30 パーソナリティー

「……ってな感じの事をマコト君に頼んでてね!」

「お前なぁ~……」


 敵はミサイルの飽和攻撃の混乱から脱しつつあり、丘を越えてくる機体の数も増えている。

 だが、こちらも体勢を整えていた甲斐もあって今の所は上手く迎撃できていると思う。


 とりあえず陽炎の4本の腕の内の3本を狙撃のオートモードに設定して砲弾の消費を押さえながら私も残る1本の腕に持ったライフルで敵を狙い撃ちつつ、ずっと気になっていた出撃前にマモルたちに何を言ったかをマーカスにきいてみたのだ。

 その答えは私が想像もしなかったもので、やはり自分の担当は何でも口に入れちゃう乳幼児の如くに目を離してはいけないヤツだったかと後悔するばかりである。


「お前はこのゲームのレーティングに『R-18(G)』でも付けたいのか?」

「なんでもできる自由度の高さがこのゲームの魅力だろ? ロボットアクションゲームがスプラッタホラーになっても良いじゃない?」

「お前には私よりも年下の子供にそんな事をさせる罪悪感とかは無いのか?」

「そらマモル君は見てくれだけは幼いけどね。パパは適材適所のつもりだよ」


 最前線へと向かう陽炎が格納庫へと向かう四輪駆動車とすれ違う。

 チラリとピックアップトラックの荷台を見ると整備員のツナギを着た屈強な大男と目隠しされた上で両腕を拘束された女性が乗っていた。


 アレが次のマモル劇場の被害者かと思うとマーカスを止められなかった自分の胸の内がずんと重くなったような気がして慌てて視線を外す。


「サブちゃんはあのマモルという子たちについて少し勘違いしちゃいないかい?」

「何がだよ?」

「あの子の本性についてだよ。パパはただ後押ししただけ。マモル君たちの性質はあの子自身のものさ……」


 それからマーカスが続けて語った事によれば、マモルという少年は一見、皮肉屋で臆病な男の子である。


 もちろん、それも正しい。

 正しいが、それはマモルというAIが持つ性格の一端でしかないというのだ。


「パパが違和感を感じたのはね、パパがわざわざ努めて穏やかな笑顔を作ってから腰を落として視線の高さを合わせたというのに、あの子はサッと視線を外してきたんだ。もちろん、あの子だってパパが敵ではないと知っているのだからすぐに視線を合わせてきたがね。でも、そんな臆病な性格の子がなんでまたHuMoの免許なんて持ってるんだろうなぁって……」

「そら、アイツ、親のいないストリートチルドレンだから食うに困ってってこったろ?」

「それなら普通、個人傭兵ジャッカルのコーディーネーターだけでいいだろ」

「うん……?」


 それは確かに、だ。

 私たちユーザー補助AIはゲーム世界内での設定では傭兵組合から各個人傭兵へと派遣されてくるコーディネーターという位置付けである。


 それでも高い割合でユーザー補助AIがHuMoの操縦免許を持っているのはデイトリクスやゾフィーのような元軍人という設定があったり、あるいは元個人傭兵だったり。

 私の場合は「大人を小馬鹿にした生意気な少女」というキャラ設定(※私の場合はすでに崩壊済み)のために、馬鹿にしてる大人たちができるくらいなら自分にもできるだろ? と免許を取ったという設定である。


 ならば、だ。

 マモルというAIはどのような理由でHuMoの免許を取ったのだろうか?


 堅実な手段を好み、ライオネスがやるような大胆な手には皮肉たっぷりな言葉で返すマモルが。

 トイ・ボックスには5人のマモルがいて、その誰もがHuMoの争奪戦に敗れるような臆病で消極的な性格のマモルが、だ。


「んで、ヒントは攻略wikiにあった『スナイパーライフルを持たせての狙撃での援護ならそれなりに使える』ってトコなんだよね」

「お前にはマモルの本性が分かると……?」

「ま、キャラ設定の推測だからドンピシャかどうかは分からないけどね。……マモル君の狂暴性、嗜虐性はパパやマサムネ君なんて目じゃないと思うんだよな」

「おいおい……」


 いくらなんでもそれはないとは思う。


 どうしてあのふっくらとした頬と澄んだ瞳の少年がリアル世界最高クラスのキチガイ野郎を超える狂暴性を持って言えるというのだろうか?


「多分、マモル君は狙撃が得意というわけではないのだろう。彼に適性があるのはどちらかというと『一方的に他者を嬲る』という状況なのだろうよ」


 マモルが臆病であるのは間違いないのだとマーカスは言う。

 だが、その生来の臆病さをもってしても完全に自分が優位で、自身に危害が加わらないと納得できる状況。

 そのような完全有利な状況でのみマモルの狂暴性は解き放たれるのだという。


「そんな事は……、いや……」

「うん? サブちゃんも思い当たる節があるのかい?」


 そういえば、昨日の難民キャンプでの戦闘中、第1ウェーブが終わり、インターバルに入ったばかりの頃に地下格納庫内で難民たちに紛れ込んだ武装犯罪者集団ハイエナが生身で襲撃を仕掛けてきた事があった。


 あの時はライオネスやトミー、それから救援に来た虎代さんにその担当であるマサムネと生身でも異様に強い連中がいたからこちらの被害は無かったのだが、その中でライオネスのトコのマモルもサーカス団出身らしく投げナイフでハイエナを仕留めていた事を思い出す。


 あの時も確か、マモルが戦いだしたのはライオネスが腰の拳銃すら抜かずに丸腰の状態で獅子奮迅の活躍を見せてから。

 しかも自身の担当であるライオネスの後ろに隠れるようにしてナイフを投げていたのだ。


 ファンタジーRPG物のゲームとは違い、ロボット物であるこのゲームには生身での戦闘中に作用するスキルなどは存在しない。

 生身での戦闘中に使えるスキルが無い中で、自前の能力が獅子か虎かという強さのライオネスの後ろにいるという状況はまさにマーカスの言う「完全に自分が優位で、自身に危害が加わらないと納得できる状況」ではないのか?


