの建御名方の姿も無い。
「え……? お爺ちゃん……?」
「じ、自爆だと……?」
彼がマサムネさんと交わした言葉の意味は分からない。
だがその行動と結果は私とヨーコの胸を打った。
後席から息を飲む音が聞こえるが彼女にかけてやれる言葉はない。
代わりに私は自信の相棒の名を喉が張り裂けんばかりに叫んでいた。
「……マぁーーーカァス!! 外したら承知しないぞッ!?」
「オーライ、サブちゃん」
「私に『ナイト・ハート』を説いたのだ。ジャッカルの意地を見せてみろ!」
「カーチャ隊長……」
「任せましたよ。5、4、3、2……」
「あんなデカい的、外すわけないだろ? ま、お前らの格は落とさんよ……」
そして再び世界は閃光に包まれた。
それはビームライフルのチャージショットなんか比較にならないほどの爆発的な光で、焼かれる大気の断末魔が駆け抜けていき、私のパイドパイパーや月光もその余波で大地に叩きつけられる。
コックピット内の警報を掻き消すほどの轟音にもがきながら必死に機体を起き上がらせた時、天には先ほどまで赤く輝く巨艦があったハズがそこには青い空にぽっかりと黒い穴が空いていたのだった。
ドラゴン・ブレスがその軌道上にあった大気も巡洋戦艦もすべてを焼き払い蒸発させ天空に穴を空けていたのだ。
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