31 決着その1

 建御名方の繰り出す突きは明らかに先ほどよりもその鋭さを増していた。


 勝負を決めると宣言した男に対し、老人が速攻を仕掛けてきた形である。


 当然ながら男も老人がこのような手で来る事は先刻承知済み。


 それにしても男の中で渦巻いていた疑念は増していくばかり。


 男が駆るホワイトナイト・ノーブルは彼の思いのままの動きを取るために操縦桿やフットペダルだけではなく、チャットやメールなどに使われる用途のキーボードへ機体各所のスラスターを割り当てている。

 それもただ「〇〇のキーを押せば、××のスラスターが稼働する」という単純なものではなく、それと同時に「キーボードからスラスターへ信号が送られた場合、機体の姿勢制御を司るオート・バランサーが本来とは異なる挙動をする」という高度なマクロが組まれたものなのだ。


 このマクロは男が攻略WIKIに掲載されていた情報を元に苦心してくみ上げたもの、そのためにトクシカ氏の護衛ミッションではマクロの作成が途中であったがためにノーブルは輸送機内からの長距離狙撃しかできなかったのだ。


 なのに何故、老人はノーブルの動きについてこれる?


 今もありとあらゆる角度から突き出されてくる銃剣の突きはまるで重装歩兵の戦列ファランクスを相手にしているかのようだ。


 まるで建御名方に老人そのものが乗り移っているかのような……。


 老人が自分と同じように事務所でポチポチとパソコンに向かってマクロを組み上げていたのだろうか?


 いや、それは無いだろうと男は判断する。


 相対する建御名方の動きは男が知る老人の気性そのもの。


 勝利のためならば何でもしてやろうという自分とは違い、老人は男が知るように愚直なくらいに真っ直ぐの一本調子の男である。


 まるでそれが勝利を呼び込むと信じているかのように真っ直ぐ。


 男が今もこうして回避し続けている鋭い切っ先は変幻自在の角度から繰り出されるものでありながらも「銃剣の突きで倒す」という1本の太い幹があるかのようであった。

 その老人の気質が故に銃剣が取り付けられたライフルを手にしておきながらしばらく射撃攻撃はされていないし、ステルス性のマントもすぐに脱ぎ払ってから戦闘に移行したのだろう。


 とても老人が戦いに赴く前にパソコンに向かって長時間の作業をしている所など想像できない。


 だが、ならば老人が駆る機体の動きは何なのか?


 それが分からない。


 勝負を決めるとわざわざ宣言しておきながら男が行動に出るのに躊躇していたのはこのような理由からだった。


「まっ、しょうがねぇ。……後は出たとこ勝負だ!」


 すでにレーザーで損傷したメインカメラの復旧は8割ほどまで進んでいる。


 もしメインカメラが復旧したら、老人に復旧されたと思われたら攻めっ気が落ち着いて慎重になる可能性があった。


 だからといって負ける事は考えられないが、それでも今は僅かな時間が惜しい。


 男が老人の手練手管を良く知るように、老人も男のやり口を良く知っているのだ。

 ここで泥仕合になる事だけは避けなければならない。


 故に老人の機体の不可解さに答えは出せないまま男は行動に出た。


 男はキーボードに指を走らせるが、今度のそれは機体を操作するものではない。


 HuMoのコックピットにキーボードが搭載されている本来の目的といってもいい。


(……どうだ?)


 男は慎重かつ繊細に敵機の突きの中を掻い潜りながら本当に僅かにだけ間合いを詰めていた。


 自分の起こしたアクションに対して老人がどう反応を返すか?


 男には未だ理解できなかったが、理解できないなりにすでに男の中で「建御名方=中山翁」の図式は出来上がっていた。

 それなればむしろかえって通信機越しの声だけよりも相手の反応は伺いやすいというものである。


 だが、そんな微細な精神の変化を窺うかのような行動は結果的に無意味であった。


「な、な、な、な……!?」

「うん? どうしたよ爺サマ? 受け取ってくれたかい?」

「な、何を考えとるんじゃ貴様ぁッ!?」

「何って、奇遇にもリアルの知り合いと出会ったんだ。『フレンド申請』くらい送るだろ?」


 男がやった事といえば老人にフレンド申請を送っただけ。

 だが思った以上に効果はテキメン。


「だからって戦闘中じゃぞ!? ふざけとるんかッ!?」

「ん~? ゴメンねゴメンね~! 俺、あんまゲームとかやらないからそういうの分かんないや!」

「少し考えたら分かるじゃろ!! 許せん、根性叩き直しちゃる!!」


 きっとコックピットの中では中山翁が頭の血管が切れてしまうのではないかというくらいに顔を赤くしていることだろう。


 男は茹で蛸のようになった老人を想像して笑みが心の中から溢れてくるのが抑えきれなかった。


 男だって戦闘中にフレンド申請なんて送ったら雰囲気ブチ壊しになる事くらい分かっているし、この手の完全没入型のVRゲームはそういう雰囲気を大事にする文化があることだって理解していた。

 だいたい知り合いとゲーム中で出会ったからといって、その場でフレ申請を送らずとも後で送ればいいのだ。


 もちろん目の前の老人がこの手の行動を好まない事も分かっていた。


「ホント、昔から冗談の通じねぇ爺さんだ。……だから分かり易い」


 そして老人の次の一撃は怒りに任せた最速の突き、それも真っ直ぐ老人と自分とを繋ぐ真っ直ぐ最短距離で来る事も分かっていた。



 それにメインカメラが復旧中で、サブカメラにラグがあるかもしれないと男は予想していた。

 事実、わずかながらラグは発生していた事は確かである。

 だが、わざわざこれまで老人の突きをすんでの所で回避し続けていたおかげで、そのラグの間隔も間隔的に把握済み。


 故に男も老人の閃光のような突きに対して稲妻のように大剣を振り下ろして合わせる事ができたのだ。

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