28 チーター

 1時間ほどの戦闘の末、私たちは北西から迫ってきていた傭兵たちの一団をほぼ無力化できていた。


 南からの一団はマーカスが上手くやったのか、レーダー画面から消えてしばらく。再びその姿を現すということはなかった。


 地表へと不時着した輸送機の内の何機からは傭兵たちのHuMoが出てきていたが、そいつらもこちらに攻撃を仕掛けてくるということはなく、どちらかというと輸送機を守って周囲を警戒しているという雰囲気。


「ね~ね~! なんでアイツらはこっちに攻撃してこないんだろうにぇ~?」

「まっ、私たちが落ちた連中を無視してんだ。藪をつついて蛇を出すような真似なんかしないだろうさ」

「そういう事だ。マーカスさんはそういうのも狙っていたんだろうさ」

「あのオッサンが?」


 いわば私たちが完全に撃墜せずに地上に不時着する事を余儀なくされた輸送機は私たちの人質のようなものであった。


 今のところ、こちらからは地上の連中に攻撃はしない。

 だが向こうから仕掛けてきたならば話は別。

 そして私たちが行うであろう反撃の程度など向こうには分からないだろう。


 ぶっちゃけた話、仮に地上から砲火が上げられてこちらが自衛のために反撃せざるをえない状況になったとしても、こっちだって武器弾薬に余裕があるわけではないのだ。


 むしろ、これからどれほどの追手が来るか分からない以上はギリギリまで節約せざるを得ない。


 だが地上の傭兵たちは自分の身だけが危険に晒されるのならば反骨心から攻撃を仕掛けてくるものもいるだろうが、すぐそばに身動き取れなくなった輸送機がいれば話は別。

 地上への絨毯爆撃を恐れて手出しはしてこれないというわけ。


 そもそも傭兵たちは私たちだけではなく、回収機が来るまで他のハイエナたちからも輸送機を守らなくてはならないのだ。


 もしかするとカーチャ隊長が言うようにこれを見越して不殺だなんだと言い出したというのもありえそうな話である。


「新手の反応を探知! 今度は東から……」

「コルベットをそちらに向けさせろ!」

「いや、待て……」


 新たな敵集団の登場は当然、想定済み。

 新手が二手に分かれてくる事だって十分にあり得る事だろう。

 しかし、北から船団へと猛スピードで接近してきた追手は何かが違った。


「北からは……、1機だけ!?」

「敵機種判明、ランク5『ノブゴロド』。……って、あの機種って空って飛べたっけ?」

「増加スラスターは装備しているみたいだけど……、あんな無茶な吹かしかたをしてたら、すぐに冷却器がイカれちまうんじゃにゃいかにぇ!?」


 私はレーダー画面に表示された機種名がとても信じられなくて、光学カメラからの映像を最大望遠にして北からの敵機を確認してみた。


 ずんぐりむっくりとした丸みを帯びた装甲、曲面を活かした装甲形状は十分に避弾経始の効果を発揮できそうなものだというのに、その上でウライコフ系らしい重装甲を奢られている。


 増加スラスターを装備して推力を強化する事で一時的に空へと上がる事はできるかもしれないが、それはあくまでジャンプの延長線上にあるような機動であるハズ。


 ヨーコが言うようにあんな機体そのものを1発のミサイルにしたかのような飛行なんてしたらすぐに冷却器の限界を超えて状態異常「オーバーヒート」に陥ってしばらくスラスターが使えなくなってしまうハズだろう。


