38 “鬼札”と呼ばれた男 後編

 20年前に地球に訪れた異星人。通称を“人情家ヒューマニティー”と呼ばれているが、彼らとの戦闘は地球人同士で行われる戦争行為とは明らかに異質な物であった。


 彼らとの和解後に明らかとなった地球側の死者は0名。

 彼らの母艦に接近したために拿捕された漁船に貨客船、果ては報道機関のヘリコプターや航空自衛隊の戦闘機部隊までもが牽引光線トラクター・ビームで捕らえられ無力されてはいたが死者はゼロ。

 軽傷者こそ複数名いたものの、彼らもヒューマニティーから手当を受けていたし、重体、重傷者すらいなかった。


 そして異星人側に捕らえられていた全員がヒューマニティーと日本政府の間で協定が結ばれた後に解放されている。


 だがヒューマニティー側の死者は200名を超えるという。


 さらにいえば自衛隊は主力戦闘機であるF-35A戦闘機とF-3戦闘機合わせて42機の損失を出していたものの、対して異星人側は地球の戦闘機に相当する小型円盤46機が撃墜され、さらに彼らの母艦である大型円盤も小破の被害を出している。


 恒星間航行能力を持つほどの地球人類に比して非常に高い技術力を持つ彼らが何故これほどの損害を出したのか?


 現代に至るまで研究者の議論は尽きない。

 というよりは誰も認められないのだ。

 彼らが地球を訪れて4日間はただただ一方的に船舶を拿捕され、航空機を捕らえられていたのが、5日目に当時の防衛大臣の肝いりで投入された1機の戦闘機のパイロットがたった1人で戦況を塗り返してしまったことを。


 この単純な事実を軍事評論家や研究者たちは認められず、やれ「ヒューマニティーは高い技術力を持つものの戦闘には不慣れであった」だの「宇宙の無重力環境や様々な惑星の環境下に適応した小型円盤よりも地球という単一の環境にのみ特化した地球の戦闘機に分があった」だのと20年経った今でも繰り返しているが、異星人が地球を訪れてから4日間は一切の戦果を上げられなかったという事実を前に彼らの論拠は紙のように薄っぺらいものとなっていた。


 異星人来訪初日、地球側の全ての天文台に捉えられる事なく異星人の大型母艦はその直径5kmの巨大な艦影を九州南東の海上に現し、様々な電波チャンネルで複数の言語を用いて1ヵ月の滞在と母艦の周囲50kmの接近を禁ずる事を一方的に宣言していた。


 さらに母艦の牽引光線を用いて海水の採取を開始し、周囲を航行中であった船舶を拿捕。


 これは後に明らかになった事実によると、彼らの母艦がトラブルを起こし修理を必要とし、さらに当初の行先への到達時期が遅れる事となったがために水の補給を必要としていたからとのこと。また彼らヒューマニティーが野蛮で闘争本能に溢れる地球人類を恐れていたがための行動であったとされる。


 無論、日本政府も通告には反感を覚え、一方的に拿捕した民間人の解放を求めたが無視され、来訪から3日目には自衛隊の防衛出動を決定。


 海域の封鎖と対空ミサイルによる攻撃のために海上自衛隊の艦船の派遣と、航空自衛隊の戦闘機部隊による攻撃が命令された。


 だが海自艦船のミサイルはことごとく撃ち落とされ、空自の戦闘機部隊も小回りの利く小型円盤に翻弄されて次々と牽引光線に捕らえられていく。


 福岡の築城基地の第8航空団、宮崎県新田原基地の第5航空団、沖縄県那覇基地の第9航空団はたちまち壊滅状態となってしまっていた。


 転機となったのは異星人来訪から5日目の事。

 当時の中山防衛大臣は戦闘機部隊ではなく、空自の研究部門である航空開発実験集団の飛行開発実験団へと出撃命令を下す。


 そして飛行開発実験団がある岐阜基地から飛び立ったのは1機の戦闘機。


 途中で空中給油を受けたF-15J改戦闘機はそのまま異星人の大型母艦が居座る海域へと飛び込んでいった。


 ただ1機だけ改造されたF-15改は往年の名作映画から取られたペットネームが付けられていたというが、それも正式なものではなく、また形式番号も専用のものが用意されていなかったという事は研究者たちが意見を同じくしているところだ。


