44 闘魂注入
熱かった。
ただただ熱かった。
身も凍えるような吹き荒ぶ吹雪の只中にいながら、周囲の環境と隔絶する生命維持装置が動作しているハズのコックピットの中にいながらただ熱かった。
胸の内で渦巻くその炎の名を少女は知らない。
ただ轟轟と燃え盛る炎に突き動かされて全身を動かすのみである。
自機に残されたHPはどれほどだろうか? 目まぐるしく動き回りながらこちらに向けてライフルを撃ちまくる敵機を相手にサブディスプレーを確認している余裕などはありはしなかった。
どのみち愛機である紫電改の装甲は頼りにならないものである。
つまり被弾=貫通。
つまりは小賢しい被弾時の防御テクニックなどは何もいらない。
ただ敵弾を回避し続けるのみである。
幸い、少女が駆る紫電改はカタログスペック自体は控えめなものの、小型機故に小回りが効き、しかも今回の戦場である雪原でも機動力の低下は最低限。
対する敵機は3機もいるが大柄の機体故に大質量。雪原に足を取られて持ち前の性能を発揮しきれないでいる様子。特に方向転換時の減速は凄まじい。
だが少女とともに戦う僚機は今はいない。
ただ一人で戦う少女に3機の敵の火線は集中しダメージは蓄積していく。
(でも今さえ耐え凌げれば……!!)
現状で敵チームを1機も落とせていないのに、こちらは2機も先落ちしている状態。
現在は敵3機と自分ただ一人が戦っている状態である。
端的にいうなら絶望的な状況。
それでも少女はただ1人残った僚機を駆る友人さえ駆けつけてくれさえすればという思いがあった。
そう友人である。
友人とは何だろうか?
楽しい時を共に過ごすだけで友人足りえるのだろうか?
少女はそうは思わない。
少女にとって「友人」とは敬意を払えるだけの相手の事であった。
少女には親の伝手で紹介された名家の子女の「学友」ならばいくらでもいる。
母には子育ての苦楽を共有する「ママ友」がいるだろう。
だが「友人」とは“学生”だとか“子育て中の母親”だとかそういうカテゴリーを超越した“人”として友となりえる存在だと思っている。
故に少女にとって友人と呼べるのは獅子吼玲緒奈ただ1人である。
その獅子吼玲緒奈が今まさにこちらに向かっているのだ。
故に絶望的な状況下にあって少女は絶望など微塵も感じてはいない。
ただ死力を尽くして戦うのみ。
どれほど不利な状況であろうとそんなもの笑いながら吹き飛ばしてくれる。
そんな期待感が獅子吼玲於奈にはあった。
“獅子”吼“玲緒”奈。まさに「身は体を表す」という諺どおり、いったい小さな体のどこからそんな力が湧いて出てくるのか不思議に思えてくるほど獅子奮迅のファイトを見せてくれる少女。
この四月に同じクラスになった時に一昨年のJKプロレス全国大会覇者がクラスメイトになると知った時、少女はしばらくお目当ての人物を見つけられなかったほどである。
それほどに獅子吼玲於奈という少女は細く小さく、到底、JKプロレスという過酷な競技に耐えられるとは思えないような華奢な少女であった。
小さいだけではない。体質故に陽に焼けにくいらしく肌は白く、おまけに皮膚が薄いのか目元などは天然のアイシャドーを引いているかのようである。
JKプロレスどころか、頬を張られただけで皮膚が裂けて出血してしまうのではないかと心配になってくるような、ハッキリ言ってしまえばJKプロレスどころかあらゆる格闘技に不向きであるような人物である。
精々、貧血対策や運動不足の解消のためにボクササイズでもやっているのがお似合いの小さな少女がどうして日本全国のJKプロレスラーを薙ぎ倒して王者になったと信じられるだろう。
不思議に思って一昨年の全国大会の動画をネットで漁ってみればそんな少女がバッタバッタと圧倒的に体格の優れたレスラーを打ち倒し、残虐ファイトを嗜む悪役レスラーをそれ以上に遠慮の無い戦いぶりで圧倒して勝ち進んでいたのを観た時には圧倒されるのを通り過ぎて呆れてしまったほどだ。
パソコンの前で少女が注目したのはその悪役レスラーとの戦いで見せた獅子吼玲於奈の遠慮の無さ。そして彼女の線は細いが瞬発力としなやかに優れた筋肉であるが、さりとてそれだけではないような気もしていた。
