30 対チーター
「チート」とは「インチキ、イカサマ、ごまかし」などを意味する不正行為である。
古くからゲーム内の数値の改竄でキャラクターを強化したり、特定のアイテムを入手しやすくしたり、あるいは敵性NPCや他プレイヤーから視認されなくなったり、あるいは逆に遮蔽物越しにでも敵の姿を視認できるようにしたりなどの不正行為が行われてきた。
多数のプレイヤーたちが凌ぎを削るオンラインゲームにおいては当然ながら利用規約にて明確に禁止事項とされているにも関わらずにその黎明期よりチート行為を行う者は後を絶たない。
このゲーム「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」も高い自由度がウリとなっているものの、チート行為は完全にアウト。
いわゆる垢BAN、アカウント削除の他、チートが行われた端末IDからのアクセスすら受け付けなくなってしまうので別アカウントの作成すら不可能となってしまう。
「クッッッソっ!! なんでオートエイム使ってんのに当たんねんだよ!?」
空中から地上へと戦いの場を移していたカーチャ隊長とノブゴロドの戦闘。
俗に空中戦は三次元の戦闘に、地上戦は二次元の戦闘に例えられるが、そんな事はカーチャ隊長には関係無い。
いや、むしろ大地を2本の脚で蹴って跳躍する事ができるようになってノブゴロドのライフルの火線を回避し続けるその動きはさらに鋭さを増しているようにすら思えた。
それにしてもノブゴロドを駆るパイロット、チートを使うくらいなのだからNPCではなくプレイヤーなのだろうが、よくもまあ恥ずかし気もなくチートを使っている事を白状できたものだ。
恐らくは10代中頃から後半くらいの少年を思わせる敵パイロットの言葉からすると、彼はダメージ無効の他に
なるほど、確かにカーチャ隊長のカモR-1はその俊敏な機動によって敵弾を回避し続けているが、あと一歩のところまでは追い縋っているように見受けられた。
当然、カーチャ隊長のような技量を持ち合わせていない私は2人に続いて地上へと降りた時に敵の射線に入らないよう遮蔽物となる丘陵の陰を選んで降下する。
「カー……、ゾフィーさん!! そいつにダメージは通らない!! でもすぐに動きを止めるハズだ! しばらく持ちこたえて!!」
「サブリナさん! 君も来たのか!」
「クソっ! 新手か!?」
私は丘陵からパイドパイパーの頭だけを出して2人の戦いを頭部カメラで視認しながら背部コンテナからパンジャンドラムを2基発射。
高速回転する空中爆雷はノブゴロドに命中する事なくライフルに撃ち抜かれて爆散するが、敵がその対処に追われている内にカーチャ隊長へと敵への対処法を伝える事はできた。
「しばらく持ちこたえる」。
それだけが私が思い付いたチーターに対する攻略法であった。
すでに私から運営サーバーの上級AIへとチーターの報告は行っている。
上級AIがチートの使用が行われている事を確認し次第、あのプレイヤーは垢BAN措置が行われるハズ。
だがゲーム内世界の時間の進み方は現実世界の10倍という特性上、仮に垢BANが1分後だとするならばゲーム世界内で10分も耐えなければならない。
垢BANが3分後ならば30分後だ。
「ダメージが通らないとはどういう事だね!?」
カーチャ隊長の困惑したような声とともにカモR-1がビームソードを振るう。
赤い光の剣はその凄まじい剣速と剣を振るう機体の機動と相まってむしろ鞭や新体操のリボンを思わせる軌道を作っていた。
ノブゴロドの側面へと回り込むような動きとともに降り降ろされた剣は敵のライフルを、続いて振り上げられた一閃は右腕を確実に捉えている。
にも拘わらずに敵は何事も無かったかのように旋回しながら斬られたハズの右腕でカーチャ隊長にライフルを向けて、斬られたハズのライフルを発射する。
「あンの野郎!! ご丁寧に機体だけじゃなく装備品までダメージが通らねぇってか!?」
カーチャ隊長が狙いを外したわけではない事は先ほどと同じようにノブゴロドの斬られた箇所が赤く赤熱している事からも確かだ。
さらに私たちを嘲笑うかのようにその赤熱していた箇所も急速にその赤さは失われ、元の青白い塗装まで再現されていく。
「ふむ。確かにこれは……、おっと!!」
損傷個所が復元していく様子を確認していたために注意が逸れていたのか、それとも僅かでも気が緩んでいたのか、カーチャ隊長が少しだけ慌てた様子で機体を跳ねさせる。
追ってきた火線を逃れるべくギリギリ敵機を飛び越せるような跳躍の中で宙返りとともにビームソードで敵の頭部を斬りつけるも結果は同じ。
あまりにも不毛な戦いであった。
あのプレイヤーの事はどうやっても倒せない。
別に倒せなくとも時間さえ立てば勝手に垢BANされて消えるハズ。
なのに私たちはこの場にそれまで拘束されて続けなければならない。
「やはり駄目だ! ゾフィーさん、敵が動けなくなるまで回避に専念して!!」
そう言いつつも私の中では徐々に焦燥感が広がりつつあった。
カーチャ隊長も1人のNPCであるので敵がチート行為を行っている事は理解できなくとも、私がこうやって回避に専念しろと言ってそれを信じてもらえれば実行する事は難しくはないだろう。
しかし、だ……。
「ナノマシン……? いや、それにしては万能過ぎるし、修復が早い。修理用オートマトン……? それこそ論外だな……」
私と同じ事を懸念しているのかカーチャ隊長はなんとか敵を倒せないかと思案に暮れているようであった。
そう。
チーターを倒せるかどうかが問題なのではない。
私たちがここに拘束され続けている事自体が問題なのだ。
チーターが垢BANされるのは何分後だろうか?
