28 ある男の戦い
話が違う。
この数分間、男は心の中で幾度となく繰り返し続けていた。
ネット掲示板で儲け話があるという書き込みがあったのは現実世界での昨日の夜の事。
書き込みに添えられていたSNSの捨て垢に連絡を取るとすぐに返信が返ってきていた。
その書き込みをした投稿主によると、とある作戦が成功すれば機体の修理費や弾薬補給費がかからない整備拠点が手に入るという事であった。
にわかには信じられない話であった。
このゲーム、「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」においてはミッションをクリアして報酬をもらうというのが基本であるが、その基本とコインの裏表のようにミッションにおいて機体が負った損傷はゲーム内通貨であるクレジットを用いて整備しなければならないのである。
使用した弾薬もそれは同様。
だが話を聞いている内に男はいつしか納得させられていた。
曰く、「鉄騎戦線ジャッカル」の世界のとある場所に難病で苦しむ子供たちがVRの世界で仮初の安らぎを得るために用意された施設があるという事。
そして、このゲームは低年齢層にはいささか難しいものだと考えていたために運営チームはそのVR療養所内のHuMo整備施設を修理費、弾薬補給費を無料に設定しているという事。
また「鉄騎戦線ジャッカル」のプロデューサーはプレイヤーの行動の自由を保障する事を重視しているためにVR療養所を奪ってしまえばしばらくは施設を自由に利用できるであろうという事。
男にも難病に苦しむ子供たちのために用意された施設を奪う事に対する幾ばくかの良心の呵責があった。
だがVR療養所襲撃計画の立案者によれば、すでに作戦の参加者は300名を超えているという。
今さら自分が参加しなくとも結果は何も変わらないだろうと安易に考えてしまっていたのだ。
第一、VR療養所の子供たちには初期機体にランク2の機体が配布されているというのにほとんどの子供はHuMoを駆ってミッションに出る事に興味は無いようで、それならば宝の持ち腐れだろうという思いもあった。
それに療養所の保有HuMoは100機近いとはいえ、ランク2の物がほとんどで他にはランク3が1機とランク4が2機だけという話を聞き、攻略作戦は容易に成功するだろうと思えたのだ。
襲撃作戦に参加するプレイヤーはその時点で300人以上。
療養所の子供たちとは違い、正式サービス開始から3日とはいえ幾度ものミッションをクリアし、機体と武装、パイロットスキルを鍛えているプレイヤーとその補助AIならば100機近いHuMoが相手であろうと危なげなく施設の占拠は成功するだろうと思ったのだ。
実際に襲撃作戦の指定時間に指定ポイントに集まったのは500機以上のHuMo。
あまりに多くの参加者が集まったために指揮命令系統の確立に混乱をきたしていたものの、男は作戦が間違いなく成功するだろうと実感していた。
小さな黄色い弟切草の花が咲き誇る天然の花畑の中に集まったプレイヤーたちもそれは同様であったようである種のお祭り騒ぎのような様相を呈していたほど。
大人数により本来は誰しもが持っているであろう良心の呵責は他者へ責任を転嫁する事で薄れ、同じゲームの世界にいながら特権を与えられている者への攻撃性は増加していた。
典型的な大衆心理である。
療養所側がこちらの様子を確認するためか上げ続けるドローンを戦の前に神に捧げる生贄を血祭に上げるが如く撃ち落としている内に興奮は狂乱へと熱を上げていき、対地ミサイルによる攻撃が止んだ時には集まったプレイヤーたちはまだ攻撃を開始する前だというのにすでに勝利を収めたかのようであった。
計画立案者から療養所側に子供たちのログアウトのための猶予時間を通告済み。
30分という猶予時間は長すぎる気もするが、長すぎるが故に猶予時間を経てもまだゲームに残っている者は抵抗の意思を示しているものとして攻撃してもよいのだと参加者たちに納得させる事にも繋がっていた。
だが、男たち襲撃作戦参加者たちが笑っていられたのもそれまでである。
ログアウトのために設けられた猶予時間の期限ギリギリになって療養所が防衛設備を展開し始めたのまではまだいい。
しかし、施設周辺に数えきれないほどに展開し始めたHuMoが2、3機まとまって身を隠せるような巨大な壁や機関砲と対空ミサイルシステムが一緒になったトーチカに引き続いて施設の格納庫から飛び出してきたのは事前情報では存在するハズの無い機体であった。
箱を背負ったような細身の機体、ランク5のパイドパイパー。
貴婦人の裾が広がったスカートのようなホバーユニットを有する4本腕の大型機、陽炎。
運営が動画投稿サイトに上げていたPVで見た時とはだいぶ姿が異なるが、大型のガトリング砲を装備しているのはセンチュリオンだろうか?
