34 威圧スキル
カーチャ・リトヴァク。
年齢、28歳。
ウライコフ系の家系に生まれながらも幼少の頃に両親は数百年と続く戦乱に嫌気がさして惑星トワイライトの中立都市サンセットへと亡命。
その際にウライコフ側の追手や、軍人であった父の知る軍事機密を狙うサムソン、トヨトミの襲撃もあり一家はまだ幼いカーチャを残して死亡。
その生い立ちもあってか成長した彼女は戦争とHuMoを用いた犯罪を強く憎む女性へと成長していた。
中立都市防衛隊UNEIに入隊したカーチャは初任務で中立都市の支配領域へと侵攻してきたサムソン経済圏のジャギュア1個小隊を訓練生時代からの愛機であった雷電で単独撃破。
その他、数々の戦功を立てて受勲は七度。
さらに中立都市防衛隊専用HuMoの開発計画である「白騎士計画」が始動するとカーチャはそのテストパイロットとして計画に関与。
結果として「白騎士計画」の成果である「XF-1 ホワイトナイト」はハイエナと呼ばれる武装犯罪者集団が用いる旧式機はおろか、潜在的な仮想敵である三陣営の最新鋭機をも上回る圧倒的な高性能機として完成。
だが同時に開発陣はホワイトナイトはカーチャの持つ類稀なパイロット能力を十全に発揮できるものではないと認識しており、そのために新体制ではホワイトナイト隊の隊長に内定しているカーチャのための専用機「XF-1S ホワイトナイト・ノーブル」が制作された。
以来、ホワイトナイト・ノーブルを駆るカーチャ隊長は中立都市サンセットの絶対的な守護神として市民からは深く愛され、そして犯罪者からは恐れられていた。
これがカーチャ隊長のキャラクター設定である。
この手のゲームが持つ「プレイヤー一人一人が主人公」という特性上、各種媒体での広報活動においてカーチャ隊長は主人公の代替としての役割をもたされてきた。
β版発表時から正式サービス開始まで幾度にも渡って新バージョンが公開され続けてきたPVでもカーチャ隊長とその愛機は皆勤賞。
模型雑誌を開けば発売予定のプラモデルを用いたジオラマとショートストーリーが掲載され、ライオネスんトコのマモルが暇な時によく読んでるゴロンゴロンコミックでは児童誌という事もあり読者層に年齢が近い主人公が設定されているが、そこでもカーチャ隊長は主人公を食うような勢いで大活躍しているそうな。
またニタニタ動画やitubeのような動画投稿サイトで運営チームが定期的に配信していた公式チャンネルではβ版時代のゲーム世界で「虎Dのカーチャ隊長から30分逃げきれたら10万円チャレンジ」が人気を集めて名物企画となっていたようだ。
さて。
そのカーチャ隊長と対峙してしまった時、プレイヤーはどのような反応を取るのだろうか?
「おっと、忘れてた、忘れてた。パイロットスキル『威圧』オン!」
陽炎の背部格納スペースから悠然と姿を現したホワイトナイト・ノーブルは大地に降り立つとゆっくりと首を回して周囲を見渡す。
敵プレイヤーには聞こえていないが、ノーブルを駆るマーカスはのんびりとした口調で周囲のパイロットに強制的にBGMを聞かせるスキル「威圧」を発動。
ハッキリ言って私はマーカスに「威圧」を取得する事を勧めた事を後悔していた。
ホワイトナイト・ノーブルというこのゲームにおいて最高の機体を有するマーカスがその機体性能をもってスキルポイントを荒稼ぎすれば、ただでさえ手の付けられないマーカスが余計に酷い事になってしまうとただ音楽を他者に聞かせるだけのスキルでスキルポイントを浪費させたつもりだったのだ。
だが、私は音楽が人間に与える影響というものを軽視し過ぎてしまっていたようだ。
今回、マーカスが威圧スキルように選曲したのは前回の難民キャンプとは違いスローペースのものである。
ムーディーで、なんというか流行りの音楽に疎い私でも「古臭い」と感じてしまうような曲である。
前奏が終わり、女性の情感たっぷりのコブシの効いた歌声が流れるとノーブルは腰部アーマー脇の収納スペースに収められていた大型ビームソードの柄を抜いて駆けだす。
複雑な可動域がもたらす人体と同等の運動性は一目でその高性能を感じさせ、そして各所に配置された大推力のスラスターの噴炎ははためく青いマントを思わせ、その白いHuMoは純然たる兵器でありながらも限りなく優雅である。
『赤い剣の煌めきは貴女のスカーフの色
穢れを知らぬ白い魂でその身を鎧う騎士たちの王
冷たい眼差しは私の心を熱くさせる
貴女の鋭い指先が私に触れる度に心震えるのよ
貴女、貴女のために死んだなら
貴女、私の名前を憶えてくれますか?
ノーブル ノーブル ノーブル
貴女がこの街のために戦うというのなら
貴女、私は貴女のために死んでいいですか?』
読み切れないほどの撃破ログが流れていく。
私のではない。私の担当であるマーカスがただ1人で撃破していく敵機のログだ。
あの白い機体の中にいるのがマーカスでなければ中に乗っているパイロットの心配をしなければならないであろうほどの機動ととも振るわれ続ける巨大な赤いビームの剣身。
HuMoの装甲を容易く貫いていく左前腕部のスパイクはただの武器ではなく、技量の優れたパイロットが扱えばその細い突起が防御兵装としての役割をも果たして及び腰ながらも反撃を試みた哀れな敵機の決死の思いを無に帰していく。
結果、曲の間奏までの間に撃破された敵機の数は49機にものぼっていた。
「ハハハハハ、脆い! 脆すぎるぞ!!」
「おう、ゴキゲンじゃね~か? なんか思う事はねぇのか?」
「うん……? なんで『ホワイトナイト・ノーブルのバラード』ってタイトルなのにド演歌なのかなとは思うかな?」
「違うだろぉ!?」
こうも容易く戦果を重ねる事ができた理由はマーカスの技量もさる事ながら、敵の士気がドン底に近いほどに低下してしまっているが故である。もはや敵は諦めムードと言ってもいい。
だが、それはノーブルを駆るのがカーチャ隊長本人ならばだ。
いかにマーカスが戦後唯一の日本人エースパイロットとはいえ、彼の現役時代は20年も昔の事。
彼を知る者も少なくなった今、忘れられた英雄ではこうも敵の士気を落とせはしないだろう。
そのためパオングにオープンチャンネルの通信を使わせる事で敵にカーチャ隊長が駆るホワイトナイト・ノーブルであると信じさせる手を使ったわけだが、当然ながらカーチャ隊長本人がこの場にいるわけではない。
本人がいるのならば本人がオープンチャンネル通信を使う事でその存在を証明する事もできるだろうに、その手が使えない現状、マーカスが取った手段はカーチャ隊長の
だがしかし、だ……。
「マーカス、お前さ、こないだ自分で
「ん~? なんでサブちゃんのキャラソンは無いんだろうな~って……」
「違うだろォォォがぁ!! 道義的な話をしてんだよ! このサイコ野郎!!」
なお私の声のサンプリング元である声優さんはこないだ寿退社で業界引退したので私のキャラソンが追加される事はないと思う。
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