43 「ゲームなんかにマジになっちゃって……」

「サブリナちゃん、落ち着いた?」

「え、ああ、まあ……」


 私が話しかけるとサブリナちゃんはタブレットから私へと視線を移す。

 顔色は平常通りに戻っているが、目は小刻みに震えているかのようであり、また言葉とは裏腹にどことなく歯切れの悪い物言いである。


「マサムネさんには困ったものね。あんな殴り合いなんて見せられたらショックを受けても仕方がないわ」

「そ、そういうわけじゃないんだけどな……」

「そういう事にしておきましょうか」


 いつもの彼女とは様子が異なる、明らかに同様を隠せていない様子であるが、ここは彼女の強がりを受け入れておくとしよう。


 大体、サブリナちゃんは「小生意気な女の子で皮肉を言ったりもするけれど、実は面倒見が良い」というキャラクターなのだから大の男2人の殴り合いを見せられて平気だってほうがおかしいのだ。


 あの動画のカスヤ1尉と中山防衛大臣のやりとりはヒトという獣が殴り合っているようなものだ。

 格闘技のような洗練された動作であればサブリナちゃんだってまだ見てられたのかもしれないが、生憎とあの2人のファイトはそんな生易しいものではない。


 ただ己の感情のままに拳をぶつけ合うケダモノを見せられては少女がその闘気にあてられてしまったとしても何を責められよう?


 いつまでもこの話を引きずっても彼女にあの殴り合いを思い出させるだけだし、ここはとっとと話題を変えてしまう事にしよう。


「そういえばお礼をまだ言ってなかったわね?」

「あん? 礼?」

「ほら、救援要請に応じてこの大型ミッションに参加してもらった事」

「ああ、いいって、そんな事……」


 ちょうど作業の手伝いをしていた難民の女性が私たちにボトル入りの水を持ってきてくれたのでサブリナちゃんの隣にマモル君を座らせてから私は自分の分の水の栓を開けて一口。

 水は冷やされていたものではなかったが、汗で濡れたツナギが空調で冷えて体を冷やしていたためにかえって常温の水は心地よく喉を流れていく。


「いえ、サブリナちゃんが来てくれなかったら陽炎の撤退条件を満たせずに第一ウェーブで終わっていたかもしれないじゃない。ありがとう!」

「ま! 間に合って良かったよ! それにしても驚いたよ。ライオネスが虎代さんの妹だっただなんて……」

「ああ、そういえばマモル君も姉さんの事を知っていたわよね?」


 ユーザー補助AIというのは運営チーム全員の事を知っているものなのだろうか? 

 私の怪訝な顔を察してマモル君とサブリナちゃんが2人でその辺りの解説をしてくれた。


「お姉さんは僕たちユーザー補助AIがどのように作られているか知っていますか?」

「うん? そんなの知らないわよ」

「ええと、まず各キャラそれぞれ大元となるデータを作って、その元データで色々とテストを行って合格となったら保存。で、プレイヤーからアサインされた時に元データからコピーを作って種々のパラメーター調整を行ってからプレイヤーに引き渡すという形なんだ」


 パラメーター調整というのは「協調性」だとか「攻撃性」だとかという性格面から、戦闘での能力や行動の傾向など様々な面で行われているらしい。


 そういうわけで、このゲームには100体弱のユーザー補助AIの元データがあるわけだが、それぞれのプレイヤーに付与されるAIはすべて別物といっていいようなモノとなっているそうな。


 例えば私の補助AIはマモル君だが、他のプレイヤーの担当であるマモル君とは見た目が同じでも性格はまるで異なるというわけだ。

 いや、性格が異なるという事は服装やら髪型やら見てくれも異なってくる場合もあるのかもしれない。


 まあ、私の目の前にいるサブリナちゃんがまるで子供がピアノの発表会にでもいくようなアンサンブルスーツを着ているのは彼女の性格が、というよりは彼女の担当であるマーカスさんの好みなのだろうけど……。


「で、虎代さんはユーザー補助AIの元データのテストに参加していたので、その元データのコピーである僕たちも彼女の事を知っているというわけなんです」

「そういうこったからさすがに運営全員を知っているってわけじゃないよ」

「へぇ~……」


 2人の話を聞いてふと疑問に思ったのだが、そういえば第一ウェーブ終了後のハイエナたちの襲撃の時に姉の姿を見たマモル君とトミー君は顔を赤らめてはいたものの、驚いた様子はなかった。


 という事は姉はあの頭みたいなサイズにまで盛られた胸のアバターでAIのテストに参加していたのだろうか?