陽炎はランク6、センチュリオンに至ってはランク7の機体である。
もっとも他の襲撃作戦参加者が言うにはHPが本来のものよりもかなり低く、ランク6相当級の値に設定されているのでランクを落とされた物なのかもしれないという事であったが、それでも予想外の強敵の出現に参加者たちが混乱をきたしたのはいうまでもない。
襲撃作戦参加者たちの大半はランク3からランク4の機体ばかり。他に少数のランク5の機体に乗っている者や、癖が強すぎるがランク6の課金機体に乗っている者がいるくらい。
参加者たちに帯同してきているユーザー補助AIの中にはランク2の機体に乗っている者もいるくらいなのだ。
もっとも、この時点ではまだ男は嫌な予感こそしていたものの、勝利は揺るぎないものと考えていた。
パイドパイパー、陽炎、センチュリオンの登場には驚かされたものの、それ以外の機体は事前情報どおりにランク2の物ばかり。
パイドパイパーは見た目どおりに耐久性に難を抱えた機体であるし、WIKIで見た記憶では陽炎は移動をホバーユニットに頼った機体であるので小回りの利かない機体であったハズ。
センチュリオンは重装甲寄りのバランスタイプだけに弱点らしい弱点は思いつかなかったが、それでもあの大型ガトリング砲とて撃てる弾数には限りがあるだろう。
それに強敵と思われるのは極少数。
集中砲火を浴びせ続ける事で十分に倒せる敵であろう。
だが、男が初めての胸の中で「話が違う」と呟いたのはその直後の事である。
集中砲火を浴びせ続ければ倒せる敵に、集中砲火を浴びせる事ができないのだ。
ランク5とランク6の強敵も思ったとおり、いや、想像以上の難敵であった事に違いはないのだが、それらと同じくらいにランク2の雑魚機体が厄介なのである。
3機1個小隊を組んで、さらに中隊大隊の編成もなされているのか、各小隊ごとに遮蔽物に身を隠しながらの射撃と前進を繰り返して施設付近に展開した装甲壁に身を隠しながら戦うその手法はこちらからの攻撃は当て辛く、しかも止まって射撃する部隊は同時に前進している部隊の掩護となっているのはすぐに察せられた。
随分とお堅い戦法である。
だが堅い戦法ゆえに穴は無い。
被弾を覚悟で前進する機体を狙い撃とうと速度を落としてしまった機体から逆に集中砲火を受けて撃破されて中立都市のガレージへと戻っていく。
幸い、男の乗っている機体は機動力に優れた格闘戦機であるランク5「タイフーン」であった。
その機動力とランク5の豊富なHP故に余力こそあったが、機体を軽くするために射撃兵装を搭載していない。
ソロでのミッションならばサブマシンガンくらい装備する余裕はあるのだが、今回の襲撃作戦では遠中距離での射撃戦は味方に任せる事にして、タイフーンの長所を伸ばす事にしたのだ。
それだけに中々に療養所へと近づけない事に焦れていた。
タイフーンの装備するビームダガーと高周波振動ナイフならば近寄れさえすれば、たとえ敵が3機でまとまって遮蔽物に隠れていようとランク2の機体如き瞬時に撃破できる自信があった。
なのにそれができない。
ランク2集団の秩序だった牽制射撃と、襲撃者たちの真横を幾度となく突っ切っていくようなパイドパイパーの動きによって男たちの進軍の足は進まず、ただ回避行動を取り続ける事しかできないのだ。
そして足の遅い機体からやられていく。
絶えず機体を左右に振って加速と減速を繰り返すGの負荷に耐えきれずに回避行動が疎かになった機体も、装甲が自慢で足の鈍い機体もセンチュリオンや陽炎、またはランク2集団の集中砲火の的になってやられていくのだ。
「チクショウ! 弾代がタダだからって雑魚どもまで良い弾を使ってきやがる!」
どこかで誰かが叫ぶ。
当たり前だろう。
療養所を守る者たちは倒されるために用意された敵性NPCではないのだ。
その一方で一体、誰がこれらの機体を駆っているのだという疑問もふつふつと湧いて出てくる。
遮蔽物に隠れていようと絶えず降り注ぐ砲弾の雨は相当なストレスであろうに、ランク2の機体を駆る者たちは小隊ごと、中隊ごとに上手く連携を取り上手く戦いを続けていた。
本当にアレが療養所の子供たちにできる事なのだろうか?