それまでカーチャ隊長がこの場を離れられないという事こそがマズい。
それまで空中船団を守るのはカミュ1人だけ。
マーカスも南方からの傭兵たちを抑えに行ったままの現状、私たちの戦力の要であるのはカーチャ隊長であるのは間違いない。
その彼女がこの場で身動きが取れず、ヨーコたちの船団に被害が出たらどうなるのだろうか?
もしチーターによってプレイヤーに損害が出たのならば上級AIがチーターと交戦する前に遡って損害を補填をするという事もあるのだろうが、ヨーコたちはNPCである。
しかもヨーコ以外の面々は重要人物には指定されていないだろう。
むしろヨーコを「謎の少女」という強敵キャラに仕上げるために避難民たちは死すべき運命にあるNPCたちである。
仮にチーターの介入によって死期が早まったとして、上級AIがそれを無かった事にしてくれるとは到底、思えない。
やっとマーカスとカーチャ隊長、カミュという規格外の戦力の介入によって彼らの死の運命がひっくり返せるようなものなのだ。
なのにチーターだなんていうふざけた奴の登場でカーチャ隊長がこの場を動けない状況になってしまうだなんて……。
「ふむ。サブリナさん、1つだけ訂正させてくれるか?」
「え?」
ただ無為の時間を過ごす以外にこの場をやり過ごす手段が思い付かずに私は骨が軋むほどに、痛いくらいに操縦桿を握りしめていた。
だが、私もただ1つだけ見誤っていたようだ。
規格外の戦力だと自分で思っていたハズのカーチャ隊長の規格外の程度を。
「あのノブゴロド、サブリナさんは『ダメージが通らない』と言うが、それは違うと思う。どちらかと言うと『ダメージを瞬時に回復する』という方が近いのではないか?」
「うん……?」
「ほれ、斬られた箇所はしばらく赤くなっているだろう? まったくもってダメージが通らないのであればああならないんじゃないか?」
「その違いに意味が……?」
「あるさ。一瞬だけでもダメージが通るのであればなんとでもなる……」
確かに彼女の言は十分にあり得る話ではある。
この手のVRゲームの場合は「ダメージ完全無効」というチートを導入しようとすると、ゲーム本来のものとは異なる物理的な挙動をせざるをえなくなる。
例えばビームソードの斬撃を完全に受け付けなかった事にするならば、その受けたハズの熱量はどこへ行くのだろうか? 蹴りを入れられた時、本来とは異なる反発などの挙動をどうやって蹴りを入れた者に与えるのだろうか?
それらの演算処理を行うよりかは一旦でもダメージは通して、それを無かった事にするのがハードウェア的な負荷が小さいと言えるだろう。
カーチャ隊長はその隙を突くという。
「ふふ、まさか擬装を解く事になろうとはな! カモフラージュアーマー! パージ!!」
自嘲気味に笑いながらカーチャ隊長は機体を敵に突っ込ませる。
そしてカモR-1は爆ぜた。
その身に纏っていたドラム缶のような外装を弾き飛ばし、その中から現れたのは白い騎士。
「ホワイトナイト!?」
「ま、まさか!? ゾフィーさんはナイトハートだったってこと!?」
本来は純白のハズの白騎士の右肩アーマーには赤く「Reserve」、同じく左肩には「1」とペイントされている。
「カモR-1。
「……なるほどね」
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