45 指揮官の資質

「よっ! お疲れ~!」

「お疲れ様でした」

「お疲れ様です」

「差し入れのドーナッツ頂いてますけど、コーヒーでいいですか?」


 少女がミーティングルームへと入るとそこには各プレイヤーの補助AIたちが口々に労いの言葉をかけてくれた。


「ナイスファイト! あそこまで削ってくれたらライオネスさんも戦い易いとおもうよ!」


 さらに先に撃破されていたヒロミチが少女の健闘を讃え、そして……


「お疲れっス~!!」

「どうも~! お邪魔してま~す! ドーナッツ持ってきたんでオヤツにどうぞ!」


 第3戦目に出発する前にはいなかった長身の女性とその補助AIである男性。


「虎ディ……、えとライオネスさんの御姉様? どうしてここへ?」

「ウチの妹がイベントでやる気になってるって聞いたもんで、なら応援にと来てみたっス!」


 一同に促されて着席するとドーナツの大箱を差し出され、アシモフが淹れてくれたコーヒーも添えられる。


 だが甘さの極まったアメリカンスタイルのクリームドーナッツも酸味の強い浅煎りのアメリカンコーヒーも少女にはどこか現実感の薄いものであった。


「うん? どうした? ヤられた事を気にしてんのか?」

「あ、いえいえ。やはり何度、体験しても死ぬというのは慣れないものでごぜぇますわね……」

「ああ、分かるよ。死の瞬間の事はシステム的に忘却されるようになっているとはいえ、死地から一瞬で危険の無いガレージに戻ってくるってのはふわふわした感覚だよね」


 いつもは大雑把な性格のトミーが目ざとくどうしたのかと聞いてくるが少女は先ほどの不思議な感覚を上手く説明できる気もしなかったし、話したとて理解してもらえるとも思えずに話を濁す。


 自身の様子に友人の姉はどこか顔を顰めたような気がしたが、彼女はこのゲームの運営チームの一員である。

 ゲームをプレイした結果、精神的に不調をきたしたのではないかと心配したのだろうか?


 さりとて奇妙な体験なせいだと言うつもりにはなれず、少女は一人合点しているヒロミチの話に乗る事にした。


「そ、そうですわよね! 今までドンパチやってたのに気付いたらガレージにいたというのはなんというか現実感の乖離というか。そもそもどっちもゲームの世界の話だというのは分かっておりますけど!」


 違う。

 そんな事は分かっている。

 そもそもヒロミチが言うようないつも自分が味わっているふわふわした感覚ではなく、今、自分を苛んでいるのは重く圧し掛かるような倦怠感だ。


 それでもそれを他者が理解できるとは思えなかった。


 自分がHuMoを操縦しているのではなく、まるで自分自身が紫電改であったかのような感覚。

 そしてその後の虚脱感。


「そういえば、試合は今どのように?」

「ああ、サンタモニカさんが撃破されてすぐにライオネスさんが到着してすぐに1機を撃破。今は1対2の状況。まだ機関銃持ちは来ていないよ」


 もどかしさから話を逸らすために試合の趨勢を問うと、一同は壁掛けテレビへと視線を移す。


「サンタモニカさんがギリギリまで持ちこたえてくれておかげで随分と助かったと思うよ。数の上では不利も不利だけど、HPは削れてるし、なにより一番に厄介な事態だったのはライオネスさんが1人になった時に敵がどこにいるのか分からないって状態だからね」


 画面の中のニムロッド・カスタムは目まぐるしく動き回り、つい先ほどまで友人の機体がいた位置を追うかのように敵機の射撃が着弾して雪やら土やらを高く巻き上げている。


 スカイグレーのニムロッド・カスタムを追う2機の蛍光イエローのラインが入ったニムロッドU2型。


 まだ勝負の行方は分からないが、それでも少女はどこかほっとしている事に気付く。


「勝った」と言えば周囲の者たちにおかしく思われるだろうかと何も言わないが、友人がこれから負ける事など想像もできない。


「おっと、それじゃ私たちはそろそろ帰るっスね~!」

「あら、妹さんの試合を見ていかれないのですか?」

「いやいや、差し入れ持ってきただけっスから!」

「それでは私たちはこれで。あ、妹さんにもドーナッツ食べてもらってください」


 これから始まる大逆転劇を予感していた少女とは裏腹、友人の姉とそのパートナーは急に帰るだなどと言い出す。


 まあ、イベント中という事もあって運営チームにも色々とやる事があるのだろうと一同は大袈裟に手を振って返っていくディレクターを見送り、すぐに視線をテレビモニターへと戻した。