一瞬だけあの機体群に乗っているのは子供たちに付いているユーザー補助AIなのではないかとも思ったが、男はすぐにその考えを否定する。
動画配信サービスで運営が語っていたところによると、このゲームの主体はあくまでプレイヤーであり、その事を徹底するためにβテスト版より正式サービス版ではほとんどのユーザー補助AIのパイロット能力を低下させる事が明言されていた。
第一、担当ユーザーである子供たちがミッションを受けないのに、その担当である補助AIのみが戦闘経験を積んでスキルポイントを稼ぐだなんてありえないのだ。
特にセンチュリオンとパイドパイパー、この2機に乗っているのは間違いなくAIではないと断言できる。
センチュリオンのパイロットは施設建造物の屋上でガトリング砲の三脚を据え付け砲弾の雨を浴びながら、一歩も動かずに射撃を続けていた。
驚くべきタフネス、度胸である。
機体性能に裏打ちされた戦方でありながらも、こんな馬鹿みたいな戦い方をするAIなどいるわけがないと分かる。
またパイドパイパーのパイロットもこんな戦い方をするAIなどいないと言える。
男たち襲撃者たちを煽るかのように前線正面を飛び回るパイドパイパーは大胆不敵そのもの。
だがその行動は確かな実力に裏打ちされたものであり、特に空中で手足を振った慣性を用いた姿勢の変更は機体のスラスターの数が2倍にも3倍にも増えたかのような変幻自在の機動を見せ、幾度となく襲撃者たちの正面を横断し続けているというのにただの1発の被弾もない。
こんなAIなどいるわけがない。
いたらAIに戦闘を任せてプレイヤーは後ろでお茶でも飲んでようがミッションクリアは容易いだろう。
ともかく、男は焦れていた。
付け入る隙を見せない敵に、そして高ランクのタイフーンを駆っているのに自分の仕事ができない現状に。
それが命取りとなった。
敵が数百はくだらないであろうミサイルの一斉発射の後、陽炎とパイドパイパーが後方に下がっていくのを目にして今がチャンスと遮二無二、滑走路の端目掛けて突っ込み、そして数多の射線から集中砲火を受けて擱座。
まだ機体のHPは僅かに残っているが、両脚部は膝から下は無くなり各所のスラスターも作動を停止。
移動力を失ってしまえば残ったHPも敵の装甲を一瞬で焼き切るビームダガーも持ち腐れである。
男はこの日、何度目とも分からない愚痴をこぼした後、機体を捨てる覚悟をした。
「マモル君、機体から降りよう! なあに、外で戦っているHuMoは意外と強いが、施設を中から占拠してしまえばこちらの勝ちだろ?」
「いい加減にしてほしいものですね。報酬の出ないミッション外の戦闘で機体を全損間近とか収支を考える頭はあるのですか!?」
男にとってはこの屈辱的なワンサイドゲームの戦闘の中で唯一の癒しと言えたのは担当AIが唇を尖らせた不満たらたらの可愛らしい顔を見れた事くらいだった。
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