 だが、そこから先は研究者たちの見解はまちまち。


 ある者は「“愛しのサブリナ号”は地球人類が生み出した最高の戦闘機である」と言う。

 だが別の者は「ただ1人のパイロットしかマトモに動かせない物を戦闘機とは言えない」と言う。

 極端な者なんかは「アレは有人の対艦ミサイルである。……戦闘機以上の空戦能力を持たされた」などとも言うが、事実、そのF-15戦闘機の改修に深く携わったパイロットが想定していたのは圧倒的な機動性による空戦能力で敵防空網を突破し敵空母へと突入して制圧する物だというから有人対艦ミサイルというのもあながち間違っていないのが恐ろしいところ。


 だが真に恐ろしいのが「戦闘機で敵空母に突入して無力化」ではなく「制圧」という点であるところに私はまだ気付いていなかった。




 スクリーンに鮮やかな紺色に近い青い空が映し出される。


 海上封鎖に携わっていた海自艦船から撮影されたものだという動画は高倍率で望遠されたものであるので僅かな風でも画面がブレて音声の遠い映像に臨場感を与えていた。


 やがて画面の右側から現れたのは白と黒の旧式戦闘機。

 その配色はかつて米国でつかわれていたスペースシャトルに似ているだろうか?


 悠然と大空を駆けて真っ直ぐ異星人の大型母艦へと向かっていくF-15改は元のペットネームである大鷲イーグルのように堂々としたもの。


 だが画面左側、異星人母艦の方から蛍光色の緑の尾を引きながら小型円盤が姿を現してF-15改へと殺到していく。


「アレが異星人の……」


 思わず声が漏れるほどの運動性であった。


 物理法則を無視して飛ぶ小型円盤は上下左右に機敏に動きを変え、その軌道は変幻自在。


 とても翼の揚力だのジェットエンジンの推力で飛ぶ地球の戦闘機に太刀打ちできるような相手とは思えない。


 だが、そんな私の予想を嘲笑うかのように円盤の1機が炎上しながら海上へと墜落していく。


「なんだアレ? ミサイルじゃない……、爆弾……?」

「アレは増槽ですよ。ドロップタンク、すれ違いざまに増加燃料タンクを投棄してぶつけたんです!」

「普通は戦闘が始まる前に捨てておくものだと思うんですけど……」


 なんとF-15のパイロットは迫りくる敵機を相手にさらに加速し、衝突スレスレですれ違うと投棄した燃料タンクを敵機にぶつけて撃墜する離れ技をやってのけていたのだ。


 初手からさながら剣豪の居合抜きのような曲芸めいた荒業を見せられた私たちは中山さんのように驚くというよりはむしろ困惑していた。


 その後もF-15改は次々と円盤を撃墜していく。


 バルカン砲で。

 ミサイルで。

 “愛しのサブリナ号”は異星人の円盤に負けず、いや、それ以上の運動性を持って単機で敵集団を翻弄していた。


 何故だ?

 なんで地球の戦闘機であんな動きができる?


 推力偏向ノズルが装備されてるのは分かる。

 だが、それだけではない。


「エアブレーキやらランディングギアが出たり引っ込んだりしてるのが異様に早いようですね?」

「強力なモーターでも積んでいるのでしょう」


 マモル君の疑問にマサムネさんが答えるのを聞いて私も納得した。


 機体上面のエアブレーキや下面の着陸用の脚が飛び出る早さはまるでバネでも仕込んでいるかのよう。

 わざわざそんな機能が持たされているのだ、これは着陸時に制動距離を短くするためだけでなく空戦時にも使えるように設計されているのだろう。


 だが、それだけではない。


「うへぇ。カナードがパカパカ動いて気持ち悪ぃ……」

「カナード?」

「前翼とも言う主翼の前に付いてる翼ですよ。ほれ、機首に小さい翼が付いてるでしょう?」


 確かによく見てみるとF-15の機首には見慣れない小さな翼が左右に1対あり、それが上を向いたり下を向いたり、あるいは機首の中に引っ込んだりとせわしなく動いている。


 強力な2基のエンジン、推力偏向ノズル、エアブレーキにランディングギア、そしてカナード翼という機体各所の稼働肢。


 これらはまるでHuMoのようだ。

 HuMoが手足を振った慣性でホバー走行中やスラスターを用いたジャンプの最中に軌道を変えるように、カスヤ1尉のF-15は慣性の代わりに空気抵抗を変幻自在に作り出して自由自在に機体を動かしていたのだ。