 女はガレージの硬いコンクリートの床をカツカツと足音を響かせながら速足で歩く。


 普段は温和な人柄で知られる女がそのように神経質に振舞うだなど珍しい事である。


 プレハブ式のミーティングルームからしばらく離れてから女は振り返って誰も付いてきていない事を確認して自身のパートナーへと話しかけた。


「……マズいっスよ」

「どうしました?」

「分かってるっスよね? あのボンキュッボンの子っスよ!!」

「ああ、胸だけ弄ったアバターの自分に対してリアルグラマラスボデーの子に格の差を感じたと?」

「違うっス!!」


 茶化してくる相棒の顔を見ると柔和な笑顔の優男であるハズのマサムネが苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 やはり自身と同じ事実に気付いているのだ。


「あの子、やっぱ『CODE:BOM-BAーYE』を発動させてたっスよね……?」

「ええ、詳しくは解析が必要でしょうけど、私の直感で良ければ間違いなく……」

「もし、っスけど、根拠が有れば聞いておきたいっス……」

「ふむ」


 女の問いにマサムネは少しだけ考え込んだ後、速足になって自身の主を追い越す。


「基本的にHuMoってのは左右の足を交互に地に着けて歩いたり走ったりするじゃないですか?」

「そうっスね。でも、それが何か?」

「あのサンタモニカとかいうプレイヤー、1対3になった後でたまにこんな脚の動きをしていたのは見ましたか?」


 そう言うとマサムネは右脚、左足、左足とステップを踏むようにしてみせた。

 それはスキップのようでもあり、急に両脚を地に着けて停止したところなどは子供の遊びである「けんけんぱ」のようにも見えた。


「もちろんHuMoも絶対に左右の足を交互に地面に着けるってわけじゃないんですけどね。でも、たとえばそれはバランスを崩して倒れそうになったとか、そういう時に限った話です。でも先ほどのアレはそういうわけじゃない。あのプレイヤーはダンスをするかのように回避行動を行っていました」


 マサムネの話は確かに理屈に適っている。

 女は相棒の話す論理に破綻が無い事を確認して深く頷いた。


「さらに言うなら……」

「なんスか?」

「最後にあのプレイヤーが見せた剣での一撃。あの時に見せた動きってランク4の機体じゃ無理でしょ?」


 サンタモニカの機体である紫電改が装備していた長剣のような特製ブレードは元は双月の飛行用プロペラを廃品利用で作り上げたオリジナルの一品であるらしい。


 当然ながらそんなオリジナルの武装に対する攻撃モーションなど存在しない。


 恐らくはトヨトミ系の機体に装備できる密林戦用の装備である洋鉈マチェットのモーションを流用しているものと思われるが、紫電改はあくまでランク4のいわゆる低ランクと呼ばれる機体。


 普通に振り回す事くらいはできるのだろうが、サンタモニカは先ほどの戦闘で撃破される寸前、背部ハードポイントに手を伸ばした状態からタイミングを見計らって一気に振り抜いてみせたのだ。


 おまけに脚を開いて腰を捻るという斬撃の威力を増す工夫もあった。


 結果的に紫電改が装備していたブレードはただの硬くて長い板という事もあって相討ちにすら持ち込めなかったが、敵ニムロッドのHPを減らす事はできていた。


 本質的にあの特製ブレードはあくまで有り合わせの急造品。たとえばHuMoの腕部などは破壊できるかもしれないが、胴体を一刀両断できるようなものではないのだ。


 だが、それも紫電改がもし本物の武器を装備していたなら分からない。


「でも、おかしいですよねぇ……」

「ええ、『CODE:BOM-BAーYE』を発動できるのはあくまで勝利を疑わずにとことん勝利に向かって突き進めるような人だけのハズっス。聞けばあのサンタモニカって子はこれまで何度も撃破された経験があるみたいだし、今回のつい前の試合でも撃破されちゃってたって話っス……」


 それが2人を困らせていた。

「CODE:BOM-BAーYE」とはあくまで特異な人間しか発現できないハズなのだ。


 心のどこかで「勝負事なんだから負けることだってある」だなんて考えてしまうような人間では駄目。

 そんな事など思い付きもせずにとことん敵に食らいついていって闘争に必要な脳内物質を垂れ流しにして初めて扉が開かれる。そんな世界だ。


「まさか玲於奈ちゃんの『CODE:BOM-BAーYE』は仲間に伝播する……?」

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