31 戦場の歌

 丘を越えて攻めてくる敵は絶えず、徐々にこちらの損害も増えていく。


 いかにこちらのランク2軍団が施設周辺に多数設置されている装甲壁を盾にして戦っているとはいえ、ライフルを持つ腕を出さなければ敵を撃つ事はできないし、ライフルに取り付けられているセンサーとカメラだけでは周囲の状況を確認しきる事はできないのだ。


 そうして装甲壁から腕部や頭部を出していれば被弾のリスクは避けられないし、敵の砲戦タイプの機体が撃ち出す大口径榴弾が空中で炸裂すればガラ空きの頭上から砲弾の破片が降り注ぐ事となる。

 また頭上から急降下して敵を狙うようセッティングされたミサイルも同様に盾代わりの装甲壁を無視して味方機へと襲いかかるのだ。


「サブちゃん、無駄弾使ってもいいからもっと撃ってくれ! 敵が装甲壁へと取り付いて接近戦が始まった!」

「りょ、了解ッ!」


 サブディスプレーのマップ画面を見るとトイ・ボックスの格納庫前からまっすぐに伸びる滑走路の施設とは反対側、北端側に敵機がたどりついていた。


 このような場合を想定してマーカスの第1大隊は総合性能に優れるマートレットⅡで構成されているが、それでもランク2はランク2でしかない。


 ランク3のハリケーンを相手にあっという間に2機のマートレットⅡの反応が消失し、残る1機がなんとかハリケーンを撃破したものの、これで敵が最後というわけではないのだ。


 これがβ版仕様のスキルの育っているユーザー補助AIでなければ北端を守っている小隊は全滅し、逆に装甲壁を敵に使われてしまいかねなかったというわけだ。


 もちろんそのような場合は装甲壁を地下に収納し、敵を丸裸にする事もできるのだが、装甲壁の出し入れにわずかだが時間がかかる都合上、こちらの前線が後退してしまう事を意味する。


 私は左右2本ずつのフットペダルをせわしなく踏んで陽炎を小刻みに左右に振って敵の狙いを付け辛くさせながらも、滑走路北端方向を指向できる腕2本をマニュアルモード、右側の2本をオートモードにして敵へ牽制射撃をする。


 2つのレティクルを左右の操縦桿で操作して滑走路へ迫る敵機へとバースト射撃を加えていくが命中弾は無い。

 敵も自分も動き回っているのだ。マトモに命中弾を期待するほうがどうかしている。

 だが高威力の陽炎のライフル弾は十分に牽制の効果を果たしてくれたようで、敵も必死に回避行動を取り初めて進軍の足が鈍っていた。


「第1中隊、北端を敵に取らせるな! 第2中隊、前進して第1中隊を支援! 第3中隊は第2中隊の開けた箇所へ展開して隙間を作るな!」

「アルファー・リーダー、こちらブラヴォー・リーダー、こちらの2個小隊をそちらに回す」

「助かる! こちらの第3中隊が広がった穴を埋めてくれ」

「ブラヴォー・リーダー、了解!」


 北端部に1機だけ残ったマートレットⅡは3分の1ほど残ったHPで懸命に北端を死守しようとしている。


 だがランク2の機体が1機だけ残ったところでランクの2の機体がいるという意味にしかならない。被弾を分散し、火線を集中させる事ができる小隊だからこそ格上の相手が多いこの戦闘でも戦ってこれていたのだ。


 本来ならば小隊メンバーが2機やられたら、残った1機は特攻でも仕掛けて格納庫へデスポーンし死に戻り、そこで再び小隊メンバー揃って再出撃するのが良いハズ。

 だがあのマートレットⅡがいなければ滑走路北端部を守る戦力は皆無となってしまう。


 チラチラと装甲壁からライフルを出して敵に存在感をアピールするあの機体がいるから敵は牽制射撃の中を無理押しして装甲壁へ取り付いてこようという気になれないのだ。


「大隊長! かき……」

「今のは誰だ!?」

「第1中隊長です。第1中隊長、戦死! 第1中隊長が戻るまでは112小隊長が中隊の指揮を……」

「いや、私が直接指揮を執る」


 HPが半分以下になったマートレットⅡ1機になった滑走路北端部へ増援を送ろうと前進を急いだ結果だろうか?


 第1中隊長の今生最後の通信は爆発音によって途切れた。


「連隊長、課金アイテムをそちらに譲渡するのでブラヴォーとチャーリーへ課金アイテムを渡すのはそちらから頼む」

「済まないね……。さっそく使わせてもらうよ!」


 私も機体を滑走路北端部へと向かわせるべきであろうか?


