47 ローディーの真意
射手座から放たれた矢から逃れる術は無いというのか、船団は速度を落とす事もなく北へと進んでいく。
私たちが進んでいくその下からは幾条もの黒煙が上がっているが、ただの1発の対空砲火すら上がってこない。
「なあ、ローディー。アンタはお仲間さんたちをやられてなんとも思わないのか?」
昨日はマーカスから「できるだけ傭兵は殺さない」という方針が示されていたが、今日はそのような指示は無い。
当たり前だ。
マーカスが言う不殺というのはあくまで傭兵たちが復讐に燃えないようにするための配慮であり、信念とか論理などとは無縁のものである。
これが昨日ならば仲間をやられた傭兵が仇討ちに燃えて翌日に出撃してくる事もあろうが、どの道、ヨーコたちの逃避行は今日で決着が付く。彼女らに恨みを持つ者がいようがトヨトミ側に逃げた後では手の出しようがないだろう。
そういうわけで射手座のマモルは傭兵側の被害などお構いなしに次々と輸送機を前にいるものから順に撃ち落としていた。
ある機体はコックピットを撃ち抜かれて地表へと真っ逆さま。
またある機体は主翼を根本近くからもがれて錐揉み状態になって落ちていき、別の機体は燃料タンクが爆発して大空に黒と赤の大輪の華を咲かせていく。
あまりにもポンポンと傭兵たちの乗る輸送機を撃ち落としていくものだから、私は甲板上でマモルのセントリーに次々と予備弾倉を手渡していくローディーの事が不安に思えてきた。
ローディーという男。
難民キャンプでの戦闘では殺された友人の復讐に燃えていたのが記憶に新しいし、なにより昨日はその熱は未だ冷めずとばかりに無茶苦茶な突撃を敢行してきた男である。
そんな者が知り合いが乗っているかもしれない輸送機を次々と撃ち落とされて黙っていられるのだろうか?
「うん、まあ、何も思うところが無いというわけではないけどよ……」
内心、その気になればマモルのセントリーを後ろから撃つ事も可能であろうローディーが何を言いだすかヒヤヒヤしていたのだが、通信機越しに返ってきた声は何故か照れ隠しの色が混じったものであった。
「俺たちは傭兵だ。お嬢ちゃんも傭兵を目指しているなら分かるだろう?」
「分かんねぇよ」
「チッ! そうかい。俺も上手くは言葉にできねぇけどよ。
それは
「“自由”と“秩序”、そのどちらが俺たちの本質かと言えば、俺は自由であると思う。確かに俺たちは組合やら依頼主、法律やらに縛られている。だが、そもそもが依頼を受けるとか、ジャッカルになるとか決めたのはあくまで俺の自由意思だからだ。今、このガキにポンポン撃ち落とされている輸送機に乗ってる連中もそれは同じだ。墜落する輸送機の腹ン中にいて何が自由かと思うかもしれねぇが、輸送機に乗るのを強制された奴なんか1人としていないんだからよ」
「私たちへの攻撃に参加しているのは傭兵本人の自由意思だからその結果として死んでもしゃ~なしってこと?」
「同業者の生き死にの話をそこまでハッキリとは言いたかないけど、だいたいはそういうこった。でも嬢ちゃんたちが守ってるハイエナの身内は違うんだよな。嬢ちゃんの親父さんからそれを見せつけられてハッとしたぜ……」
通信機越しの声だけで分かる。
きっとローディーは今、苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。
……ていうかコイツ、今、さらっととんでもねぇ事を言わなかったか?
「昨日の夜、コルベットの営倉に入れられていた俺んところに親父さんが来てこう言ったんだ。『本来なら後腐れなく鉛玉をプレゼントしてやるところだが、娘の友達の知り合いらしいから殺さないでやる』ってな。嬢ちゃんとこの親父さんはこの稼業向いてるぜ? 傲慢なほどに自由だ。ま、そうでもなきゃ人が乗ってるって分かってるHuMoに砲弾やらミサイル撃ちこめるわきゃないんだけどな!」
「ちょ、待て……」
「それから親父さんにコルベットを降ろされて療養所の中に案内されたんだけどよ。驚いたぜ。ハイエナの身内って、もう1人で生きていけねぇようなジジババどもとガキばっかりじゃねぇか。そこで俺は思ったわけだ。『ああ、コイツら自分たちだけで生き延びるという自由は無いんだな』って」
ローディーという男、乗っているHuMoも自身が身に纏っているファッションもパンクロック風のものだというのに根は良い奴なのだろう。
だから「人たらし」のスキルの恩恵もあるのだろうが易々とマーカスの舌先三寸の策に乗せられたというわけだ。
「確かにハイエナの身内に味方してやる義理なんかねぇし、同業者と敵対するのは今後の不利益になるのかもしれない。それにテックの事は忘れたわけじゃねぇ。……まあ、テックを殺った陽炎のパイロットはミンチより酷ぇ状態になった後でスラスターの噴炎で焼かれてハンバーグの親戚になったからそこはぐっと飲みこんでやるとして……」
「ちょ、ちょっと待てや!」
「ジャッカルってのは自由こそが本質だ。なら誰かが助けてやらな殺されちまうガキどものために戦うのも自由じゃないか。俺はそう思ったわけよ! ハハ、なんか臭い事を言っちまったな!」
ローディーは照れ隠しのためかわざとらしいおどけた声を出していた。
確かにローディーの行動は自身に不利益を及ぼしかねないものである。
昨日の自身の行動とは矛盾している。
ノーブルやホワイトナイトの存在を考えなければ無謀とさえ言える。
それでも彼は子供たちのために立ち上がる事を選んでくれたのだ。
……だが正直、今はそんな事よりももっと大事な事がある。
「だから、ちょっと待てよ!!」
「あん? なんだよさっきから……」
「とりあえず、手を貸してくれる事には礼を言うよ、ありがとう! でも父親を亡くしたばかりの子供が聞いてる所でその父親を『ハンバーグの親戚』呼ばわりは酷いと思うぞ!?」
「え゛っ゛……?」
「ど~もにぇ~! 『ハンバーグの親戚』の娘のヨーコだよ~! おじさんには私の事をユッケと呼ぶことを許してあげるにぇ~!」
「ご、ごめんて……」
さらに続けてもう1つ。
「あとな、さっきから『お嬢ちゃんの親父さん』とか言ってるけど、マーカスは私の父親じゃないよ」
「……うっそだろオイ!」
油断も隙もあったもんじゃない。
あの野郎、私がいつまでたってもパパと呼ばないからって外堀から埋めにきやがった。
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