 そこで私はある事実に気付く。


「ねえ、このF-15のパイロット、カスヤ1尉だっけ? なんでこの人はこんな機動を続けて平気なの……?」

「そういえば、そうでごぜぇますわよねぇ? あ、対Gシート?」

「HuMoのコックピットに標準で搭載されているリニアコイルを用いた対Gシートは現実世界では実用化されてませんよ!」


 事もなげにマサムネさんは言ってのけるが、とても信じられない。


 対Gシートが急な加速度を吸収して緩やかなものとしてくれるHuMoの操縦ですら急制動や急加速からの急旋回で意識が遠くなるような苦痛に四苦八苦させられているのだ。


 現に先ほどのハイエナたちとの戦闘によって私の着ているツナギ服は汗でビチョビチョ。歯を食いしばり過ぎたせいで顎の筋肉が硬くなっている感覚もある。


 なのに、だ。

 今も動画の中のカスヤ1尉はF-15改を時に木の葉が舞い散るようにクルリクルリと軌道を変えさせ、時に隼が俊敏に獲物を狙うかのように急降下させ、敵の牽引光線をそこまで回す必要があるのかというほどに凄まじいロール回転の連続で切り抜けている。


 さらにカナード翼にエアブレーキ、ランディングギアと一気に出して空気抵抗を作り出して空中で静止したのではないかと錯覚するほどの減速で、背後に迫った敵を追い抜かせてバルカン砲で撃墜。


「な、なんでこんなことができるの……?」

「さあ?」

「さあって……」

「まあまあ、面白いのはここからですよ!」


 空戦がはじまってたったの数分というところだが、すでに異星人の円盤は数十機が撃墜されていた。


 なるほど、これだけ見ると確かに異星人は戦闘に慣れていないように見えるし、地球環境に特化した戦闘機が幅広い環境に対応しているが故に地球の環境ではそこそこにしか動けない円盤を圧倒しているようにも見える。

 これ以前に自衛隊の戦闘機が40機以上も牽引光線で捕まってしまっているのを忘れられるのならばという話だが。


 だが地球の戦闘機は単体でこれほどの大部隊と戦うようにはできていない。

 八面六臂の活躍を続けるカスヤ1尉の機体の翼下にはすでにミサイルの姿は無く、バルカン砲の弾も先ほどの連射で品切れになってしまったようだ。


 だが、それでもカスヤ1尉は機体を急降下させ、敵機と激突寸前でスレ違うとたちまち円盤はコントロールを失って近くにいた円盤と衝突して揃って墜落していく。


「これが彼の幾つかある異名の1つである『大空の煽り運転常習者』の所以ですね。こんなスレスレですれ違われたら、そりゃあロシアの爆撃機パイロットも泣いて助けを求めてきますよ!」


 さらにカメラを回している海自艦艇に激突音のような爆発音のような轟音が響いてきてマイクに拾われると、甲板上の自衛官たちの悲鳴も入ってくる。


「……しかも超音速の状態ですれ違ってソニックブームを敵にぶつけるだなんて正気の沙汰とは思えませんね」


 マサムネさんはもうお腹一杯という塩梅だが、それでもまだ動画は続く。


 カスヤ1尉のF-15改はクルクルと回転して敵の攻撃を躱しながらほぼ垂直に上昇していき、ひとしきり高度を稼いだ後は機首の向きを変えて遮二無二、敵の母艦を目指して加速。


 そのままF-15が敵の母艦に突っ込むかと思われたその時、機体からコックピットの風防が飛び、射出座席とともにパイロットが空中に放り出される。


 機体はそのまま敵母艦へと突入して大爆発を起こし黒煙と火柱を噴き上げるが、射出座席から展開したパラシュートでゆっくりと降下していくカスヤ1尉はなんでか敵母艦まであと数メートルというところでパラシュートを切り離して単身、愛機が空けた敵母艦の破孔へと飛び込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る