41 雪原を追われながら
私たちはスラスターを使って全力で後退しながら話し合っていたが埒が明かない。
そこで私はチーム全体で目指すべき共通認識を作るために1つの提案をしていた。
「……距離を詰めましょう」
どうやって?
私自身、具体的な案は無いもののとにかく距離を詰めなければ勝ち目はないという事だけは明らかだった。
私のニムロッドが装備しているバトルライフルはともかく、中山さんのサブマシンガン、クリスさんのアサルトカービンは中遠距離では連射時の弾がバラけてしまうし、貫通力の距離減衰も大きい。
つまり距離を空けた状態で撃ち合ってもこっちの弾は滅多に当たらない上に、当たっても弾かれる可能性があるのだ。
だが距離さえ詰めてしまえばこちらの弾だってニムロッドの装甲ぐらい難なく貫通できるハズ。
「……ヒロミチ。予想で良いけど、こっちと向こう、チーム全体のDPMはどっちが上だ?」
「DPMってなんの略語でごぜぇますか?」
「ダメージ・パー・ミニッツ。分間ダメージ量の事だよ。撃てるだけ撃ちまくって、その全てが命中して貫通したとしてどれほどのダメージが期待できるかってことだね」
私の意を汲み取ってクリスさんが問う。
なるほど確かに今の私たちには何か頼りにできる根拠が必要である。
だがヒロミチさんの返答は芳しいものではなかった。
「多分だが、DPMだけなら互角ぐらいじゃないか? だが……」
「だがなんだい?」
「DPM勝負になったら先に
サムソン製の機体であるニムロッドU2型は装甲が頼りにならない代わりにHP量が多く11,200。向こうのチームはそれが4機。
一方、こちらのチームは私のニムロッド・カスタムⅢが12,800。装甲で耐えるタイプのカリーニンが10,450。トヨトミ系の中でも小型の紫電改が9,200。ランク3の機体である烈風が7、600。
私たちのチームはいわば試合開始時点でHPでアドバンテージを取られている状態。
それが今はカリーニンの残HPは4,225、烈風は3,792。
敵のバトルライフルと軽機関銃の単発火力が1,250である事を考えると心細いものである。
「つまり私たちは不意打ちの先制攻撃でヘルス格差を巻き返さなきゃいけないって事ね?」
私たちは決断を迫られていた。
ここまで後退を続けてきた私たちだが、ついに5km四方のステージの端へと近づいてきていたのだ。
今は敵の姿は見えない。
恐らくは敵チームは3機と1機に別れた後に一度合流し、それから私たちを追ってきているのだろうが、絶大な火力を誇る代わりに重量が嵩む機関銃持ちが一緒にいるために速度が上がらないのだろう。
だがそれもいつまでもというわけにはいかない。
ステージ全体を埋め尽くす雪は私たちのスラスターによって巻き上げられて、吹き荒ぶ吹雪でも隠し切れないような痕跡を残していた。
追うだけならばこれほど簡単な環境はないだろう。
「こういう作戦もあるって1つの提案なんだが……」
「なんです?」
そこでヒロミチさんがあくまで控えめに切り出す。
「今回のイベントはあくまで勝率よりも勝利数が大事な事は分かるよな?」
「……だから何だよ?」
「勝ち目が薄くて時間のかかりそうな試合はとっとと諦めて、次にかける手もあるって話だよ」
彼の言葉を予想してかクリスさんは随分とぶっきらぼうな言葉で返し、続けて予想通りのヒロミチさんの言葉が出てくると私も中山さんも思わず鼻で笑ってしまっていた。
「あれ? ライオネスさんもサンタモニカさんもクリスも、なんで皆、俺に銃を向けてんの?」
「ええ、ちょっとソヴィエト式の戦意高揚法を思いついたんで……」
「ヒロミチィ~、敗北主義者はいらんと思わんかぁ~?」
「炎上した烈風の残骸を囮に敵を挟撃してみるっていうのはどうでしょう?」
味方に銃を向けられる。
ヒロミチさんの提案はそれくらいに馬鹿馬鹿しいものであったのだ。
「わぁ~ったよ。あくまで戦うわけね」
「1つ教えて差し上げますわ。『楽に拾えるものは拾いにいく』『火中の栗も拾いにいく』、両方やってウチの一族は成り上がってきましたのよ」
「はっ、まるで中山家みたいな物言いだね。まっ、あくまで勝ちを狙いにいくっていうんなら乗ってやるよ」
本当は彼だってその気だったのだろう。
自分以外のチームメンバー全員から銃を向けられてもヒロミチさんはけろっとしていた。
「ヒロミチさん、私たちが目指すのは今回のイベントで上位を狙う事じゃないでしょう。もちろんイベント上位は狙いますが、そこはただの通過点に過ぎない」
「そうだ。私たちが借りを返しにいく奴はきっとこんな事じゃ躓かない。ちょっとやそっとの強敵相手に尻尾を巻いてスタコラサッサだなんて私は自分自身を許せないね」
私には一発逆転の妙案なんてものはなかった。
クリスさんもそうだろう。
中山さんも。
それでも私たちは負けを良しとはしない。
この時、私の頭の中で思い起こされていたのは正式サービス開始のあの日、数万のプレイヤーに追われながらも湖の中に逃げ込み、制限時間一杯難なく逃げおおせたノーブルを奪ったあのプレイヤーの事だった。
私にはあのプレイヤーのような妙手鬼手は無い。
それでも今度こそはと、操縦技術を磨いて屈辱を胸に戦い続けてきたのだ。
クリスさんも言うように強敵だからと逃げるつもりはない。
むしろ強敵だからこそ、戦う意味がある。
千載一遇の機会をどうして自分から捨てられるだろう。
「ところで、さっきのサンタモニカさんの話で一つ思いついたんですけど……」
それはあくまで苦し紛れの一手に過ぎない。
上手くハマるかも分からない。
上手くいってもこの状況をひっくり返しきれるかも分からない。
下手すれば自滅しかねない手ではあったが、私たちから打って出れる唯一といってもいいような手であった。
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