 なんたって敵機ノブゴロドはランク5の機体でしかないのだ。

 ランク5といえばランク4までの機種とは異なる現行機種という世代ではある。

 とはいえ私のパイドパイパーがそうであるようにランク5クラスの機体にそんな性能は無いハズ。


 なのに現にこうして私たちの目の前でノブゴロドは船団目掛けて一直線に突っ込んでくるのだ。


「落ち着けッ!! あのノブゴロドがどのような改修を受けているのかは知らないが落としてしまえば同じ事! 奴は私が受け持つぞ!!」


 3隻のコルベットは船団を東から突こうとしている傭兵たちへと進路を切っていた。


 その中でカーチャ隊長のカモR-1が単騎でノブゴロドへと向かっていく。


「ハアアアアアァァァァァっっっ!!!!!」


 気合一閃。

 赤いビームの刃が疾る。


 真正面からぶつかるかのような反航戦を仕掛けたカーチャ隊長。

 互いの相対速度はどれほどのものであっただろう。

 熟練の技能か、天性の運営が設定した戦闘センスによるものかカモR-1はノブゴロドとすれ違う瞬間に剣戟を見舞っていた。


「やった! さすがは……!?」

「いや、やれてない!?」

「嘘だろ……!? か……、ゾフィーさんが仕損じただと!?」

「う~ん、そういうわけでもないんだろうけど……」


 ビームソードの一閃をカーチャ隊長が外したわけでも、ノブゴロドが回避したわけでもないのは分かる。


 なにせノブゴロドの脚部は両の膝辺りが一直線に赤熱していたのだ。


 ただのカス当たりでなかった事も赤熱した箇所が膝の全周を覆っていた事からも分かる。


 本来ならばカーチャ隊長はノブゴロドの両足を切断し、その結果として敵機は両脚部とそこに取り付けられていた増加スラスターを失って空中にはいられなくなって地上へと落ちていくハズ。


 なのに敵はビームソードを受けてただ被害箇所を赤く赤熱させただけでほぼ被害は無いかのように見えた。


「チィッ!? どういう事だ!? ……ええい、コイツは私が倒す!」


 それでもノブゴロドは空中で姿勢を崩し、その背中へと反転してきたカモR-1が蹴りを食らわせるが、やはり蹴りを受けた背中のスラスターも推力を失わずに盛大に青白い炎を吹き出し続けている。


「お、応急修理用のロボットでも装備してるんかにぇ~?」

「いや、そんなものはどこにも見えなかったぞ? それに修理用ロボットを使ったにしては損傷個所が直るのが早すぎる! おい、ヨーコ!」

「うん?」

「悪いがアンタの身を危険に晒しちまう事になるが良いか!?」

「うん! 行こう!!」


 私の脳裏に浮かんでいたのは最悪最低の事であった。

 できれば間違いであってほしい。

 しかし、そうとしか思えないのだ。


「悪い! カミュ、コルベット1隻はゾフィーさんの回収用に連れてくぞ!?」

「あ、おい! ゾフィーさんならあんな奴、何てことは……」

「ああ、ただの相手ならそうかもしれないけど、奴はチーターだ!!」

「ちいたあ? なんだ、そりゃ?」

「話は後!」


 幸い、東から向かってくる傭兵たちの迎撃にはまだ十分に時間的猶予がある。

 そこで私は傭兵たちの相手をカミュとコルベット2隻に任せて、自分はコルベット1隻とパイドパイパーでカーチャ隊長の救援へと向かう事とした。


 艦長のアシモフと少し打ち合わせをしてコルベットは転進。


 その間もカモR-1とノブゴロドの戦闘は続いていた。


 やはりパイロットの技量としては明らかにカーチャ隊長の方が勝っているし、搭乗している機体自体の性能もカモR-1の方が優れている。


 もしかしてカーチャ隊長は苦痛を感じないように設定されているのかと思ってしまうほどに鋭い旋回でノブゴロドの周囲を何度も飛び回ってはすれ違い様に何度も剣戟を浴びせたり蹴りを入れたり。


 一方のノブゴロドは反撃こそしているもののなんともその動きは普通としか言えない。

 同ランクという事もあってか私のパイドパイパーだって同じ動きはできるのではないかというくらいのものでしかない。


 だが、効かないのだ。


 高出力のビームソードも、カモR-1の全質量と慣性が乗った蹴りも青白い塗装の敵機を破壊する事はできないでいた。


「……間違いない。あの野郎、チートを使ってやがる!」


 徐々に高度を下げていく2機の姿を追いながら私の中の疑念は確信へと変わっていく。


「ねぇねぇ~! さっきから“ちいと”とか“ちいたあ”とか何なのよ~?」

「オメェの父ちゃん母ちゃんよりもよっぽどの悪党ってこったよ!!」

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