21 ヨーコとマーカス
意外な事にそれからの数時間は平穏そのものの道中であった。
……少なくとも平面上は。
艦橋から見える空は青い空を白い雲が流れていく光景ばかり。
外部カメラの地上の映像もただまばらに緑の植物が生える赤茶けた大地ばかり。
もちろん近くに何の施設も無い場所を選んで航行しているのは大船団が襲撃を意図しているのではないかと勘違いを生まないためなのだが、それにしてもカーチャ隊長が採掘場の防衛部隊を撃退してからこれほど何もないとは意外を越えて、むしろ不気味ですらあった。
「ふ~む。ゾフィーさんとカミュ君のコルベットと再合流してからそろそろ5時間というところか……。参ったな……」
「ああ。もしかして脅しが効き過ぎたかな?」
同じ事を考えていたのはマーカスもカーチャ隊長も同じである。
「なあ。私もおかしいとは思うけどよ、何か悪い事でもあるのか?」
傭兵たちの沈黙は不気味ではあるが、それは逆に私たちが戦力をすり減らさずに道程を進めている事でもある。
だがマーカスの声は困惑を越えて何か懸念を抱いているようでもあったし、カーチャ隊長もその真意を聞かずとも同意していた。
だが私の疑問に答えたのはいつの間にかキャプテンシートに収まっていたヨーコである。
「恐らく、傭兵たちは戦力を集結してからの襲撃を考えているって事でしょ?」
「……なるほどね」
「事前にゾフィーさんから傭兵組合には攻撃を躊躇させるために護衛部隊に陽炎がある事は伝えてあったし~、さっきの採掘場で陽炎以外にも有力な戦力があるって教えてあるしにぇ~。散発的な絶え間無い襲撃はそれで避けられたみたいだけど、敵が一気になると~……」
「ああ、それで脅しが効き過ぎたと?」
「そういう事だな!」
キャプテンシートの肘掛を使って頬杖を付いたヨーコの両目は大きく見開かれていて、それでいてどこにも焦点が合っていないようにも思える。
一体、まだ幼い彼女の脳内ではどのような演算処理が行われているというのだろう。
あどけない幼女が発する純然たる機械のようなただならぬ雰囲気に私の背筋に冷や汗が走るのを感じる。
それからしばらくして船団の後方警戒レーダーが緩やかに接近してくる航空機を捉えた時、むしろ私はヨーコが発する異様な雰囲気から気を逸らす事ができてホッとしたくらいだ。
「感有り。……傭兵組合所属のHuMo搭載型輸送機!」
「おいおい、どんどん増えてくぜ?」
「予想は的中ってとこかにぇ~」
「進路そのまま! 各機長、搭乗各員にシートベルトを付けさせろ! ガキが泣いても放っとけ!」
コルベットのレーダーに映る輸送機の数は徐々に増えていく。
傭兵組合の輸送機が私たちの船団のようなポンコツを騙し騙し使っているような物であるわけもなく、本来であればもっと一気に距離を詰めてこれるハズ。
なのにジリジリを焦らしているかのようにしか詰めてこないのはやはりもっと大部隊の集結を待っているという事なのだろう。
私の中で焦燥感が募っていくがマーカスの不安を微塵も感じさせない毅然とした号令は救いであった。
「……ったく、虎やライオンみたいに強くなくて、狼やハイエナほどには群れないのがジャッカルでしょうににぇ~?」
「群れない獣でもバケモンみたいな羆を倒そうと思ったら手を組む、ってこったろうな」
続々と増えていく傭兵たちの輸送機を目の当たりにしてやっとヨーコの表情に子供らしいものが戻ってくるが、それは怯えという表情であった。
すぐ隣にいる子供の表情に人間味というものが戻って私はホッとするが、それと同時に罪悪感も感じて何とかヨーコを宥めようと軽口が咄嗟に口から出てくる。
私以外、カミュもゾフィーも、もちろんマーカスだって羆のように強いんだから心配すんなと言って頭を撫でてやりたいくらいである。
……まあ、私の担当様に至っては獣で例えるよりかはもっとこう、「悪魔」とかそういう形容詞の方が似合うような気がするのだが。
ふとそんな事を思いついたが、昔話で悪魔の力を借りた者の末路が大概はどうなるかという事を思い出して口には出さないでおく。
「それじゃ“後ろ”は俺が相手しようか……」
「うん? おいおいオッサン、『できるだけ傭兵は殺さない』んじゃなかったのかよ? 陽炎の殲滅力なら戦えない事もないんだろうけど、向こうにも死人が出るぜ?」
「カミュ、私たちは“前”だ」
「え……?」
私もそうであったようにカミュもそうであったようだ。
後方から少しずつ数を増やしつつじりじりと距離を詰めてくる輸送機群とは別に私たちの前方にも新たに輸送機群が出現していたのだった。
「後ろは貴方1人に任せていいという事だな、マーカスさん!?」
