44 サブリナの奥の手
サブリナちゃんは「しょうがねぇな~」と言わんばかりの不敵な笑みを私に向けるとタブレット端末の仮想キーボードにテキストを打ち込んでいく。
裏側からでも透けて見える半透明の画面を見るからにメールソフトを立ち上げて長文を打ち込んでいるようだ。
だがメールを打ち終えたかと思ったらサブリナちゃんは眉間に皺を寄せて固まってしまう。
何か思い悩んでいるかのようであった表情はやがて苦悶へと変わり、首を左右に振りながら「う~ん……、う~ん……」と溜め息混じりの唸り声まで発していた。
彼女の頭が左右に振れるたびにゴムで縛られた髪もつられて揺れるのはとても可愛らしいとは思うが、一体、何を悩んでいるというのだろうか?
「ど、どうしたの……?」
「う~ん……。『とっておきの奥の手だ』なんてイキっておいて悪いんだけどさ、ここの送信ボタンを押してくれない?」
「え、ええ……」
手渡されたタブレットの画面に映されていたのはやはり後は送信ボタンを押して発信するだけの1通のメール。
チラリと文面を確認してみると、内容はネットゲームやソシャゲーによくある類のものである。
To:マーカス
Send:サブリナ
件名:新規ショップ追加のお知らせ!
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「うん? 更新情報の告知……?」
私は「こういうメール貰ったことないけど?」という視線をマモル君に向けると、私の担当は「欲しいんですか?」とばかりに片眉を上げて首を傾げてみせたので、首を横に振って無言で意思を示す。
「この手の更新情報とか、ありきたりではあるけど、このゲームだとユーザー補助AIが担当してるんだ……」
「まあ、実際にユーザーと触れ合ってる担当AIがやった方が各プレイヤーの好みとか把握できるんじゃないかってことらしいよ?」
「そう……。それにしてもなんであんなに悩んでたの?」
メール自体もありきたりなものであるし、メールの内容もおかしいところはない。
おかしいと思うのはむしろこのメールを送る事を思い悩んでいたサブリナちゃんの様子と、このメールが彼女が言う「とっておきの奥の手」だという事。
「いや~……。なんていうかさ、こんなメールを送ったら、私があの男に服を買ってくれってねだってるみたいじゃん?」
「ああ、なるほど。でも、気にすることでもないと思うけど」
「それを気にするのが私が設定された性格パターンってヤツなのさ。現にライオネスの担当AIはメールとか送る気も無さそうだろ?」
「まあ、私はそれでいいけどね」
私としてはイベント情報のお知らせなら送ってほしいとは思うけど、ロボットゲーやってるのにファストファッションの服がゲーム内に実装されましただなんてメールをもらってもなぁと思ってしまう。
一方、サブリナちゃんがデフォルトの服から別の服へと着替えている事からも分かるように、マーカスさんならこの手のメールは喜ぶのではないだろうか?
「ほれ、トクシカも虎代さんに言われるまで改修キットを使う事に思い至らなかったように、AIの思考と行動には枷がはめられているんだよ。そういうわけで私にはこのメールの送信ボタンを押せないんだ」
「ああ、そういう事ね! ……っと、これでいい?」
「おう、ありがと!」
納得した私がメーリングソフトの送信ボタンを押すとそのままメールは発信された。
先ほど唸るほどに思い悩んでいたサブリナちゃんの様子からすれば、あまりにも簡単で拍子抜けしてしまうほどだ。
「でも、なんでこのメールが『奥の手』になるの?」
「これでアイツは来るさ……」
「そうかしら?」
アイツというのは彼女の担当で、メールの宛先であるマーカスさんの事なのだろうが、サブリナちゃんの確信めいた言葉とは裏腹に私にはマーカスさんが救援に来てくれるかは半信半疑といったところ。
第二ウェーブの開始まであと3時間ちょい。
180分だとしても、現実世界での時間では18分しかないのだ。
現在の時刻は17時38分。18分後だとしても18時前。社会人であるマーカスさんがどのような職業かは分からないが帰宅できるかどうかは微妙なところだろう。
まあ、サブリナちゃんがランク5の機体に乗っているのだ。
ならマーカスさんの機体はランク5か、それ以上。もし彼が来てくれるならだいぶパワーバランスは均衡に近くなるのだろう。
そういう意味では確かにメールを送る意味はあるのかもしれないが、実際のところ、マーカスさんは来てくれるのかは疑わしいところである。
だがサブリナちゃんには“絶対”と思えるような確信があるようだ。
太陽が東から昇って西へと沈むように、木の枝から落ちたリンゴが地面へと落ちるように。
彼女はマーカスさんが来てくれると信じているのだ。
彼女の様子からは“信頼”だとか“信用”だとかありきたりな言葉では言い表せられないような凄みを感じさせるがゲームのサービス開始から3日で一体どうすればこれほどの関係性を築けるのかと根掘り葉掘り聞いてみたいくらいである。
「……ヤツは来る。間違いなく、確実に……、ヤツは来る。ライオネスも巻き添え食らわないように気を付けとけよ?」
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