まるで現代社会に住む人間ならば誰しもが持っているだろう精神的ブレーキを取っ払ってしまったかのような遠慮の無さ。
猫科の猛獣を思わせるしなやかに伸びる筋肉から繰り出される瞬発力。
でも、それだけではない。
その答えは共に同じゲームをやるようになってから少女自身で実感する事となった。
一見は冷静かつ果断。そんなプレイスタイルのゲーマー。
だが一度ギアを上げた時に見せる底無しの闘志はまさに息を飲むほどに光り輝いて見えた。
故に少女にとって獅子吼玲於奈とは敬意を抱くに足る、唯一と言ってもいい友人であったのだ。
獅子吼玲於奈にはどんな不利でも何とかしてくれるという期待がある。希望がある。光がある。
彼女を現す異名の一つ「
かつて彼女の試合を見る観客がそうであったように、少女も今まさに獅子吼玲於奈の幻想に後押しされて操縦桿を握りしめていたのだ。
「サンタモニカさん! 状況は!?」
「まだ弾は十分にありますわ!!」
状況を問う友人の声に少女はまだ勝てると答えていた。
このまま敵を殲滅するまで弾を撃ち続ければいい。
理論上は可能。
少女はそれを不可能な事だとは考えなかった。
それに友人の声を聞いて少女は胸の中の炎が一際に大きくなっていくのを感じていた。
精々が50kgそこそこしかないような小さな少女が公称で100kg以上あるJKレスラーを投げ飛ばしてリングにホールドする。
そっちの方がよほど不可能に思える。
そして少女は友人に敬意を抱いているのと裏返しに自身の無様を友人には見せたくなかったのだ。
だから必死に敵に食らいついていく。
もはや頭部ツインアイカメラに張り付いた雪は自分自身の目に飛び込んでくるかのようであり、小刻みにフットペダルを踏み込んで機体を振り回すのも自分自身が雪原でステップを踏んでいるかのようにさえ感じていた。
敵弾を躱す度にコックピットの中で縛り付けられた肉体がGを感じるのもどこか他人行儀であり、サブマシンガンを敵機に向けようとすると作用する照準補正も脊髄反射のように自然に感じられる。
軽くジャンプしたタイミングで膝を屈ませながら太腿のハードポイントに取り付けた弾倉を取ってサブマシンガンに装填して直感的に敵のいる方向に向けて連射。
敵も業を煮やしてか少女を取り囲むようにして距離を詰めてくる。
接近戦で勝負を決めようという事だろう。
(……ああ、熱いでごぜぇますわねッ!)
少女は雪原の只中にいながらこれ以上無いほどの熱を感じていた。
距離を詰めてくる敵の1機にサブマシンガンの連射が命中。
だが3発の命中弾の内の1発はニムロッドU2型のほどよく傾斜した装甲に阻まれてあらぬ方向へと飛んで行ってしまう。
少女とて狙いが甘いつもりは無かったが、それでも連射で跳ね上がった方向から放たれたが故に至近距離といえども入射角が甘くなってしまったのだろう。
それすらも少女は愉快に感じていた。
(面白いッ! ならば、これでお相手いたしますわ!)
少女は背部に背負った特製ブレードへと手を伸ばす。
敵はライフルを小脇に抱えるようにしながら射撃とともに突っ込んでくるのを右へ左へステップを踏んでその時を待つ。
敵機のライフルの先端に取り付けられた刃が輝く。
その輝きを見た瞬間、少女は背負っていたブレードを一気に振り下ろしていた。
気が付くと少女はガレージの入り口で立ち尽くしていた。
いつものガレージではなく今回のイベント用に割り当てられたチームガレージである。
だがその感覚は幾度となく味わってきたもの、死亡判定によるガレージバックである。
少女の前にはつい先ほどまでの自分があった。
愛機である紫電改には整備員が取り付いて整備を始めており、取り外されたコックピットブロックには細長い破孔が。
それを見て少女は自身の胸の内に手を当ててみるも当然ながら仮想現実の肉体にもパイロットスーツにも銃剣を突き立てられた形跡は無い。
「……それにしても今の感覚は一体…………?」
全身を支配する虚脱感の中でそれでも少女の口から出たのは不可思議な体験への何だったのだろうか?
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