48 待ち受けていたモノ

 北からの敵は次々と前に出るものから撃ち落とされ、マーカスが向かった南方の部隊はレーダー画面から消えて久しい。


 だが、これだけで終わるわけがなかった。


「西から来たぞ、1番艦は転進して迎撃する!」

「東からもです。こっちは私たちが貰いますよ!」


 西からも東からも敵輸送機群がレーダー画面に映し出されてコルベット1番艦と2番艦はそれぞれ迎撃のために船団を離れていく。


 南に向かったマーカスが戻ってこないところをみるに南からの敵も次々と現れているのだろう。


「カーチャ隊長もカミュさんもお気を付けて! 北からの敵は僕にお任せください!」

「頼りにさせてもらうぞ!」

「爺ちゃんもマサムネさんもがんばえ~!!」

「ふぉっふぉ! ヨーコちゃんたちには儂らが指1本たりとも触れさせはせんよ!」


 幸いな事に護衛部隊の士気は高い。

 私たちの艦の上で狙撃を続ける射手座のマモルは自分の活躍をカーチャ隊長たちにアピールする余裕すらあるし、好々爺のようにヨーコに話かけるだいじんさんの優し気な声からは隠し切れない闘志が見え隠れしているほど。


「ほら! 各機長、取り囲まれたからって狼狽えんな! こっちには陽炎の他にもホワイトナイトが2機に次世代機が2機もあるんだ。負けるわけがねぇ! そうだろ!?」


 次々と撃ち落とされているとはいえ北からの敵は尽きる事がないかのように続々と新手が姿を現し、続いて西と東からの敵の出現。船団の最後尾を守る大型輸送機が姿を消したままという状況に混乱をきたしたのは私たち護衛部隊ではなく、避難民を乗せた輸送機のパイロットたちであった。


 それまではスムーズに飛んでいたものがパニックからか右往左往しだしたり、あるいは早く敵から逃げようと速度を上げたり、あるいはレーダー画面上には敵が映し出されていない南に救いを求めるように速度を落としたり。


「速度を落とすな! いくら陽炎が戦っているとはいえ破れかぶれの長距離狙撃を食らうかもしれないだろ! 手の震えが止まらないなら速度だけ合わせてオートパイロットに任せろ! とにかく船団から離れるな!!」


 マーカスがこの場にいてくれたなら経験の浅い機長たちをもっと上手く叱咤激励してやれるのだろうが、生憎と奴はいない。

 指揮能力ならばカーチャ隊長がもっとも高いのだろうが、戦いに赴いた彼女の負担をこれ以上増やす事も躊躇われる。


 ならば私がやるしかないとキャプテンシートに備え付けのマイクに手を伸ばすが、私には何が何やらさっぱりでただただ頭の中で思いついた事を言うだけだった。


 きっとマーカスならば「〇〇番機が遅れてる」だの「××番機はもっと落ち着け」とか具体的な事を言ってやれるのだろうが、私では分子運動の如くに統制を無くしたウン十機の輸送機群のどこがどうだとか分からないのだ。


 大丈夫。

 大丈夫だ。

 マーカスだって前に「指揮官にとって大事なのは間違っていない事よりも堂々としている事」だって言っていたじゃないか。


 今は不器用でも通信機を通して「私たちはお前たちを見捨ててはいない」とメッセージを送ってか細い希望を繋いでいくしかないのだ。


「速度と進路を維持しろ! 速くても駄目、遅くても駄目」

「サブリナさん……」

「仲間を信じろ! 隣の機がちょっとくらい近づいてもパニックになるな!」

「サブリナさん!!」

「おい、嬢ちゃん!!」


 マーカスのようにやってやれないもどかしさ、じれったさ。

 私の喉と唇は緊張によってカラカラに乾燥しきっていた。

 何が正しいのか分からない、そんな五里霧中、雲を掴むような私の頭脳をマモルとローディーの言葉が現実へと引き戻す。


「なんだよ!?」

「北からの敵、すべて撃ち落としました」

「反応無し、だ」


 ずっとレーダー画面から目を離さずにいたものの、私の視線は味方の船団ばかりに気を取られて敵の事など頭の中から消え失せていたのだが、彼らの言葉どおりレーダー画面の私たちの進行方向にはすっかり敵の反応は消え失せていた。


「や、やったのか!? おい、聞いたか? 私たちの進む先はフリーだ! 落ち着いて編隊を立て直せ!!」


 四方を囲まれた状態にもしかしたら私も半ばパニック状態だったのだろうか?