「ああ。サブちゃんも前だ。3隻のコルベットは船団の前に出てV字編隊を作れ。前段右翼がカミュ君、前段左翼がゾフィーさん。後段がサブちゃんだ」
「サブリナさん。本艦はマーカスさんの指示通りに増速します。ヨーコさんとともにパイドパイパーのコックピットへ……」
艦長役のアシモフ・タイプの口調は穏やかなものでありながらも有無を言わさぬものであった。
船団内の全てのアシモフ間でデータリンクが行われているのであろう。
すでに3隻のコルベットは加速して船団から離れつつあった。
それと同じくマーカスが乗る大型輸送機も速度を落としていく。
「さあ、ヨーコも、ここにいるよりはパイドパイパーのコックピットの方が安全だから……」
「……うん。ちょ、ちょっと待って!」
艦長が言う私とヨーコにHuMoに乗れというのはこれからいつこの艦が沈んでもおかしくはない状況に突入するという意味である。
非常で、非情の決断。
コルベットもアシモフたちも使い捨てにする想定で、アシモフたちは記憶のバックアップを取っているとはいえ、彼らロボットの高度な人格AIが恐怖を感じないわけではないのだ。たとえ使用者へ奉仕するという目的意識が刷り込みされていても。
「アンタたち、新型躯体用のマニュアルをまた一から読み込まなきゃいけないってどれほど面倒か少しは理解してほしいんだけどにぇ~……」
ヨーコもアシモフの心配りの意味は理解していたようだ。
それでも彼女は「死ぬな」とは言えない。
その舌の根も乾かない内に今度は彼らを捨て駒として使わなければならないかもしれないのだ。
まだ幼い子供はロボットたちのボディーの小さな傷の一つ一つを覚えているかのように艦橋内の面々を見渡してからキャプテンシートの肘掛に設置されていたマイクを手に取ってシートから飛び降りる。
「マーカスさん、ひとついいかにぁ~?」
「なんだい?」
加速によって振動する艦橋に両の足でしっかりと立ったヨーコはレーダー画面を見ながらマーカスに話しかける。
「貴方が乗っている陽炎。それは私が頑張って弄り回して本来の性能を大幅に逸脱するほどに強化した機体なんだにぇ~。家族を守れるように、仲間たちを守れるようにって……。でも今は貴方が乗っている事からも分かるように、その陽炎にそんな力は無かった。だから、いざとなったら命を大事にして離脱しても私は文句は言わないよ~!」
「ふざけた話だ!!」
アシモフが私たちにしてくれたような、それはヨーコからマーカスへの心配りであった。
だが、湿っぽい話はお断りとばかりにマーカスは語気を荒くして彼女の提案を一蹴する。
「君の父親は最後まで戦っていたぞ!?」
「……知って、いたんだ」
「え? おい、どういう事だよ? なんでヨーコの父親の話が出てくるんだよ!? そもそもお前、ヨーコの父親が誰か知っているのか?」
不意に出たヨーコの父親の話。
たしかに難民キャンプの襲撃を仕掛けてきたハイエナがヨーコたちの親世代だったとしたら戦場で出くわしている可能性は十分にある。
だがどの機体のパイロットが彼女の父親かなんて分かるものだろうか?
「サブちゃん、あの難民キャンプ襲撃に参加していた陽炎は4体、しかし強化された個体は1機だけ。他にも有象無象の機体があったが君は強化された機体なんて見たかい?」
「……いや。見てない」
「ヨーコ君のような子供が寝る間も惜しんで改造に心血を注ぐような機体って、誰が乗る機体だと思う?」
「あっ……」
つまり今はマーカスが乗る陽炎は元々はヨーコが彼女の家族のために強化した機体だったという事。
そしてマーカスは陽炎のパイロットの性別と年頃から彼女の父親だったと推察したわけだ。
「君の父親は接近戦には向かない陽炎で組み付かれても必死に振り払おうと機体をブン回していたし、コックピットハッチをこじ開けられても両手を上げて降伏しようなんてせずに俺を睨みつけて腰のホルスターに手を伸ばそうとしていたぞ!! いいか? 君の父親は最後まで必死で戦って死んだんだ! 君はそれでいいのか!?」
まあ、マーカスの言う事は間違っちゃいないんだろうけどさ。
でもさ、アイツ、陽炎のパイロットを虎代さんとこのマサムネと2人がかりで射殺した後で、2人して遺体をその辺にポイッと放り投げてたよな?
よくもまあ、そんな扱いをした者の娘にそんなデカい事が言えたものだと思う。
つい先ほど思い付いた形容詞は彼の本性を現すにピッタリだった。
私が思っていた以上に!
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