32 切り札
「だぁあああああッッッしゃあああああッッッッッ!!!!」
コックピットの床を踏み抜かんばかりの勢いでフットペダルで踏み込むと、少年の小さな体は猛烈なGによってシートに押し付けられる。
少年の未発達な腹筋はGに耐えられずにその奥の内蔵ごと潰されたようになって、そのまま横隔膜をおして肺の中の空気が逃げ出そうと気道を上がってきた。
あまりに不快な、そのまま自分が自動車に潰されてアスファルトの上で乾燥するアフリカマイマイのような有様になってしまうのではないかと思えるような不快さに耐えて少年は叫んで自機を敵にぶつける。
少年が駆るズヴィラボーイ・カスタムはウライコフ製らしい重装甲の機体であった。
当然、体当たりを食らった軽量な烈風との質量差はいかんともしがたいものがあり、烈風は勢い任せのショルダータックルで尻もちをついて倒れる。
「キャタ! もう1機いるわよ!!」
「コイツは頼むさぁ!!」
「任せろ!!」
少年は突き倒した敵には目もくれずに装甲壁を遮蔽物としていたもう1機の敵、閃電へ向けて思い切りフットペダルを踏み込んだ。
視界の端で少年がそれまでいた場所に飛び込んでくるグレーと黒で塗られた機体がチラリと移る。
僚機であるパス太の紫電改だ。
後ろから紫電改が両腕にそれぞれ持つ2丁のサブマシンガンの連射音が聞こえてくるとキャタピラーの頭の中からはすっかり突き飛ばした烈風の事は消え失せる。
迫る閃電に対して右腕を振り上げるが、ズヴィラボーイで殴りつけようというのではない。
右拳が敵機とインパクトの瞬間にはわずかに早いタイミングでキャタピラーはトリガーを引く。
大型のダンプカー同士が全速で激突したのでもこうは酷い音は立てないだろうというほどに凄まじい轟音とともに閃電の四肢から力が抜けていく。
閃電の胸部に突き立った巨大な杭。
キャタピラーのズヴィラボーイに装備させたパイルバンカーの威力はHuMoの中で最も強固と言われる正面装甲とコックピットブロックをもろともに貫通させてクリティカルを出す事ができるほどのものなのである。
コックピットブロックを破壊してしまえばHPがどれほど残っていようが関係無い。
一撃で撃破判定を得る事が可能なのである。
「ほら! ボサっとしてないで! 次が来てるわよ!? キャタ、アンタ1回さがったらどう?」
「なんくるないさ~!」
トイ・ボックス施設群の最外縁部に当たる装甲壁を確保したキャタピラー、パオング、パス太の3機小隊は遮蔽物に隠れながら続々と迫ってくる敵機の迎撃を始める。
もっともキャタピラーのズヴィラボーイが装備していたバズーカ砲は今はない。
すでに弾切れとなって投棄していたのだ。
2機の両機もそんな事くらい見れば分かると言わんばかりにそれぞれ装甲壁の左右から顔を出して牽制射撃を始める。
パオングのオライオン・キャノンが両肩に背負う短砲身30.5センチ砲から放たれる焼夷榴弾は弾速も遅く山なりの弾道を描くために動き回るHuMoへと直撃させるのはよほどの至近距離やあるいは他の何かに気を取られている相手でなければ難しい。
だが大地に着弾して盛大に火柱を上げる焼夷榴弾の炎に触れれば
数十秒間に渡って火柱を上げ続けるオライオン・キャノンはダメージゾーンを設置するような戦法も取れるのだ。
さらにダメージゾーンを一種のトラップとして考えるのならば、敵の行動を阻害するフィールドを次々と設置していくパオング機はダメージを与えられずとも支援機の仕事を果たしているとも言える。
事実、パス太の紫電改は燃え盛る火柱で回避行動に制限のかかった敵機にサブマシンガンの連射を浴びせているし、左右や後方から飛んでくるランク2集団の射撃も目に見えて命中率が上がっていた。
パオング、パス太も上手くやっている。
