49 その意思を示せ!

 何故?


 何故、私たち人工知能AIには人格と感情が持たされているのだろうか?


 そりゃ私たちはゲームの中の仮想現実で、プレイヤーたちを楽しませるためのコンパニオンでしかないことは分かっている。


 でもヨーコのような自分が仮想現実の世界で作られた存在だと知らないまだ歳幼い幼女を、その小さな肩にはどう考えても不釣り合いなほどに重すぎる責任を背負っている子供を、僅かな望みに縋って遠路はるばるやってきた者たちを絶望に叩き込む必要がどこにあるというのだろうか?


「なんで……、なんでだよぅ……」


 言葉無くとも前方のトヨトミ艦隊の戦闘艦群から放たれた無数のミサイルは雄弁に彼らの意思を示している。


 ヨーコたちは裏切られたのだ。

 騙されていたのだ。

 切り捨てられたのだ。


 大方、トクシカ氏の暗殺計画にトヨトミが関わっていたとバレるのを恐れ、保護するとか言っておびき寄せて自分たちの手で確実に始末するつもりであったのだろう。


 ロクな戦力を持たないヨーコたちを始末するのに1個艦隊を用意するだなんて虫酸が走るほどに景気が良い話だが、この辺は件の運営チームの意思が介在しているってわけだ。


「なんで……? だって皆して頑張って……、マーカスさんもカーチャ隊長も……、爺ちゃんもローディーさんも力を貸してくれて……、なのに、なんで……?」


 膝から崩れ落ちたヨーコの手には力が抜けきってしまっていて、私が僅かにでも手を握る力を緩めてしまえば離れてしまいそうなほどだ。


 グングンと迫ってくるミサイルを見てもヨーコはまだそれが信じられないというかのようにディスプレーから目が離せないでいたが、やがてそのふっくらとした頬を一筋の涙が流れ落ちる。


 抱きしめてやりたい。

 その涙を拭ってやりたい。


 なのに信じていた者たちから裏切られたヨーコが絶望に打ちひしがれる様はあまりにも弱々しく、触れれば壊れるガラス細工のようで、触れれば溶けてしまう薄氷のようで私はただ立ち尽くす事しかできなかった。


 私はヨーコを騙していたトヨトミよりも彼女の手を握っている事しかできない自分が腹立たしくて悲しい。


 だが、そんな張りつめた空気をなんとも間の抜けた声が解きほぐす。


「あ~、ミサイルの迎撃は僕に任せてもらいますよ。コルベット各艦は対空防御の設定を短距離ショート・レンジに設定せよ。僕の防御を抜けてきた物だけに注力してください」


 その声は珠を転がすかのように高い、まだ声変わり前の少年のもの。

 マモルである。


 5人の内の誰だと通信状況を示すモニターへと視線を移したその瞬間、光のシャッターが視界を埋め尽くした。


「な、なんだぁ!?」

「ほう、これは……」

「貴様じゃったのか、『城壁ランパート』……」


 閃光に引き続いて幾重にも重なる轟音。


 その正体はトヨトミ側から放たれたミサイル。

 ミサイルがまだ道半ばで一斉に自爆したのだった。


「僕の前では誘導兵器は意味を為しません。ささっ、カーチャ隊長、ご命令を!」


 得意満面のマモルの声とともに2番艦から送られてきた映像に映されていたのは亀の甲羅のように巨大な構造物を背負ったセントリー。


 敵のミサイルを自爆させるとなるとアレは対電子戦装備か?

 電波か赤外線かしらないが、敵のミサイルに偽情報を送って近接信管を作動させたというわけだ。


「なるほど、君はそっち関係のスペシャリストというわけか。ならばコルベット各艦前進開始! 輸送船団の転進の時間を稼ぐぞ! 輸送船団は南へ舵を取ってマーカスさんと合流、爾後の指示を仰げ!」


 長距離ミサイルが通用しないと分かってトヨトミ艦隊は前進を開始するが、それよりも私たちの方が早かった。


 カーチャ隊長の指揮で3隻のコルベットは横隊となり、迫る艦隊から船団を守る盾となる。


「『射手座』の他にも『城壁』までおったとはのう……」

「だいじんさんよ、その『城壁』ってのは頼りにしていいもんなのか?」

「見てのとおりじゃよ。『戦う貴腐人の会』の戦列を抜くのは要塞を攻略するのに等しいと言われていたくらいじゃが、その一因が『城壁のマモル』じゃ。なにせこちらの長距離誘導兵器は封じられとるのに、近づこうとしようもんなら『射手座』やら『一人砲兵中隊アーティーカンパニー』やらが……」

「あ! ハイ! ハイ! それ僕です!!」


 “亀の甲羅”を背負ったセントリーを飛び越して1機のセントリーが発艦していく。

 全身の至る所に遠慮無く大量のミサイルランチャーを搭載した機体だ。


「……となると、そっちの君が『戦艦殺しシップス・エース』で」

「はい!」

「残る1人がトオル君か?」

「マモルです。トオルじゃなくて『雷神』って意味でトールって呼ばれてました!」


 2門のバズーカを担いだセントリーも、補助ジェネレーターを背負って大型ビームキャノンを担いだセントリーも発艦していく。


「やれやれ。あの子たち、随分と勇ましい2つ名を持っているじゃないか。私たちも負けてられな。そうだろ、カミュ?」

「もちろんですよ! 先に行かせてもらいます!」

「儂らも行こうかの、今度はしくじるなよ!?」

「分かってますよ! 2度も同じミッションをしくじるほど無能ではないつもりです」


 マモルをはじめとして護衛部隊各機は次々と発艦していった。


 彼らの声は闘志に満ち溢れ、負ける事など微塵も考えていない事がありありと感じ取れる。


 敵は80隻以上の戦闘艦に、正規空母を含むそれらに搭載されていたHuMo部隊。


 対するこちらはコルベットが3隻にHuMoが11機だけ。

 それでも戦士たちは立ち向かっていく。

 彼らは知っているのだ。


「行こう、ヨーコ」

「……でも」

「守りたいものがあるなら戦わなきゃ駄目だ。たとえどれほど多勢に無勢の状況でも、その意思を示さなければされるがままじゃないか」

「……うん」


 きっと彼女には私の言葉よりも敵に向かっていく戦士たちの姿こそがその心に響いていたのだろう。

 私が手を引くとまだ力が弱いけれども、それでもしっかりとヨーコは自分の2本の脚で立ち上がってくれた。


「サブリナとヨーコ、パイドパイパーで出るぞ! 後は任せた!」


 艦橋内のアシモフたちにそう告げると彼らは一矢乱れぬ敬礼で私たちを見送ってくれたのだった。

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