42 切り札はいずこ?
「ところで虎代さん……。えと、けるべろすさん、1つ、気になる事があるんですけど……」
とりあえず改修キットを適用する事でデメリット無しでニムロッドを強化できるという事が分かった。
そして私と姉の会話が一段落したところでマモル君が控えめながら切り出してくる。
「もし、この大型ミッションに失敗してトクシカ氏が死亡してしまった場合、今回のイベントでの改修キットの解放は無し、次回の同イベントに繰り越しになるんですよね?」
「そうっスね!」
「でもお姉さんを始めとして今回のイベント参加者たちの機体にはすでに改修キットが施されているわけじゃないですか。その場合ってどうなるんです? ガレージバックした時には元の機体に戻っているのか、それとも改修キット適用済みの機体がガレージにあるという事になるのか……」
マモル君の問いに姉はゆっくりと首を傾げて考え込み、10秒か20秒ほどそうした後にとんでもない事実に気付いてしまったかのようにハッと私たちに向き合う。
「や、ヤバイっス! その場合はまだ存在しないハズの改修キット適用済みの機体がゲーム内に存在する事になってしまうっス!」
「いや、気付いてなかったんかい!」
私も思わずツッコミを入れてしまったが、マモル君に言われるまで気付かなかったという点では姉と同類だろう。
「ヤバイっスよ~! プロデューサーにめっちゃ怒られるっス~!」
「はあ……、姉さん、貴女、会社員になってもう長いから随分と丸くなってしまったみたいね。やる前から負ける事を考えるだなんて馬鹿みたいじゃない?」
姉の上司のプロデューサーという人がどのような人物であるのかは知らないが、怒られそうになったら自分の履いてる靴でも目の前に突き付けて「これが私の靴だッ!」とでも言って煙に巻いておけばいいのだ。
第一、この場で敵に負けるだなんて考えているのはマモル君と姉だけ。
私たち以外のプレイヤーとその担当AIは機体の様子を見に整備が行われている駐機場へと向かっているし、先ほどまで自分一人でハイエナの元へと飛び出していきそうな様子だったトクシカ氏だって今は覚悟を決めた様子でどっしりと椅子に座りこんでいる。
傭兵組合の女性職員さんもそのクールビューティーという言葉をそのまま人の形にしたような外見どおりにノートパソコンとタブレットを操作している。姉の担当であるマサムネさんも自身はHuMoの操縦ができないというのに駐機場で何かをしているようだ。
心配症のマモル君ならばいざ知らず、姉が負ける事を考えるのはまだ早い。
「そんな事を言ったって、改修キットを使ったって確実に勝てるわけではないんスよ!?」
「あてが無いわけじゃあないわ……。それに負けた時は母さんにしばらく姉さんの分の御飯は用意しなくていいって伝えといてあげるわ」
自分の短慮に不安そうな顔をする姉には言わないでおく事にする。
あてが無いわけではないが、あてが有るのかと言われたら、それはそれでちょっと言葉に詰まってしまうという事を。
私が「あてが無いわけではない」と言ったのは、こないだサブリナちゃんと一緒に受けたミッションでランク3のニムロッドを駆っていながらランク1の雷電にやられそうになっていたという事だけ。
あの時は数の暴力に負けそうになったのだが、ランクが2つも離れた相手に随分と損傷を負わされたものだ。
なら改修後のニムロッドのランクは4.5。敵のボス格の陽炎と月光のランクが6なのだからランク差は1.5だ。
やってやれなくもないと思う。
私が考えていたのはそれだけの事なのだ。
「はぁ~……、いい加減にお家のベッドで寝たいっス~……」
「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」のサービス開始以降、会社近くのビジネスホテルで寝泊りしている姉の愚痴を背で聞きながら、私も駐機場へと向かおうとするとマモル君も付いてきた。
「さて、どうしたものかしらね……」
電動の工具や牽引車にフォークリフトの作動音で騒がしい駐機場では今まさに各機の改修が進められているところであった。
私のニムロッドも装甲が剝がされて内部機器の刷新が行われており、その施行箇所は機体の全身に及んでいる。
ふと思いついてマモル君からタブレットを借りて先ほどの戦闘のリプレイを確認してみると、激戦ゆえにダメージ表記なんかをマトモに見れていなかっただけに改めて気になるところがあった。
「あのデカブツ、陽炎なんて名前だからトヨトミ製だろうし、装甲は大した事はないと思っていたのだけど、そうでもないみたいね……」
「そうですね。前回の戦闘では拾い物のライフルでしたけど、12発の命中弾の内、貫通はゼロ。大したダメージを与えられてませんね」
しかも、だ。
陽炎のHPは4万もあるし、動きも以外と小回りが利くのだ。
それでいて重装甲とはソツがない。
これを一体、どうやって攻略すればいいのか?