 包囲が解けた事で冷静さを取り戻して熱が引いていく私はふとそんな事を考えていた。


 もしそうだったなら半ばパニック状態の私の声で各機長たちによけいな不安やら緊張をさせてしまったかと思うと申し訳ない限りだ。


 だが逆に包囲が解けた事で自分でも抑えきれないような私の喜びの感情もすぐに各機長たちに伝わり、めいめいに歓声を上げながら徐々に船団は秩序を取り戻し始めていた。


「ローディーさん、とっとと弾倉を持ってきてください!」

「へいへい、せわしないねぇ。ちったぁ休みぁいいのに。兵隊さんなら勲章モンだぜ、坊ちゃんよう」


 私とは違い、射手座のマモル、いや、もうここはマモルさんとでも思っておこう。


 マモルさんは未だ緊張の糸を切らしていないようで、自分の担当する北方の敵がいなくなったというのにローディーに替えの弾倉をとっとと取ってこいと催促していた。


 そんなマモルさんの様子を見て“だらしない大人”代表とでもいうべきローディーはもっと肩の力抜けよとばかりに苦笑してみせるが、事実、戦いはまだ終わったわけではない。


「カミュ君とやら、ホワイトナイトの穴を埋めるのは儂らの仕事ぞ!!」

「分かってっよッ、爺さん! そっちこそそんな良い機体に乗ってヘマなんかすんなよ!!」

「ハハハ! マサムネさん、一体、どこでそんなに腕を磨いたんだね!?」

「無茶振りばかりする老人に付き合わされてた頃がありましてね!」


 とはいえ西も東も戦況は味方が有利。

 いや、むしろ一方的とさえいっていいだろう。


 なにせ私の乗るコルベットでは主役として活躍していたマモルさんのセントリーが西と東ではまだ温存されて格納庫で待機しているくらいなのだ。


 それほどまでにホワイトナイトというHuMoは強力な戦力なのである。

 ………………

 …………

 ……




 北進を続ける私たちについに待ち望んでいたモノが見えてくる。


 レーダー画面には曲がりくねった線で中立都市管理領域とトヨトミ側との境界線が表示され、そのすぐ近くには手筈どおりにヨーコたちの受け入れのための部隊が集結していたのだ。


「わぁ……」


 レーダー画面に映し出されたトヨトミ側部隊を見て、ヨーコはまるで満天の星空でも見上げるかのようなうっとりとした声を上げる。


「皆、ありがと~……、戦っていない私なんかじゃ想像もつかないくらい辛い戦いだったと思うし、マーカスさんをはじめ皆の協力がなかったら……、そもそも誰1人欠けずに辿りつけるだなんて思ってもみなかったよ」


 別れが近づいたヨーコは名残惜しさを隠そうともせずにキャプテンシートから立ち上がってマイクを通して護衛部隊員各員へと話しかけていた。


中立都市ここじゃ辛いことばかりあったし、パパもママもいなくなっちゃったけど、それでも……、それでも皆に出会えた事だけは良かったと思えるよ……」

「へっ、向こうに行ったら、もう悪タレなんぞすんなよ?」

「うん! 私にぇ、いっぱい勉強して大きくなったらHuMoの整備の仕事をするんだ~!」


 う~ん、ローディーの野郎はなんで砲弾を運ぶくらいの仕事しかしてないのにそんなデカい口が叩けるんだ?


 だがヨーコはそんな事などお構いなしに明るい声で返す。

 その声は感極まったのか涙ぐんだもので、ここでローディーにツッコミを入れるのも野暮だろうとグッと喉元までせり上がってきた言葉を飲み込むが私以上に野暮な野郎がいた。


「……カーチャ隊長、カミュ君、補給は済ませたか?」

「あん? なんだよ! せっかくお涙頂戴の良い話だってのによ~」

「よせ、カミュ。キッチリと彼女を送り届けるまで油断しない。これが傭兵のあるべき姿という事ですね? もちろん推進剤、冷却材の補給は済ませております」


 すでにカーチャ隊長たちが乗り込むコルベット1番艦に、マサムネさんたちが乗り込む2番艦も船団と合流している。


 トヨトミ側の部隊との接近を恐れて傭兵たちは随分と前から引き始めていたのだ。


 敵の姿は確かに見えないが、確かにカーチャ隊長が言うように依頼を完遂するまで気を抜かないというのが正しいだろう。


 だが、そこで私は1つの違和感に気付き、1つの違和感は連鎖していくつもの違和感を浮かび上がらせていく。


 何故、ヨーコに対してベッタベタに甘々だっただいじんさんが彼女の感動に水を差すようなタイミングで補給に対して声を上げたのだろう?


 何故、ハイエナたちを食らいつくさんとするジャッカルたちの姿は消え失せた今になってだいじんさんの声に籠る闘志は最高潮に達しているように思えるのだろう?


「ヨーコちゃんはサブリナちゃんとともにパイドパイパーに搭乗を……」


 それだけではない。


 おかしいのはヨーコたちを迎えにきたハズのトヨトミ側の部隊もそうだ。


 “部隊”という言葉が別に間違っているわけではない。


 だが……。

 私はレーダー画面に映し出されたトヨトミ側の陣容を確認していた。


 正規空母、軽巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦……。


 これでは……。

 これではまるで“部隊”というよりも“艦隊”ではないか?


 何故?

 ヨーコたちの受け入れのため、彼女たちが追われていた際に追手を追い払うため?


 そのためにわざわざ1個艦隊を用意するのか?


 トヨトミ側だって傭兵組合からの追手は数はともかくHuMoとそれを搭載した輸送機くらいだと分かっているだろうに?


 私の中で先ほどとは比べ物にならないほどの焦燥感が溢れ出してきて、心臓が早鐘のように脈打ちはじめる。


「……ヤバくないか、これ?」

「早く! 早く機体に乗り込むんじゃ!!」


 だいじんさんの叫び声にハッと我に返った私がヨーコの手を引いて格納庫へと走り出そうとした時、艦橋内の天井ディスプレーに拡大望遠されていたトヨトミ艦隊の各艦が白煙と閃光に包まれる。


「ミサイル! 来るぞ!! 各艦、対空防御!! ……こっからが本当の地獄じゃ」

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