32 決着その2

「うおッッッ!?」


 ノブゴロドのパイロット、チート野郎が素っ頓狂な叫び声を上げる。


 擬装用の外部装甲を一瞬で排除したカーチャ隊長のホワイトナイト。

 きっとその光景を極至近距離で見たアイツは戦っていた相手が一切攻撃を受けていないというのにいきなり爆発したかのように思っただろう。


 そしてドラム缶のような外装から解放された白騎士はその次の瞬間には大地を蹴って敵へと飛び掛かっていた。


「なるほど! いくら機体が瞬時に損傷を回復させてしまうとはいっても、一瞬でもダメージを受けるのならば、その一瞬でパイロットを殺せば良いというわけか!!」


 これまでカーチャ隊長は傭兵たちを相手に不殺を貫いてきた。


 機体に鈍重な擬装用の装甲を身に纏っていたというのに輸送機が不時着できる程度の損傷を負わせるためにわざわざビームソードで空中での白兵戦を挑み続けてきたのも無駄な死者を出さないため。


 それは私やカミュが不殺を諦めてもカーチャ隊長は愚直にもただ1人、「殺さない」という事を続けてきた。


 だが私たちにとって「不殺」が目的ではないのだ。

 あくまで余計な恨みを買って、死亡者の御仲間さんたちが敵討ちにきたりしないようにとの配慮。

 あくまで主目的は「ヨーコたち避難民の脱出」だけである。


 むしろ瞬時に損傷を修復するチートを使うプレイヤーを相手に不殺を貫くという事は余計に時間を浪費して、ひいては船団の避難民たちを危険に曝すことになりかねないのだ。

 意固地になって不殺を貫こうというのは傲慢であるとさえ言えよう。


 だが……。


「いんや、そういうわけでもないみたいよ~?」

「あん? え? な、なんで!?」


 後ろから飛んできたヨーコの声に私が慌ててホワイトナイトへ視線を戻すと、カーチャ隊長の白騎士は敵へと飛び掛かりながら腰のマウンターへビームソードの柄を収めていた。


 てっきり私は高出力のビームソードで胸部装甲もろともコックピットブロックを貫き、パイロットを即死させるつもりだと思っていたのだが……。


 私の疑問はその後、0.5秒もする事なく氷解する事となった。


 貫き手、であったと思う。


 あまりに素早い動きであったから確実にそうであったとは言えない。


 敵パイロットはほとんど目と鼻の先といっていいような距離でカーチャ隊長が外部装甲をパージした事で意表を突かれロクな回避行動を取れなかったし、狙ったものかどうなのかは分からないが排除された装甲の一部がノブゴロドの顔面を直撃してそれが敵の視界を一瞬なりとも奪っていたから余計に躱す事は難しかったであろう事は分かる。


 結果として、私が気付いた時にはホワイトナイトとノブゴロドはまるでそのまま抱擁でもするかのような間合いで動かなくなっていた。


 いや、両者ともに動きを止めていたのは1秒ほどの事だろう。


 そのまま純白の騎士は敵機に背を向けるようにターンするとその手にはHuMoの手で一抱えもあるような箱が掴まれていた。


 だがホワイトナイトが背を向け、絶好の機会であるというのにノブゴロドは動かない。


 動けるわけがない。


 何せホワイトナイトの手に握られていたのはノブゴロドのコックピットブロックであったのだから。


「……や、やりやがった!」

「はぁ~、まさか、そんな手があるとはにぇ~……」


 私とヨーコの口から漏れ出たのは誰に聞かせるためのものでもない、ただ己の中の感嘆が声となって溢れ出てきただけのもの。


 だが2人とも互いの顔を見合わせる事なく同じような顔をしていると思ったであろう事だけは分かる。


 カーチャ隊長は己が機体の性能に任せてHuMoの中でもっとも厚いとされる胸部装甲を貫き手でブチ貫き、その内部のフレームに接続されているコックピットブロックを抜き取って見せたのだ。


 これがカーチャ隊長か!


 敵機、ノブゴロドはパイロットが内部にいないというのに大きな穴の開いた胸部装甲は再生を始めてあっという間に何事もなかったかのような姿に戻ってしまうが、当然ながら再び動くという事はない。


 そして白騎士がその手に掴んでいた物を離すと、なんら一切の推進機関も無いというのに空中を浮遊して元の位置へと戻ろうとするが、当然ながらすでに再生してしまった胸部装甲が邪魔してその内部へと入っていく事ができないでいた。


「ふむ、ほとほと面妖な……」


 カーチャ隊長は独りでに飛んでくコックピットブロックに対して呆れかえってしまったかのような声を上げるが、むしろ私とヨーコとしてはそんなカーチャ隊長の技量と発想力に対して呆れかえる始末である。


 これがカーチャ隊長。

 ホワイトナイト・ノーブルのもっとも重要なパーツとして設計されデザインされ、この仮想現実の世界に実装された、運営の愛を一身に受けた存在。

 いわば過酷な運命を背負わされたヨーコとは対極の存在と言えるだろうか。


 私は不殺を貫こうとする事は傲慢であると思っていたが、その傲慢を押し通せるだけの実力を運営から持たされているのが彼女なのだった。


 俗にいう「公式チート」の彼女に対して、運営の目を掻い潜り、その上でできる事をやろうとするチーターが勝てる道理などありはしない。


 むしろ今まさに目の前で起きた事を考えれば、チート使ったくらいじゃカーチャ隊長にはマトモに相手すらしてもらえないのだ。

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