 さらに言えばマモルが使うのがナイフ投げというのがさらにマーカスの論拠に証拠付けしているように思われた。


 マモルというAIは「サーカス団の出身で、サーカス団が潰れて路頭に迷ってストリートチルドレンになった」という設定。


 マモルはサーカス団の出身という設定ながら猿のような機敏な身のこなしを見せるわけでもなく、ナイフ投げが上手くて時代がかった燕尾服という服装にのみその設定が反映されているように思える。


 サーカスでナイフ投げといえば、空中ブランコや猛獣使いといった演目とは違い、ナイフを投げる者には危険は無い演目だ。

 やはり「自分には危害の及ばない」ものである。


「お前、よくそんなどこにも書いてないような事に気付くもんだなぁ。そういうトコは素直に凄えと思うわ」

「良い歳した大人だからね。ただ与えられた情報を楽しむだけじゃなく、しゃぶりつくすぐらいの気持ちで情報の奥とか考察してみるのが大人の嗜みってもんじゃない?」


 マーカスが語る言葉はにわかには信じられるものではない。

 だがすでに状況証拠は揃っているように思われて完全に私はお手上げ。素直に感心するくらいの事しかできなかった。


 だが、そんな私たちの元に通信が入ってくる。


「アルファー・リーダー、こちらチャーリー・サブ。指定地点に陽炎のビーム砲による砲撃を要請します」


 元軍人であるマーカスや、元軍人という設定のデイトリクス、ゾフィーとは違い、第3大隊を指揮する山下はただのサラリーマンである。

 そのために副隊長が割り当てられていたのだが、そのチャーリー・サブからの支援砲撃の要請。


 マップ画面に表示される砲撃要請の地点、というかその地点にいる1機のHuMoへの攻撃要請。


 だがその指定地点は私たちが向かっている敵正面ではなく、むしろ逆、私たちの後方である。


 何事かとマップ画面をよく見てみると、攻撃目標とされているのは第3大隊長の山下が乗るセンチュリオン・ハーゲンであった。


 後方カメラが捉えた映像を正面にウィンドーを作って表示させると、拡大表示された山下のセンチュリオンは専用武装である大型のガトリング砲の弾を撃ち切って、予備兵装であるマシン・ピストルを撃っていた。


「チャーリー・サブ、こちらアルファー・リーダー。支援砲撃は可及的速やかに実行する。……お~い、山下さ~ん! 課金アイテム送るぞ~!」

「うん? 私のセンチュリオンのHPはまだ半分近くあるが……」

「いいから、いいから……。良し、サブちゃん、回頭!」

「へい、へい……」


 第3大隊副隊長が言いたいのは「近距離戦用のマシン・ピストルで長距離射撃なんかしてないでデスポーンしてこい!」という事である。


 第3大隊の副隊長がどのようなAIなのかは分からないが、意図的なフレンドリー・ファイアをそそのかすような事を、しかも対象が運営のそれなりの地位にいる人物って、副隊長は自身のデータがデリートされる事が怖くはないのだろうか?


 いや、子供たちを守るためにその覚悟をしていると言うべきなのか。

 正直、私としては誤って味方を巻き込んでしまったというならまだしも、意図的な味方殺しには抵抗があるものの、この場の戦闘はマーカスに従うと決めているので沸き立つ罪悪感を押さえ込んで陽炎をターンさせて後方の第3大隊長機へと正面を向ける。


「あ……」


 果たして、それは山下の声だったのだろうか?

 蒸発するセンチュリオンのコックピット内で何かしらの機材が爆ぜた音だったのかもしれないし、山下の口から発せられたものだったとしても意味のある言葉ではなく、ただ蒸発する瞬間に肺から漏れ出た気体が山下の声帯を震わしたものであったのかもしれない。


 私がリアルな人間だったら、おもわず夢に見てしまいそうな心にひっかる音であった。


「くっくくく、フハハ! アハハハハハハッ!!!! サブちゃん、ナイっシュ~!!」


 私が重くなった胸の内に耐えながら、意図的に撃破ログが流れているであろうサブディスプレーから目を背けて再び陽炎を敵正面に向けていると、見事な悪役三段笑いが聞こえてくる。


 何がそんなにおかしいのかと膝と膝を付きつけて問い詰めてやりたいが、問うたら問うたで精神衛生上よろしくないだろうと頭を振るしかできない。


 やはりというかなんというか。

 ライオネスのとこのマモルが狂暴性なんて非常時でもなければ見せない事を考えれば、やはりマモルたちにGoサインを出したコイツが一番悪いのではと思ってしまう。


 マモルが子供として無力さを深く実感しているが故の臆病さと、同じく子供特有の蝶の羽根を毟って遊ぶような残虐性を持ち合わせた性格を持つというのなら、それを正しく導こうとするのが大人なのではないだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る