42 追い込み猟

 深呼吸なのか。

 溜め息なのか。


 独り自嘲気味に考えながら再び深い息を吐く。


 すでに何度も確認したが、それでも心の奥で顔を覗かせる不安に私はサブディスプレーに表示させている詳細設定の項をまた確認していた。


 廃熱機構の動作レベルは最小値に設定されている。

 また熱感知カメラの感度設定も少し弄ってみたが、現状以上の設定は見つからない。


 コックピットブロックの内側壁面に表示されているメインディスプレーはサーモグラフィーと合わされて青く染まっているが、ただ一点、右手側の空に仄かに黄色く表示されている箇所があった。


 吹き荒ぶ吹雪の只中にあって熱を発するその物体の正体はヒロミチさんの烈風から投棄された増加推進剤タンクである。


 私たちは分散する前に烈風から投棄された推進剤タンクをビームソードで損傷させて炎上させていたのだ。

 HuMoの推進剤に使われている物質は現実世界のガソリンやロケット燃料などに比べて非常に安定している物らしいが、摂氏数万度というプラズマ・ビームならば火を付けるのも難しくはない。


 私が思い付いた作戦とは火を付けた推進剤タンクで敵をおびき寄せて、そこを挟撃するというものである。


 冷却器の廃熱機構の活動を絞っていたのも、機体の廃熱から私たちの位置を悟られないようにするため。

 そのためにこうして丘陵の陰に身を隠して立ち止まっていても徐々に機体内部の温度は上がっていくが、幸いにも廃熱には余裕のある構成であるのでしばらくはオーバーヒートの心配はない。

 少しくらいの熱ならば吹雪がすぐに散らしてくれるだろう。


 だがチーム間のHP量で大幅に水をあけられている以上、この策が上手くいったとしてもけして万全のものとはいえない。

 いや、そもそもこれは作戦と呼べるようなものなのだろうか?


 私以外の3機も同じく廃熱機構を最小限にして移動しているハズだが、上手く移動はできているだろうか?

 一応、推進剤タンクを投棄した地点から丘を1つ越えて側面へ回り込むように動いているハズだが、私に比べて移動距離が長くなっている。


 移動の途中で敵が来てしまえばこの作戦の価値は半減してしまうだろう。


「…………来た、か……」


 そんな事を考えているとサーモグラフィーカメラに新たな熱源が捕捉された。

 敵チームは私たちを追うために盛大にスラスターを吹かしてやってきているために上空高く温まった空気が上げられていたのだ。


「ん~……? こりゃ何機だろ?」


 敵チームがもうもうと上げる熱せられた空気は吹き荒ぶ風によってかき混ぜられて散らされて、敵機の数は判別できない。山裾という事もあってか敵の駆動音も反響が大きくて判別不能。たとえばこれがヒロミチさんとこのアシモフみたいなロボットだったらもっと上手く解析できるのかもしれないが私には無理!


 丘の斜面に身を隠している状態ではレーダーで探る事もできないし、そもそもが隠密作戦中なわけで通信やレーダーなど電波を出す行為は攻撃開始まで止めているのだ。


「ま、出たとこ勝負でいくしかないわね……!」


 敵の数は分からず、味方の状況も定かならず。

 それでも敵チームが上げる熱は炎上する推進剤タンクへと近づいていく。


 もうここまできたら腹をくくるしかない。


 私は今度こそしっかりと深呼吸をしてフットペダルを踏み込む。

 移動を開始しながらタッチパネル式になっているサブディスプレーを操作して冷却器を最大レベルに再設定。


 丘の上から上半身だけを出したニムロッドのメインカメラに飛び込んできたのは推進剤タンクの近くまで来ていた3機のニムロッドU2型。いずれも銃剣付きバトルライフルを装備している機体だ。

