26 飽和攻撃

 戦闘開始前にマーカスがゾフィーを通じて連隊全体に指示を出していたのは時間が限られていた事もあり大規模な戦闘にも関わらず極めて少ない事だけだった。


 各大隊ごとの配置とその役割。

 マーカスの指示を除いたオープンチャンネルでの通信の禁止。

 そして限られた戦力を有効に活用するための「飽和攻撃戦術」だ。


 だがゾフィーから飽和攻撃のための配置が完了したと連絡があったというのにマーカスは動かない。


「マーカス!? ま、まだなのか!?」

「ん~……、もうちょい敵を引き込んでからの方が効率的かなって」


 続々と丘を越えて現れる敵集団にはもう陽炎やセンチュリオンの情報は事前に伝えられているようで心理的効果は薄くなっているよう。

 そのためか私の陽炎も徐々に被弾が増えていき、その度にコックピット内を赤い警告灯が照らして鈍い振動が伝わってくる。


 幸い、ブ厚い装甲が幸いして機能不全に陥ったパーツはまだないが、それがいつまで続くかは分からない。


 だというのに随分と暢気な声でタイミングを見計らっているマーカスに思わず怒りがこみ上げてくる。


 だがマーカス以外にこの戦闘を勝利に導ける者がいるものだろうかと思い直して怒りは敵にぶつける事にした。


 トイ・ボックス施設の反対側にあたる滑走路北端を目指していた部隊が目的地に辿り着きそうなのを確認してから私は陽炎の脚部を地面に打ち込んで無理矢理にターンさせ、丘からトイ・ボックスを目指してくる敵部隊に機体正面を向けて胸部ビーム砲の第3射を見舞う。


≪ハリケーン:じょばんぬを撃破しました。TecPt:12を取得、SkillPt:1を取得≫

≪オデッサ:ベリアを撃破しました。TecPt:12を取得、SkillPt:1を取得≫

≪烈風砲戦仕様:リリーを撃破しました。TecPt:13を取得、SkillPt:1を取得≫

≪呑竜:カスケードを撃破しました。TecPt:13を取得、SkillPt:1を取得≫

≪雷電陸戦型:シャイニー☆を撃破しました。TecPt:11を取得、SkillPt:1を取得≫

≪ウダロイ:ふらごんを撃破しました。TecPt:12を取得、SkillPt:1を取得≫


 スピードに乗っている状態からのターンだけにかなり広範囲にビームを振る事ができたおかげか成果は撃破5機。

 だが地面に脚部を叩きつけるように打ち込む旋回方は陽炎の命である速度を大幅に殺してしまう事になる。


 β版で陽炎と戦闘経験があるプレイヤーが向こうにいたのだろうか。

 速度が落ちた所を見計らったように数機からバズーカの連射が撃ち込まれる。


「くぅぅぅ……」

「サブちゃん!? 足を止めるなッ!!」

「わ、分かってるっての!!」


 視界が閃光に包まれた。

 被弾は無い。

 12、3発くらいは撃ち込まれたであろうバズーカの砲弾はその低い弾速のために全て陽炎のCIWSに撃ち落とされていたのだ。


 だが敵の攻撃の数が数だけに全てを撃ち落としきるのに時間がかかり、2発ほどは超至近距離での爆発が陽炎を包み込んでいたのだ。


 まるで直撃を食らってしまったかのような振動。

 眩む目で自機の情報を表示させているサブディスプレーに目をやると僅かながらHPも減っている。


 とりあえずまだ眩む目ながらフットペダルを踏み込んで機体を加速させ続け、オートモードに任せている腕部の射撃を命中精度を重視した狙撃モードからバランスモードに変えて弾を浪費してでも窮地を脱する事にした。


第3大隊チャーリー、こちらアルファー・リーダー。今、バズーカの連射をした敵機が分かっているなら攻撃は後回しにしろ! ロクに弾は残っていないだろう!」

「お前……!」


 我々への支援砲撃に専念する第3大隊に対し、わざわざ陽炎への攻撃を仕掛けてきた敵を放置しろと指示するマーカスにイラっとさせられるが、バズーカ砲という種類の兵器は絶大な火力を有するがその代わりに装弾数は極めて少ないというのは事実であるので何も言い返せない。


