37 “鬼札”と呼ばれた男 前編

 私がプレー中である「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」を始め、いわゆる完全没入型と呼ばれるゲームには30年前には絵空事でしかなかった革新的な技術が使われている。


 人間の脳波を外部の機器から送られた電磁波によって制御する事で半睡眠状態へ導き、さらに脳に電気信号を送る事で仮想現実の世界での体験をあたかも現実の事かのように錯覚させる完全没入の技術。

 この技術によって2010年代から2030年代においてはジャイロセンサー付きのヘッドマウントディスプレーとそれに付随するコントローラーやモーションセンサーなどに頼らざるをえなかった現代からすると極めて原始的なヴァーチャル・リアリティーの世界は一気に過去の物となった。


 またゲーム世界に数えきれないほどに存在するNPCたちはそれぞれ違和感無く実在の人物と同じようにコミュニケーションを取る事もできるのだが、それぞれNPCを担当するAIたちの演算処理に使われるコンピューターの技術もこれも30年前の物とは比較にならないほどの革新的な物。


 これらの革新的な技術群は20年ほど前に地球を訪れた異星人からもたらされた物だということは私でも知っている常識だ。


 そして、地球を訪れた異星人と地球人の間で紛争が起こった事も周知の事実。


「ま、雰囲気暗くなっちゃったんで、気晴らし代わりにでも聞いてくださいよ」


 そういうとマサムネさんはノートパソコンを操作してプロジェクターに動画投稿サイトYouPipeにアップされている動画を映し出す。


 動画の内容は2人の男が殴り合っているというもの。


 格納庫か何かだろうか?

 白と黒に塗られたいかにも旧式の戦闘機の前で、老齢ながら筋骨隆々の白髪の男と細身の若い男がベタ足でドカドカと身を打ち、骨をきしませながら殴り合いを繰り広げている光景であった。


 若い男の方はダークグリーンのツナギに編上靴と、一目で自衛官と分かるが、老齢のガチムチの方は灰色の背広を着たくらいにして自衛官には見えない。


『なんちゅ~もん作っとんじゃ! ヴォケがッッッ!!』

『お・ま・え・が! お前がポンコツ弄って最強の戦闘機こしらえろって言ったんやないかい!、このクソ大臣ッ!!』

『だからって、貴様しか乗れんようなモン作って、どないせぇ~ちゅ~んじゃ!?』


 2人の実力は伯仲、ずいぶんと見ごたえがある殴り合いだったが、後ろの席から「ヒィ……」という押し殺したような悲鳴が聞こえてきたので振り返るとマモル君にはいささか刺激が強すぎたようだ。

 マモル君の隣に座っているサブリナちゃんも酸欠の金魚のように目を見開いた状態で口をパクパクさせている。


「緑のツナギを着ているほうが22年前のカスヤ1尉、彼と殴り合ってる老人が当時の防衛大臣だった中山衆院議員ですね」

「あ~、昔、けっこう話題になってたかも……。破天荒大臣だっけ?」

「あれ? 中山って……」

「ええ。ウチの一族の恥さらしでごぜぇますわ……」


 釈尊さんは昔を思い出すかのように遠い目をしながら口元を緩ませ、逆に中山さんは家系の恥部を思い出して闘争心を剥き出しにして歯ぎしりしている。

 ある意味ではマサムネさんの「気晴らし」というのは効果的であったようだ。


 それにしてもカスヤ1尉というのはなんかどこかで会ったような違和感というか既視感が拭えない。


 あっ!

 このカスヤ1尉という男、マサムネさんにそっくりなんだ!


 よく陽に焼けたカスヤ1尉に対してマサムネさんは綺麗な色白、中山大臣と殴り合うカスヤ1尉は犬歯を剥き出しにして攻撃性を隠そうともしていないのに対して、マサムネさんは柔和な笑顔を崩す事はないという違いこそあるものの、2人の顔立ちはそっくりそのもの。


「あ~、思い出したわ。このカスヤ1尉ってパイロット、『中山大臣の喧嘩友達』だろ?」

「ええ。でも、このカスヤ1尉の異名には色々なものがありましてね……。たとえば他にも『総理を殺しかけた男』とか『戦後日本で唯一のエース』に『大空の煽り運転常習者』とか、あとは『人情家ヒューマニティー・殺しキラー』なんかも有名ですね。『切り札』を意味するエースと呼ぶには彼の人格に問題があるという人なんかは彼を『鬼札ジョーカー』とも呼んだそうですよ」

「……鬼札ジョーカーねぇ」


 まあ、カメラの前だというのに大臣相手に殴り合う男の姿を見れば「人格に問題がある」というのは分からなくもない。


 さらにマサムネさんが語るにはこのカスヤ1尉という男、その高い実力に反比例した人格の持ち主であったようで、「カスヤ1尉が空自の戦闘航空団に配属されていた頃、領空侵犯の対処で出撃していったら、しばらくして領空侵犯機のパイロットが泣いて日本政府に救援を求めてきた」だの「中国やロシアなどの領空侵犯の常連国が事前にカスヤ1尉が出勤してるか確認してくるようになった」「中国やロシアからカスヤ1尉宛てのお中元やお歳暮が防衛省に送り付けられるようになった」だの嘘か本当か分からないような逸話が山ほどあるらしい。


 そしてカスヤ1尉が戦闘航空団から航空開発実験集団に転属になり、旧式化していたF-15戦闘機に先進技術を導入して延命を図るプロジェクトのテストパイロットを任されるようになったらしいのだが、出来上がったのは非常に不安定な操縦特性を持つ、カスヤ1尉以外にはけして乗りこなせないようなモンスターマシンだったそうな。


 マサムネさんが私たちに見せてくれた動画は出来上がった実験機を前にブチ切れた中山防衛大臣がカスヤ1尉と殴り合っている一幕だとか。


 そしてマサムネさんがスクリーンに映し出されている動画を切り替えると、そこに映し出されていたのは先ほどの動画よりいささか年老いたように見える中山防衛大臣がインタビューを受けている様子だった。


『私が“彼”から電話で連絡をもらい、航空幕僚長を通じて彼の出撃を許可した時、まるで核兵器の発射ボタンを押すかのような緊張を覚えたのを今でも夢に見ますよ。ハハッ、有史以来初となる異星人との戦闘に我が方のF-35AやF-3では抗し難く、ただ1機の“愛しのサブリナ号”を駆る“あの男”に地球の命運を託さなければならなかったのですからね……』


 ──“あの男”ですか。中山さんが議員を引退するきっかけも“彼”が関係しているらしいですね


『私が肉体的な衰えを実感した時、次は“彼”の拳を受け止められないであろう事を実感した時に私は防衛大臣の職責を果たせない事を理解しました』


 中山元防衛大臣のインタビューが終わった後、動画は異星人が地球の、日本の領海へと現れた時の再現VTRへと切り替わる。


 有史以来、初となる異星人の来訪は異星人の母艦にトラブルが起きた事から発したものだという。


 幸いであったのは、地球に訪れた異星人が後に「人情家ヒューマニティー」と呼ばれるようになるほど温厚で平和的な種族であったという事。


 不幸であったのは、異星人たちは事前の観測において地球人の事を闘争を好む野蛮な種族であるとみなしていたという事。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る