 他にレーダーがもう1機の敵機の姿を捕捉。


 距離こそだいぶ違うが3機が2時の方向、1機が11時の方向といった位置関係。


 私はその場でニムロッドを膝撃ちの状態にさせようとするが、足が雪で滑って1、2mほど斜面をずり落ちるがなんとかそのまま射撃体勢に移れそうなのでそのまま射撃を開始。

 むしろ僅かでも山の尾根に機体を隠す事ができたので結果オーライ。


 ロックされた敵に照準を付けてトリガーを引くと一直線に伸びていく84mm砲弾は敵機へと突き刺さる。


≪命中! 敵HP 11,200→9,925(-1,275)≫


 敵も後退しながらライフルの連射でこちらに牽制射撃を行うが、私はあくまで命中精度重視の単発射撃。


≪命中! 敵HP 9,925→8,685(-1,240)≫

≪命中! 敵HP 10,200→8,900(-1,300)≫

≪命中! 敵HP 11,200→9,945(-1,255)≫

≪命中! 敵HP 9,945→8,718(-1,228)≫


 できれば攻撃を1機に集中させてすぐに倒せる敵を作っておきたいのだが、さすがに敵もβ版時代のトップランカーというだけあって巧に機体を左右にふりながら上手くこちらの照準を躱してくるのだ。


 ならば少しでもHP格差を減らすために撃てる敵から撃っていくしかない。


 だが敵も撃たれるばかりではない。

 回避行動を取りながらの敵の連射などマトモな命中精度が期待できるわけもなく怖くもないのだが、左手側から伸びてきた火線が左から右へと舐めるようにして空を駆け抜け、大地へ突き刺さって降り積もった雪や土砂を盛大に巻き上げながらニムロッドへと迫ってくる。


 軽機関銃持ちが射撃を開始したのだ。

 それでも私は射撃を止めなかった。


≪命中! 敵HP 8,900→7,646(-1,254)≫

≪被弾! HP 12,800→11,535(-1,265)≫


 伸びてきた火線がついに私のニムロッドを穿ち、コックピット内はけたたましい警報と振動に襲われるが私はそのまま射撃を継続。


 ただダメージを取るだけではない。

 私は敵が後退している丘の向こうへと追いやらねばならないのだ。


 被弾の衝撃のために照準はブレて1発は外してしまったが、その衝撃も弱まった次の1射は命中。だが敵の機関銃持ちの火線がまた戻ってきて再び私を貫く。


≪命中! 敵HP 7,646→6,446(-1,200)≫

≪被弾! HP 11,535→10,296(-1,239)≫


「あ痛ッ!? また頭部をやられた!?」


 ニムロッドの頭部を掠めるように穿っていった敵弾によりメインカメラは使用不能。他にメインプロセッサにレーダーにも損傷をおったようだ。


 だが2発の被弾を甘んじて受け入れた甲斐もあってか3機の敵機は丘の斜面を降りて私の視界から姿を消していた。


 さて、彼らは自分たちがそこに追い込まれていたと分かっていたのだろうか?


 これ以上の被弾を避けるために斜面を下って身を隠そうとしたその瞬間、敵機が追い込まれていった方向から天へと伸びていく火線が味方機が目的の場所へ辿り着いていた事を私に教えてくれた。


 サブカメラの画質の落ちた画面でもハッキリと分かるその火線。

 間違いなくクリスさんの機体が装備しているアサルトカービンである。


 私に作戦の途中経過は順調と教えてくれたものか、それとも攻撃開始時に足を滑らせて天を撃つ形となったものかは分からないが、恐らくは後者だろうなと思いながら私はひとまず安堵する。


 接近戦に持ち込む事はできた。

 だがHP格差はある程度は埋めたものの、完全には解消されてはいないのだ。

 DPM勝負となればこちらのHPが先に無くなるのは同じ。


 故にこの作戦はとても作戦と呼べるようなものではないのだ。


 撃ち合って味方のHPが先に無くなるならば敵の弾は避ければ良い。


 ここから先は完全に個人技に頼ったものとなるのだ。

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