「さて、と……」


 私のイラ立ちを知ってか知らずかマーカスは頃合いと見てコホンと咳払いしてから声を出す。


 私の後ろであの男が含み笑いをしている所を想像して思わずの私の背筋に寒気が走る。


「丘から姿を出してまだ生き残ってる敵が100機を超えたな。そろそろ良いかな? ……飽和攻撃用意! チャーリー!?」

「第3大隊、飽和攻撃用意! ……こっちはOKだッ!」

「サブちゃん!?」

「こっちも……、イケるぞッ!!」


 私は陽炎の4本の内、3本をオートモードに任せて空いた右手でタッチパネル式のサブディスプレイを操作する。

 被弾の衝撃で突き指しそうになりながらもミサイルVLSを起動。中央操縦桿のトリガーにミサイルを連動させる。


「第3大隊! 5カウントの後にミサイル全弾発射! ……5、4、3、2、1、今ァ!!」


 それはまさに盛大としか言いようのない光景であった。


 トイ・ボックスの子供たちに初期配布された機体たちには初課金特典と同様の3連装ミサイルポッドが2基ずつ与えられていた。


 マーカスはそのミサイルポッドを全て支援砲撃担当の第3大隊に回して装備させていたのだ。


 敵と近距離で戦う第1、第2大隊の機体を軽くして低ランクの機体の機動性を確保するためと、もう1つは一斉発射させるためには戦闘の負担が少ない後方の第3大隊が適任であったというのもその理由。


 その第3大隊所属各機に装備されたミサイルポッドがマーカスの指示の元、一斉に発射された。


 白い噴煙を引いてトイ・ボックスの施設屋上や後方の山の斜面から放たれたミサイルはそれぞれの目標へと飛んでいく。


 その光景だけでこれまでの苦労が報われるような勇壮な光景であるといえよう。


 だが、これだけではない。


「サブちゃん、ミサイル、撃てテェッ!」

「了解ッ!!」


 タッチパネルで設定していたとおり、私が一度トリガーを引くと陽炎の両肩アーマー内のVLSに搭載されたミサイルは72発全弾が発射される。


 無論、敵だってただミサイルを撃ち込まれるのを待っているわけではない。


 迎撃用の対空ミサイル、ライフルの対空炸裂弾、最終段階ではCIWSの機関砲。


 数多の対空砲火が上がって次々とミサイルを撃ち落としていくが、500発以上のミサイルの攻撃に敵の迎撃能力は限界を超える。


 さらにミサイルばかりに気を取られているとこちらの第1大隊、第2大隊が狙い澄ましたように遮蔽物に身を隠しながらの狙撃を行って敵を撃破していく。


 さらに私の陽炎が第3大隊からワンテンポ遅れてミサイルを発射したのは敵のミサイル迎撃能力が飽和した所へ攻撃を仕掛けるための時間差トリックだ。


 さきほど陽炎のCIWSがバズーカの連射をギリギリで迎撃、あわや直撃弾をもらいそうになったように、いくら高度な対空能力を持つHuMoとはいえその能力には限界がある。


 陽炎はなんとかバズーカの連射を凌ぎきった。

 だがこちらの飽和攻撃はマーカスの悪魔的な読みどおりに有効に機能し、次々に敵機に命中し、回避が甘くなった敵はライフルで撃たれていく。


 そこにさらに陽炎による高ランクのミサイルが飛び込んでくるのだ。

 敵からすればたまったものではないだろう。


 これがマーカス流飽和攻撃戦術である。


 ……ていうか、ロボットアクションシューティングゲームでこんな真似する奴がいるのかよ。


 私はサブディスプレーに次々と流れて読み切れないほどの撃破ログを見ながら改めて厄介な男の担当になってしまったものだと呆れかえっていた。


「んっふふふ! どうだい、サブちゃん?」

「いやあ、いつからこのゲームは弾幕シューティングになったのかなぁって……」

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