「サブリナちゃんのパンジャンドラムだと幾らかは削れたけど、決定打になるかというと……」
「そりゃ、アレは敵に突っ込んでって爆発するだけですからね。貫通力も無ければ爆発のエネルギーに指向性があるわけでもない」
それでも第一ウェーブでは敵の撤退条件を満たす事ができたのはサブリナちゃんのおかげではあるのだが、次はHPを完全のゼロにして撃破しなければならないのだ。
「ジーナちゃんのミサイル一斉発射もCIWSに全て撃ち落とされていたわね?」
「ええと、陽炎が搭載しているCIWSは4基ですか? 射線の通っていないのは近距離の下方向ぐらいなものですね」
「さすがにあんだけ大型の機体だとCIWSの弾のたんまり積んでるんでしょうね」
「弾切れはなったらラッキーくらいで、狙うモンでもないでしょう」
一体、あの陽炎というHuMoはどれほどの重量を持つというのだろうか?
全高は25mほどと一般的なHuMoの1.5倍程度だが、その全身に張り巡らされた重装甲に裾が広がったスカートのようなホバーユニットを考えると数百tクラスになるだろうか。
それだけの重量だけに普通のHuMoには1基しか搭載されていないCIWSが陽炎には4基も搭載されている。トヨトミ系の雷電や烈風などは「必要ならオプション買ってね!」とばかりに固定武装としては装備されていないにも関わらずだ。
それだけに陽炎のミサイルなどに対する防御能力は極めて高いと言っていいだろう。
「……となるとアレなんかどうかしらね?」
私のニムロッドの3機隣で改修作業が行われていた機体の肩には長く巨大な砲身が伸びている。
「マートレット・キャノン。あのM36釈尊というプレイヤーの機体ですね。あの長砲身105mm砲の貫通力なら陽炎の装甲を抜けるかもしれませんけど、アレ、ランク1のマートレットのバックパックに砲をポン付けしたような機体ですから機動性はだいぶ落ちてますよ?」
「なら私たちでサポートする必要があるかしらね。そういえば私の84mmバトルライフルだとどうかしら?」
「どうでしょう? ランク4のライフルで、ランク6の重装甲タイプを抜けるかどうかはちょっと……」
たしかにバトルライフルはアサルトライフルよりも大型で重量級の物だが、重いとは言っても前回の戦闘では案外と普通に戦えていた。
一方、マートレット・キャノンの背負う大砲はいかにも取り扱いに苦労しそうな物であるし、デメリットの大きい分、威力もデカいというのはありえそうな話だ。
「う~ん、結局は『取り付いてコックピットを潰してクリティカルの判定を出して撃破する』か『多数で囲んでメッタ撃ちにする』かの二択みたいなんだけど、それだとやっぱり陽炎より先に月光の方を叩いておく必要があるわよねぇ」
陽炎に取り付くにせよ、包囲して弾幕を浴びせてHPを削り取るにせよ、邪魔になるのがステルス機、月光だ。
アイツに茶々を入れられたらどんな作戦だろうがパーになってしまうだろう。
マモル君と一緒に駐機場を回ってみるが、やはり単機で状況をひっくり返してくれそうな機体がいるわけもなく、そうこうしている内に駐機場の隅のベンチに座ってタブレットの画面を見ているサブリナちゃんを見かけたので話しかけてみる事にする。
先ほど、マサムネさんに見せられた動画で顔を青くしていたサブリナちゃんだが、今はもう平気そうだ。
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