 仕事中に……!?

 いくらなんでもウチの姉はメンタル強すぎんか?


「どうしました? 急に苦虫を噛み潰したような顔をして」

「ん~? ちょっと話題を変えたいな~って……」

「ま、まあ、良いけどよ……」


 先ほどはサブリナちゃんをおもんばかって話を変えたのだから、今度は自分のために話題を切り替えたっていいハズだ。


「第二ウェーブの話に変えましょうか? そうねぇ、たとえば私のニムロッドカスタムとサブリナちゃんのパイドパイパーで2体1の状況を作ったらササッと月光をやれないかしら?」

「勝てなくはないだろうけど、ササッといくかはどうかは別だよな……」

「まあ、向こうも馬鹿じゃないでしょうからね」


 互いに顔を見合わせるサブリナちゃんとマモル君の見解はほぼ同様のようであった。


「陽炎を倒すにはマートレット・キャノンの大砲とか、ズヴィラボーイのバズーカにサブリナちゃんのパンジャンとか火力を集中させる必要があると思うのよね」

「なるほどな。だから邪魔な月光はとっとと倒しておきたいってわけだ」

「そうでもしなければ、でしょうからね……」


 マモル君が視線で示した方向にあったのは1機のHuMo。

 サムソン製と思わしき造形ながらニムロッドとは別系統である事を匂わせる細身で腕の長い機体だった。


 そのクリーム色に塗られた機体の左脇腹には深い刺し傷のような損傷が見える。


「アレは……?」

「ハリケーン、軽量高機動タイプの格闘戦機です」

「ほれ、負傷でさっきのミーティングに来れなかったアルパカってプレイヤーの機体だよ!」


 話の流れからするとハリケーンの脇腹に深々と損傷を負わせ、そのパイロットに重症を負わせたのが月光なのだろう。


「アレもけっこう小回りが効くハズなんだけどな……」

「ええ。いくら低ランクの機体とはいえ格闘戦機の懐に飛び込んで装甲の厚い正面を避けて側面にナイフを突き立てるだなんて。案外、陽炎よりも厄介なのは月光の方なのかもしれませんよ?」


 前回の戦闘で月光が装備していた武装はナイフとサブマシンガン、いずれも高い攻撃力がウリの兵装ではない。

 だというのに月光はあっという間に傭兵NPCのクルーさん他、複数の機体を撃破していた。


 プレイヤーたちの腕前は分からないが、先の戦闘でローディーとテックさんが見せた技量を思えばクルーさんもベテランと呼ぶにふさわしい実力の持ち主であったのだろう。


 そのクルーさんを血祭にあげた月光のパイロットの技量のほどがハリケーンの脇腹の損傷から窺い知る事ができようか。


 となるとマモル君の言葉もいつもの心配性ではなく、まさに正鵠を射ている言葉のように思えてくる。


「……さて、そうなるとどうしたものかしらね?」

「おいおい! もっと気楽にやりなよ。これはゲームなんだぜ? ゲームなんかにマジになっちゃってどうすんの?」

「そうかしらね?」


 サブリナちゃんの言葉は深刻に思いつめたような顔をする私の肩の荷を降ろそうとするためのものである事は分かっている。


 そうと分かっていながらも私にはその言葉に同意する事ができなかった。


「そりゃあ私たちプレイヤーやユーザー補助AIは撃破されて死亡判定もらってもガレージで復活するわけじゃない? でもトクシカさんたちや難民たちみたいなNPCは死んだらそこで終わり。その内、同じ役割のNPCが作られると言っても、それは同じ役割を持たされた新しいNPCであって、死んだ人が蘇るわけじゃない。そんなの私、嫌だな……」


