33 小悪党と悪党

「飛燕!? な、なんでまた今さら……?」

「サブちゃん、驚いている暇なんてないぜ? 全力で回避行動を取れ、ライフルも対空射撃に使え!」


 レーダーに捕捉されたばかりの飛燕は亜音速帯での飛行をしていたものの、レーダー波を感知した事で捕捉された事を察したのかぐんぐんと速度を上げてマッハ2以上の速度でトイ・ボックス目掛けて突っ込んでくる。


「おいおい、敵は高度12,000メートルにいるんだぞ? ライフルは有効射程外だよ」

「だったら回避行動だけでも、早く回避行動を取るんだ!!」

「何をそんなに慌てて……、えっ!?」


 陽炎のコックピット内にミサイル接近のアラート音が鳴り始める。


 3次元マップにも4機の飛燕がそれぞれ4発の対艦ミサイルを発射した事が示されていたが、そのミサイルがあまりにも速すぎるのだ。


「超音速ミサイル! 回避急げ!!」

「お、おう!」


 ランク6に配されている課金機体プレミアムHuMo、飛燕は空戦用HuMoである。


 全長18メートルほどの戦闘機にHuMoの脚部を付けたような外観の機種であり、その外見どおりにゲーム中随一の速度性能と航空機の機構を活かした空戦能力を有するのだ。


 グングンと陽炎に迫ってくる対艦ミサイルがマッハ10で急降下してくるのを見て、私はやっとマーカスがこれほどに回避を急がせた理由を察してシートに座ったままタップダンスでもするかの如くに出鱈目にフットペダルを踏みまくって陽炎を左右に振りながら回避行動を取るが果たして意味があるのかどうか……。


「クッソッッッ 遅っっっせぇぇぇッ!?」


 瞬く間に数十kmの距離は詰められて、迫る対艦ミサイルに対して4基のCIWSが射撃を開始し、私も4本の腕のライフルを上空に向けさせて対空射撃を開始するものの、そもそもHuMoのライフルはマッハ10のミサイルを迎撃するためには作られていないのだ。その連射間隔はあまりにも緩慢に思えて思わず歯噛みさせられる。


 やっとCIWSが上げる火線が1本のミサイルに命中して炎上させるものの、マッハ10の速度がいきなり消失するわけもなく、火達磨となったミサイルはそのまま陽炎へと突入してくる。


 それに引き続いて残りの15発も次々と地上へと降り注いでコックピットの中もまるで直下型の大地震に襲われたかのような凄まじい揺れとともに機体の損傷を告げる警報がいくつも鳴り響く。


「くっ、くうぅぅぅぅぅ……」


 《陽炎 HP 18,344/42,000》


 永遠に続くかと思われた揺れも実際は十数秒、いや数秒程度のものであったのだろう。

 それに回避行動の甲斐もあってかすべてのミサイルが直撃であったというわけではなさそうだ。


 だがまだ高鳴りを続ける心臓と脳内を支配する恐慌状態をなんとか無視してサブディスプレーに目をやると陽炎の残りHPは半分を割って、残り3分の1ほど。


 しかも多数の直撃弾と至近弾によって損傷した左の肩アーマーの稼働は停止して、そのせいで左肩から生えている腕は使用不能。

 機体正面のスカートアーマーに直撃したミサイルによって左右の脇腹から生えている腕2本も使用不可。オマケにホバー推進システムも3割ほど推力が低下していた。


「おいおい、不味いぞ……」


 4機の飛燕だけではなく地上の敵機もまだ200機以上はいるというのに陽炎はその戦闘力を喪失しつつあったのだ。


 トイ・ボックスの所属機ならば撃破されてガレージに戻ったとしても復帰は早い。

 なにせ復帰先の格納庫を出たら、そこが戦場なのだ。


 だが私の陽炎は違う。

 撃破された場合、陽炎と私がリスポーンするのは中立都市のガレージだ。


 すぐに課金アイテムを使用して復帰しても、それから輸送機をチャーターしてこの場に戻るには10分近くもかかってしまう。

 現状の戦力の要である陽炎を失ってしまえばトイ・ボックスの防衛は10分も持ちこたえる事はできない。


「ハハッ! よく言う事だが『切り札を最後まで取っておいた方が勝つ』。まさにこの言葉のとおりだな! 陽炎とセンチュリオンが出てきたと聞いた時には驚いたが、向こうが初手から陽炎を出してくれたおかげで急遽だが中立都市に戻って対艦ミサイルを積んでくる事ができたわけだ。諸君、あと一息だぞ!」


 飛燕のパイロットだろう男の声がオープンチャンネルの通信から聞こえてくる。


 その声に鼓舞されてか地上の敵機たちも色めきたって攻めっ気を出してきたように思えた。


「あんの野郎ッ!!」


 速攻をしかけて残りHPが3分の1の陽炎を始末しようというのか敵機が殺到してくるのを胸部ビーム砲で迎え撃つが撃破できたのは2機だけ。


 ホバーユニットの推進力が万全ならば7、8機はまとめてやれていただろうに、やはり推力の低下した状態では陽炎の大質量を振り回すのには無理があるようだ。


 それでも味方機からの援護射撃と陽炎の残る最後の腕に持つライフルを使って被弾を重ねながらもなんとか迫る敵機を撃退するが、今ので敵も陽炎が弱っている事を察したようで十重二重にじりじりと距離をつめてくる敵機はむしろ増えている。


