27 指揮官
「ハハッ、すっげ! 丘を越えてきた奴らの半分以上は今のでやれたんじゃねぇの?」
ミサイルの一斉発射によって敵部隊のミサイル迎撃能力の限界を超えた攻撃を加える飽和攻撃戦術によって間違いなく50や60の敵機を撃破できていた。
他にHPはまだ残っているものの、脚部とスラスターを損傷して大地に倒れ動けなくなった擱座機も20機前後はいる模様。
それでも丘の向こうにはまだ敵機は300機以上はいるし、全ミサイルを一斉発射する飽和攻撃の都合上、同じ手は2度は使えない。
それでもまだ戦闘を継続する敵機がまばらになった光景は圧巻である。
爆散して炎上しながら黒煙を上げ続ける敵機の中を動き回りながら少しずつトイ・ボックスに距離を詰めてくる敵機もいるにはいるが、敵機の数が減った事によって味方機の射線が集中し、次々と被弾した敵機は動けなくなり、または花火のように爆散していく。
「
「空弾倉の回収、再装填、再配布、ともにぬかりなく回っているよ!!」
「アルファー・リーダー、こちらブラヴォー・リーダー。そちらの配置変更の間、こちらの大隊を一段前進させるぞ!」
「おう、頼む!」
「こちらHQゼロ、特殊兵装の補給のため、一時帰投する」
飽和攻撃戦術によって敵も恐れをなしたのか、混乱しているのかは定かではないが、一時的に丘を越えて姿を現してくる敵機の数が目に見えて減っている。
すぐに敵も同じ手は2度も使えないという事には気付くだろうが、その短い時間がこちらにとっては値千金の貴重な時間となる。
丘を越えてきている敵でまだ残っている者への攻撃は第3大隊と第2大隊が担当し、最前列に位置するマーカスの第1大隊はHPの減っている小隊は後方の損傷の少ない小隊と交代。
大隊長直轄部隊機が空になって放棄された弾倉を回収して格納庫内で再装填、被弾を覚悟の上で全速力で移動し弾を消費している機体へと届ける。
「アルファー・リーダー、こちら第2中隊長。122小隊は揃ってHPを消費してしまっている。後退させるより次の敵の総攻撃でリスポーンさせたい」
「済まない。こちらから122小隊各機にアイテムを送る。後詰はしっかりと頼む」
「了解、私の小隊は損傷が軽微なので私自身が後詰となる予定だ」
威厳は保っているが、それでも申し訳なさそうな声の第2中隊長に対し、マーカスはしっかりとした声で「済まない」と声をかけていた。
第2中隊長としても自分の本来の担当ユーザーではないマーカスから課金アイテムを譲渡される事に遠慮があったのだろうが、マーカスは自分から謝罪と労いの意味を込めた言葉をかける言葉で遠慮する事はないと伝えたのだ。
機数差だけを考えても1対5以上の戦力差がある中、リスポーンが遅れてしまえば、そこが前線の崩壊のきっかけとなりかねない。
いわばマーカスの言葉は第2中隊長のみならず、全機に向けられた言葉であったといえよう。
「さぁ、サブちゃん、陽炎も一度後退させよう」
「良いのか?」
「今ならな。機数が機数だけに弾薬補充係は少なすぎるくらいなんだ。陽炎が格納庫付近まで戻って、そこでライフルのリロードを行えばそれだけ彼らの負担も減るだろうさ!」
それならば後退のチャンスは敵の数が減った今しかない。
私は陽炎を旋回させて格納庫を目指して移動を始めた。
弾倉にまだある程度、弾が残っている状態での余裕を持った状態での弾倉交換をタクティカル・リロードという。
とはいえ、陽炎の予備弾倉は4丁のライフルに対して1つずつのみ。
いくつも予備弾倉がある状態ならばいざ知らず、弾を使いきっていない弾倉を投棄して予備の弾倉に手を付けるのには抵抗があるが、陽炎の火力が我々の拠り所の1つであるのでいざという時に弾切れを起こしては洒落にならない。
ここはマーカスの思い描く戦術が上手く機能する事を祈ってリロードしておく事にしよう。
「連隊全機、アルファー・リーダーだ。今、『偽造診断書』と『修理用ロボットパック』の50個セットを買ったばかりだ。必要なトコにいくらでも回すから遠慮せずに言ってくれ!」
私が陽炎を後退させる途中、マーカスは連隊用部隊間通信で課金用アイテムの使用に対して遠慮する事がないように念を押していた。
課金アイテム「偽造診断書」と「修理用ロボットパック」はそれぞれデスペナルティを回避するためのアイテムである。
死亡判定をもらったプレイヤー、ユーザー補助AIに対する一定時間の再出撃を禁止する「医療経過観察」を解除するためのアイテムが「偽造診断書」
またHPがゼロになって撃破判定を受けた機体を瞬時に修復完了へとするアイテムが「修理用ロボットパック」だ。
それぞれ単品では現在、課金ショップにて1個150円で販売されているが、偽造診断書と修理用ロボットパックが50個ずつセットとなったお買い得パックが9,800円と割引価格で販売されているのだ。
「俺ぁ、給料もらえる大学に行ってたから大学時代からしばらく貯金が趣味みたいなモンだったしなんぼでも使ってやってくれ!」
先ほどまでの威厳のある声とは違い、マーカスはゆったりとのんびりとした声で話していた。
先ほどまでが指揮官として秩序を保ったままの余裕を印象付けるための話方だとするならば、今は大人として金銭面での余裕がある事を伝えるための話方だといえよう。
「向こうも現金でブン殴ってくるような戦い方をされるとは思ってもみないだろうよ!」
「ハハッ! 向こうが勝手に攻めてきたんだ。ならこっちの戦い方はこっちで好き勝手にやらせてもらうさ!」
ゲーム内世界で一般的に使用されるクレジットとは違い、課金でのみ手に入れられるプレミアム機体チケットで入手できる双月やモスキートなどの機体が尖りすぎた性能のキワ物ばかりである事からも分かるように、このゲームの運営は課金の額がゲームの勝敗を左右する事が無いように苦心していた。
俗に「Pay to win」とゲームやその運営を蔑む言葉が使われるようになって久しいが、マーカスはこのトイ・ボックスの特殊性を上手く利用して味方が倒されてもリアルマネーを使っていくらでも戦列に復帰できるようにしたのである。
VR療養所計画の担当部署を除いた運営側の視線になってみれば、これ以上ないほどの最悪のプレイヤーであろう。
故にこれ以上ないほどに頼りになる。
マーカスという男はパイロットとして指揮官として一流の実力を持ちながらも自らの目的のためにリアルマネーを含めた全てを使ってでも貪欲に勝利を狙いに行く事ができる者であった。
「さ~て、サブちゃん、敵の混乱もそろそろ収まったようだ。後半戦の用意は良いかい?」
「おう! 弾倉交換終了! 陽炎を前に出すぞ!」
丘を越えてくる敵機の数が飽和攻撃の前と同様に、いや、それ以上に増えている。
敵も飽和攻撃戦術が2度も使えない事を悟って勝負を決めるつもりなのだろう。
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