 私が視線を向けた駐機場の隅っこには難民の子供たちが機関砲弾にベルトリングを取り付けて長い帯状にしているところであった。


「マモル君がよく口にする言葉だけど、私はやっぱり馬鹿なのかもしれない。このゲームの世界は脳味噌に送り込まれた電気信号によって錯覚させられている作り物だって分かっているのに、それでもまるでもう1つの現実のように感じているの……」


 子供たちの表情は一様に強張り、中には涙を袖口で拭いながら黙々と作業を続けている子もいる。


 子供たちが間近に迫った死の気配に恐怖する様子はまるで自分の身を切り刻まれるかのように痛ましい。


 だが、痛ましいながらも私はこの光景がこれ以上ないほどに好ましいもののように感じられてならなかった。


「見てよ。あの子たちがなんで泣くのを堪えて必死に頑張っているか分かる?」

「そらあ、あの子たちは自分がゲームの登場人物だなんて知らないからな。やっぱ死ぬのは怖いんだろうな。可哀想に……」

「そうね。あの子たちは死ぬのが怖い。それと同じくらいにトクシカさんに死んでほしくないのよ。きっと……」


 私がそう思うのは難民たちの誰しもがここから逃げ出そうとせずに戦う道を選んだ事。

 敵の狙いはトクシカ氏であるのは明らかである。

 ならば座して死を待つよりはと工事用の車両か何かで難民キャンプから逃げ出そうとする者がいてもおかしくはないだろうにそんな者は誰一人としていないのだ。


 彼ら難民たちにとってトクシカ氏は救世主のような存在なのだろう。


 戦争によって住処を追われた彼らに手を差し伸べたのは一個人であるトクシカ氏のみ。

 彼らにとってトクシカ氏を失う事は生活の再建の道を閉ざされる事であるという打算的なものだけではなく、心情的にトクシカ氏に恩義を感じているのだろう。


 故に難民たちは揃って戦おうというのだ。

 大人たちはHuMoが無くとも歩兵用の携行兵器を携えて、子供たちも作業を手伝う事で少しでもトクシカ氏に恩を返そうとしているのだろう。まさに「情けは人のためならず」といったところであろうか。


 思えば第一ウェーブの終了後、駐機場に戻った時にあったハイエナたちの襲撃は予定されていたものではなく、本来は難民たちを煽動して暴動でも起こさせる事にあったのではないだろうか?


 だが難民たちに紛れ込んでいたハイエナたちの煽動に乗る者はおらず、故に彼らは直接トクシカ氏の命を狙って行動を起こしたのではなかろうか?


 これは確証のある話ではないが、そう思った方が辻褄が合うような気がするのだ。


「皆、良い人たちじゃない? 私はたとえ作り物の世界であっても彼らを失いたくはないわ」

「…………」

「ついでに言うと私は馬鹿だから、ゲームの中のAIが担当してるNPCであってもサブリナちゃんの事は友達だと思っているの。だから、その貴女に『ゲームの事だから』だなんて言って欲しくはないわね」


 まっすぐにサブリナちゃんの目を見て言った私の言葉を彼女は最初は笑い飛ばそうとして頬を緩ませたものの、結局は考え直したのか真顔に戻る。


「友達、か……」

「ええ。だから貴女は復活できるとはいってもヤバかったら途中で逃げても良いのよ?」

「馬鹿言え。ああ、馬鹿だ。人口知能が友達だとか本当に馬鹿だよ!」


 やれやれといった様子でサブリナちゃんは頭を振るものの、その表情はどこか晴れ晴れとしたもので、やがて彼女は「よし!」と気合を入れると手にしたタブレット端末を操作しだす。


「しゃ~ない。私のとっておきの奥の手だ!」

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