 まるで狼の群れが巨大な草食獣を駆る時のような……。

 そう。すでに戦闘力の大半を喪失した陽炎は決定的な瞬間を先延ばしにする事しかできない哀れな草食獣も同然なのだ。


「おい、マーカス!」

「ふむ。ということは、だ。あの4機の飛燕が敵の切り札って事だよな?」

「だろうよ!!」

「まあ、アイツらはガキのオモチャ箱奪おうってしょうもない連中だが、1つだけ良い事を言ったな。『切り札を最後まで取っておいた方が勝つ』か。パパもそう思うよ」


 私は後ろのマーカスに対して叫ぶ。


「そんなんどうでもいいからなんとかしてくれよ!!」

「まあまあ、ちょっとだけ待ちたまえよ?」


 マーカスの声にカチカチとキーボードをタイプする音が混じっていた。

 この場で何を暢気にとも思うが、アイツはこんな時に無駄な事をするような男ではないと信じて耐える。


 その間も戦闘は続き、機動力の落ちた陽炎は被弾を重ねて残りHPは15,000ほど。


 トイ・ボックス上空を悠々と旋回し始めた4機の飛燕に対してトーチカから残り少ない対空ミサイルが放たれる。


 だがミサイルを察知した飛燕小隊はダイヤモンド編隊を崩して先頭の1機が急降下を始め、ミサイル群の周囲を飛び回るように旋回すると対空ミサイルは次々と起爆して空中に爆炎の華を咲かせていく。

 一方の飛燕に損傷は無い。


「あの飛燕は無視してやり過ごしてッ!! あれは空戦技『カスヤ・マニューバ』、あのパイロット、只者じゃない!!」


 通信機から聞こえてきたのは聞き覚えのあるまだ幼い男児の声。

 張りつめた声は緊迫感とともに絶望の色がありありと見えるようなものであった。


「リョースケ!?」

「気に食わんな……。あんなのが『カスヤ・マニューバ』だと? 笑わせる……」


 私が初めて聞くような不快さを隠そうともしないマーカスの声、それはターン!  と勢いよく叩きつけられたキーボードのタイプ音で締められる。


「良し、と。……パオング君、聞いているか?」

「ええ、聞こえているわ」

「今、君にメールを送った。私が出た時点で君はオープンチャンネルでメールに書いてある文章を読んでくれ! しっかりと感情を込めてな!」

「は? 出る? どういう事? ……って、このメール、どういう事!?」

「すぐに分かるよ! それよりもくれぐれもたっぷりと感情を込めてな! ははっ、君の演技力が見ものだな!」


 部隊間通信でパオングを呼び出した時にはマーカスの声はいつもの陽気なものへと戻っていた。


 だが剣呑さは隠しようもなく、そしてパオングに送ったメールの文面もよほど信じられないような事が書いてあったようで、パオングも半ばパニック状態。


「よっしゃ! 仕掛けはこんなもんかな? サブちゃん、背部格納スペース、オープン!」

「ったく! 最初からやれっての!」

「そう言うなよ? ここの子供たちにとっては、大勢の他人が自分たちの居場所を奪おうと攻めてくる、でもいつも自分たちの傍にいる者たちが守ってくれる。それでプラマイゼロだろ? ここの子供たちには何か良い事があってもいいと思うんだよな。たとえばゲーム世界中に1機しか存在しないレア機体を拝めるとか」


 ようするに、私を含めて味方も敵もマーカスが設えた舞台で踊る演者に過ぎなかったわけだ。

 私は諦観が半分、安堵が半分といったところ。


 せめて、これから起こる事を悪夢で見る者が少なくなるよう祈ろう。

 味方をではなく、敵のために祈ろう。


「第1大隊長、出るぞ!」


 陽炎の背部格納スペースの天蓋が展開し、その内部に収められていた1機のHuMoが姿を現す。


 その機体の姿を見た時、敵も味方もあまりの事に手を止めて汚れ1つ無い純白の装甲に息を飲むしかできない。


「なあ、サブちゃんや、こういう時はやっぱデコにV字アンテナがあった方が映えるんじゃないか?」

「おう、それだけはぜってぇ許さねぇからな? ぜ・つ・て・え!」


 敵も味方も皆、声にならないような感嘆の声で周囲は溢れかえっている。

 純白の機体がもたらす圧に肺の中の空気を押し出されてしまったかのような、声を漏らす者もその声がどのような意味があるのか自分でも理解できていないような声。


 その中にあって純白の機体を駆る者はいつもと変わらぬ暢気な声であった。

 周囲の者たちが感じているプレッシャーから唯一人、無関係でいるかのような。


 戦場にありながら、ウサギ狩りを楽しむかのようなその声は不思議と純白の機体と合っていた。


 そもそも純白の機体、ホワイトナイト・ノーブルとて騎士を模したかのような機体でありながら盾を持たない、自身の性能を他者にひけらかすような意匠の機体なのである。


「なるほど……、そういう事ね……」


 ただ1人、マーカスからのメールによって剣呑さに慣らされていたパオングのみが事態をいち早く理解して、それから深呼吸の後に次に通信機から彼女の声が聞こえてきた時にはオープンチャンネルへと切り替わっていた。


「後退ッ!! 各機、後退して!! カーチャ隊長が出るわ!! 下がらないと巻き添えを食らうわよ!! カーチャ隊長が出るわ!!」


 オープンチャンネルによって告げられた中立都市防衛隊UNEIのカーチャ隊長が出撃するとの報は当然ながら敵方へも伝わり、飛燕のパイロットによって敵が鼓舞されたのとは反対に、目に見えて敵の士気は下がっていく。






(後書き)

ピコーン!

カーチャ隊長の名声が上がった!

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