29 タケミナカタ
旧知の者との再会は懐かしい。
だが、かつて戦士であった男の感性はただ懐かしさに浸る事を許してはくれなかった。
老人のHuMoが繰り出す突きを躱すたびに懐かしさは黒く疑念へと塗り潰されていく。
「これは……、銃剣道……? いや、銃剣格闘か!?」
鋭く突き込まれたライフルの先端の銃剣を躱すと、建御名方はそのまま肩からぶつかってくるような勢いで男の懐へと飛び込んできて手にした銃を振り上げる。
当然ながら、それでは銃剣で突くには間合いが近すぎるのだが建御名方は巧みにライフルを持ち換えて銃床で殴りつけてきた。
この動きこそ男の胸にとめどなく溢れ出てくる懐かしさとそれを塗りつぶす疑念の正体である。
「ったく、懐かしいなぁ、おい! 爺さんと初めてやったのはいつだ? 俺が21の時だったか!?」
「ああ! あん時から貴様は小憎たらしい小僧だったのう!!」
振り下ろされたライフルの銃床をノーブルの左腕に装備されたスパイクを展開して受ける。
一種の鍔迫り合いのような状況。
男の口から出た軽口に老人も応えてみせるが、建御名方の頭部ツインアイカメラはまるで老人が乗り移ったかのように鋭い視線を突きつけてきていた。
それも昔と同じであった。
男が初めて老人と出会ったのは防大の4年時であった。
当時、銃剣道部の部長を押し付けられていた男は面倒ながらも昇段試験に参加していたのだったが、そこで同じく試験を受けにきていた老人と出会ったのだ。
男としては四段への昇進は防大卒業後の部隊配属後にする事で人事評定書類のネタにでもしてやるつもりで、その試験ではわざと落ちるつもりであった。
だが、七段への昇段試験を受けにきていた老人にわざと力を抜いている事を見破られ、その場で勝負を挑まれたのである。
当時、衆院議員であった老人の指名を一介の防大生が断れるわけもなく、二人は試験とは関係の無い特別試合を行う事と相成ったのであるが、そこで老人が仕掛けてきた技は銃剣道のものではなかった。
心技体を鍛えるべく武道として昇華された「銃剣道」ではなく戦場の技。それも銃剣突撃の際に兵が飛び込むであろう乱戦を想定した戦技「銃剣格闘」である。
あの時の二人は生身の肉体で戦ったが故にスラスターなどは使いはしなかった。
それに老人の技は当時よりも老練さ、老獪さを増して随分とエゲツない攻め口であった。
それでも、それでもやはり男には目の前のHuMoが老人そのもののように思われてならなかったのだ。
(どういうこった……? マクロでも組んだか? それともそういうModでもあんのか? いや、この爺さんがポチポチとパソコンに向かってマクロを組むか? それに外部Modの導入なんてチート臭い事を爺さんがやるわけがねぇ……)
男は鍔迫り合いの状況からフットペダルを踏み込んで押し込み、右手はキーボードへと持って行ってスラスターをマニュアル制御で微調整しながら左手で握る操縦桿を押し込む。
男がキーボードで全身のスラスターとバランサーを制御できるのはガレージ内のパソコンで複雑なマクロを組み上げていたからであり、これは基本的にゲーム内の規約には違反しない。
そもそもがゲーム内のパソコンでできる事なのだ。当然ながら同じ事は誰だってできる。それをやるのは自由であるし、その自由度の高さこそ運営がウリとしているものであった。
これがゲーム内で作れないようなものを外部から持ち込んだりとなると話は別。
そこまでくるといわゆるチートの域になってくるというわけだ。
自身が他者と比べて有利になるModの導入もそれは同様。
だが、どう考えても目の前の機体を駆る老人の動きは他に説明がつかないのだ。
もちろんHuMoに銃剣道や銃剣格闘のモーションが使われていてもおかしくはないだろう。
問題はその動きが老人そのものと言っていいほどの再現度であることだ。
男が鍔迫り合いの状態からノーブルのパワーで押しこむと敵は野猿のように素早く間合いを外してから左手をライフルから離す。
「チィっ!?
武神や軍神として諏訪信仰などで語られる
その相撲の中で建御名方は建御雷神に腕を氷や剣に変えられてたじろぎ、そこを投げ飛ばされたのだという。
その逸話が元になったのだろう。
老人の駆るHuMo、建御名方はライフルから離した左手からビームの刃を発生させて殴りかかってくる。
「初見殺しか……。だが、俺とノーブルには通用しねぇよ!!」
老人のビームソードに対して男もビームソードを合わせる。
同種の武装でありながらも当然ながらもノーブルのビームソードの方が遥かに高出力で収束率も高い。
「クソっ!! 鬼に金棒ってか!? 貴様ほどの男ならそんな機体なぞいらんだろうにッ!!」
「足りんなぁ!! ウチの娘は可愛いからなぁ! 悪い虫を払う力はあるに越したことはない!!」
「ぬかせッ!! 貴様が本当に守りたいのはその娘さんだけじゃろう!! 貴様は本当はヨーコちゃんの事などどうでもいいんじゃろうがッ!!」
白騎士王のビームソードに軍神の剣は虚しく断ち切られ、老人はなおも迫るプラズマビームの奔流から身をよじって回避するものの、その左腕はジュージューと装甲表面が溶けて泡立っていた。
「そうだよ!! でもあの子たちが酷い目に合うのを救ってやれば、ウチの娘も喜ぶだろう? そういうわけだからヨーコたちは俺がキッチリ送り届けてやんよ!! 安心してガレージに帰んなッ!!」
男の追撃の一閃は躱されていた。
踵だけで地を蹴って飛び退き、爪先を大地に食い込ませるように前のめりになって老人は突っ込んでくる。
それだけでもHuMoにそのような動きができるのかと驚愕するに値するような繊細な身のこなしであったというのに、さらに建御名方は両肩のCIWSのレーザーガンをノーブルの頭部メインカメラに浴びせてきてさえいたのだ。
一瞬にして視界が白く染まる。
「ふん! 貴様じゃ運営の悪意からヨーコちゃんを守れやせんわい!! 貴様はこれまでの人生、乗り越えられる程度の壁しか当たった事がないんじゃろう!?」
「何を! 聞いた風な口を!!」
さすがにHuMoという兵器体系の頂点に位置する機体だけあってメインカメラは完全に破壊されはしなかった。
自動再調整システムによってメインカメラが復旧するまではサブカメラからの映像に切り替わるが、その少しだけ荒くなった画像も他機種に比べればだいぶマシなものである。
だが、ラグはどの程度のものだろうか?
ネット回線の、ではない。
メインカメラとサブカメラの映像にラグがないとは言い切れない。
そして極限の戦いにおいてはその僅かなタイムラグこそ命運を分けるといっても過言ではないだろう。
「ふむ。旧交を温めるのはここまでにしておこうか? 爺さん、始末させてもらうぜ……?」
程度はともあれ、天秤は老人へと傾いた。
だが男はそんな事などさして気にしていないかのように、さらに老人を煽るような事すら言ってのけていた。
老人もノーブルほどではないとはいえ、ランク10の機体に乗っているのだ。
メインカメラの復旧にさして時間がかからない事くらい当然のように知っていよう。
きっと老人は速攻で勝負を決めにくる。
だが、勝つの自分であると男は理解していた。
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