ならば自分も自分にできる事をやってやろうとキャタピラーは闘志を新たにした。
今はCIWS以外に射撃武装の無いズヴィラボーイにできる事は無い。
だが自分の役割は接近戦になった時だ。
パイルバンカーを直撃させれば格上も撃破できる。
パイルバンカーは一度使用すると再使用に20秒ほどクールタイムが必要となるが、その時間はこうやって仲間たちが稼いでくれているのだ。
ならば自分の仕事は味方機が敵の数に圧されて再び装甲壁まで進出を許してしまった時にあるのだろう。
「パイルバンカー、再使用可能まであと15秒さぁ!」
「そんくらい余裕ね!」
「それにしてもこんなに戦い易い戦場は初めてだよ!」
「まったくさ~!」
キャタピラーたち3人は普段はソロプレイ専門のプレイヤーである。
故にHuMo同士の連携戦術というものには明るくない。
キャタピラーのみ現実時間で昨日の難民キャンプでの大型ミッションで他のミッション参加者との連携を経験済みではあったものの、そのキャタピラーにとっても連携の質によってこれほど戦い易くなるものかと感嘆するほどであった。
敵の数は多い。
多すぎるほどだ。
これほど大量の敵機が出てくるようなミッションなど3人は未経験であった。
それでもマーカス、ゾフィー、デイトリクスといった連隊の中心人物たちの通信から聞こえてくる声には余裕すら感じられるほどで、まだ子供である3人も圧倒的物量差にも関わらずに悲壮感などまるでない。
ただただひたむきに目の前の敵へと当たるだけ。
「よ~し! 3人とも、良く耐えた! 貴様らのすぐ後方に2個小隊が配置済みだ」
3人の元に入ってきた通信によるとすぐ後ろの2個小隊の内、1個小隊は彼ら第2大隊の大隊長であるデイトリクスが直接指揮を執っているようだ。
いつも子供たちの遊び相手になっているゴリゴリのマッチョであるデイトリクスと3人はあまり親しくはなかったものの、その野太く、最前線の中でも余裕を失わないその声はなんとも頼りがいのあるように思われた。
まるで砂漠の中でオアシスを見つけたような、最前線にいながら一息ついたかのような安心感が3人を包み込む。
「みんな~! 弾倉を持ってきたニャ~! キャタ君にはバズーカもだニャ~!」
「え、早くない!?」
「3人の小隊の動きを見て連隊長が3人の分を急ぎで持ってってやれって!」
続いてデイトリクスたちの小隊を追い越して3人が身を隠している装甲壁までやってきたのはアイスクリーム屋の店員をやっている猫耳娘が駆るキロbisであった。
猫耳娘の機体のあちこちに取り付けられている弾倉とその両手のバズーカ砲を受け取りながら3人はゾフィーの判断力に舌を巻く。
どうして普段はフードコートのウドン屋で働いているでっぷりと太った初老のおばさんが100機ほどの部隊の隅々に目を光らせられると思えよう。
ゾフィーの底知れなさはともかく、これで3人は最前線に立ちながらもしばらくは弾切れの心配もなく万全の状態で戦う事ができそうだ。
だが、そんな彼らの元へ作戦室から奇妙な通信が入ってくる。
「各機、療養所の周囲に設置している対空レーダーがあらたに接近してくる4機のHuMoの機影を確認しました!」
「こちらブラヴォー・リーダー、どういう事だ!? 対空レーダーでHuMoをって、HuMoを搭載した輸送機の間違いではないのか!?」
「いや、見てみろよ。こりゃ、確かにHuMoサイズの機影が4機だ。サブちゃん、分かるかい?」
「こりゃあアレだね。飛燕だね……」
3人もマップ画面を切り替えて件の機影を確認してみると、トイ・ボックス目掛けて高度12,000mを亜音速で接近してくる機影が映し出されていたのだった。
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