 北端部を取らせまいと部隊を動かした結果、良くも悪くも戦局が動き出してしまった感がある。


 こちらは遮蔽物から身を出して滑走路北端部を取らせまいと移動を開始して被弾が増え、敵は数を頼んで滑走路北端部と運動場エリアへと部隊を振り分ける。もちろん敵の後方には支援攻撃を担当する部隊だっているのだ。


「サブリナさんは滑走路側へ! こっちは私が!」

「マサムネ!?」


 軍歴の無い傭兵志望の少女という設定のためか、集団戦の知見にかける私の躊躇いを察したかのようにマサムネが私に滑走路側へと行けと指示してきた。


 自分は敵正面を複雑な機動で跳び回りながら、こちらへの援護のつもりか背部コンテナからパンジャンドラムを投下し、野球場にたどりついた敵機の頭部を手槍ホームパイクで刎ねてみせる。


 それが正しいのかどうかは分からない。

 もしかしたらこちら側の重要戦力である陽炎が滑走路側へと行く事で敵の注目が集中し、防衛が困難になるかもしれないのだ。


 だが自身満々のマサムネの声を聞くと、それが正しいと思えるのだから不思議なものだ。


 マーカスが「指揮官の大事な資質は堂々としている事」と言うのも分かる気がする。


「山下さん、射撃位置に着いたか!?」

「おう、なんとかな!」

「山下さんはHQゼロへ火力支援を!」

「了解!」


 マサムネが駆るパイドパイパーはその機動力とコンテナ内の特殊兵装からくるトリッキーな戦い方が持ち味だ。

 だが反面、継続的な火力には欠ける一面もある。


 そこでマーカスは陽炎に次ぐ火力を有する山下のセンチュリオン・ハーゲンにマサムネ機への火力支援を頼んだのだ。


 リスポーンしてきたばかりの山下が射撃位置に着けていた事は僥倖であったといえよう。

 まさにわずかな時間が値千金。

 意図的なフレンドリーファイアの罪悪感も一気に薄れていく。


 山下機の大型ガトリング砲が火を吹き始めるとマサムネ機を取り囲もうとしていた敵機が一気に消し飛んでマップ上から姿を消す。


「こっちも気張らんとな!」

「陽炎、コイツを頼む! コイツはランク2の機体じゃ止められん!」

「あいよ!」


 マップ画面に表示されている多数の敵味方機の中で1つの光点が点滅する。


 敵味方ともに滑走路側、運動場側へと別れたその真ん中を突っ切るように1機のHuMoが突っ込んでくる。


「……ガングードか、なるほどね」


 詳しいスペックまでは把握しきれていないが、ガングードはランク6に位置する課金機体だ。


 ウライコフ製の機体らしい重装甲の機体で、格闘戦機に分類される機体。


 その情報通りにゴリラのように大型の腕部を持つガングードはこちらのランク2集団の砲火をものともせずにゆっくりとながら前進していた。


 全身に過剰にまで盛られた装甲は陽炎並み、一般的なサイズの機体でそれほどの重装甲を有する代償としてガングードの機動力は劣悪そのもの。

 格闘戦機なのに足が遅すぎて敵に辿り着けない。

 それがガングードである。


 このゲームの課金機体らしい尖り過ぎた性能のガングードもドンピシャにハマる戦況ならば強い。


 そして、今がまさにその状況。


 徹甲弾も榴弾も、ミサイルの弾頭に搭載されている成形炸薬弾もものともせずにゆっくりと前進を続けるガングードはまさに脅威そのもの。

 その威容に味方機は前線を下げざるを得ないだろう。


 ただし、それは私が乗っているのが陽炎ではなかったらの話だ。


≪ガングード:竹本商店を撃破しました。TecPt:15を取得、SkillPt:1を取得≫


 陽炎の胸部ビーム砲でガングードは蒸発して撃破ログが流れる。


 だが陽炎のビーム砲は再び十数秒のチャージタイムとなった。

 その隙を見計らったかのようにガングードに続けと敵機が中央部へも進出し始める。


 これで滑走路北端、中央、東側運動場エリアと3つの前線が構築された形。


 撃破されたこちらの機体も課金アイテムを使用して次々と復帰するが、圧倒的な物量で攻めてくる敵の射線に阻まれて前線への移動は遅れ、あるいは前線に辿り着く前に被弾してHPをすり減らしてしまうという有様。


「良し! 112が北端に辿り着いた。114、敵が112の側面に回り込もうとしている、撃破しろ。第2中隊、中央にブラヴォーが進出するまで敵を抑えろ、HPヘルスを使ってもかまわん! 第3中隊、第2中隊の穴を埋めるための前進準備! ブラヴォー・リーダー、行けるか? ……流石だな!」


 マーカスは第1大隊長としての役割と第1中隊長としての役割を同時にこなしていた。

 確かに、これは陽炎を操縦しながらではいかにマーカスとて難しいだろう。


 しかもマーカスには実質的な連隊長としての役割もあり、その上でタブレット端末を操作して課金アイテムを購入してゾフィーや撃破された大隊メンバーへの譲渡も同時にこなしているのだ。


 だが、その息を吐く暇すらないような目まぐるしい戦局の移り変わりにも関わらずにその声は威厳に溢れ、小目標を達成した味方を端的ながらも賞賛するその様は余裕すら感じさせるほど。


 マーカスは勝利を諦めてはいない。

 むしろ微塵も勝利を疑ってはいない事を彼の声を聞く者は確信せざるをえないだろう。


 朗々と矢次早に飛ばされる指示はリズムに乗せているかのようで何かの歌のようでもある。

 まさに戦場の歌だ。

 私が知る限りで最も危険な男の声で紡がれる戦場のメロディー。

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