36 姉の無茶ぶり
姉の話を聞いてもしばらく私たちはなんのリアクションも取れないでいた。
ようするにマモル君とジーナちゃんがミッションを受ける前に疑問に思っていたように、運営チームにおいては大型ミッションを発動してはおらず、トクシカ氏が依頼した難民キャンプの警護というミッションの内容と彼を狙うハイエナの規模が事前に用意されていた大型ミッションと被っていたがために本来はまだ実装されていないハズの大型ミッションが発令されてしまったという形だろうか?
「『お膳立てされたミッション』に『世界がそうある事を望んだミッション』ですか……」
しんと静まり返ったミーティングルームでぼそりとマモル君が呟く。
後ろを振り返って彼の表情を見てみると苦虫を噛み潰したような表情。
「でも、なんで? 『世界がそうある事を望んだミッション』が生じる事は予想されていたのなら重要案件である大型ミッションの管理はもっと厳格であるはずでしょう?」
「多分、っスけど……。中立都市防衛隊からホワイトナイト・ノーブルが消失した事が関係しているのではないかと予想しているっス」
今度は姉が眉間に皺を寄せる番だった。
「今回の件以外にも、とある勢力の大規模兵力が中立都市の管理領域へと侵入していた事案が確認されているっス。これも本来はプレイヤーたちがゲームに慣れてきてから実装されるべき変則的なミッションだったハズっス」
おや?
もしかすると姉が言っているのは私がサブリナちゃんと一緒に受けたあのミッションの事だろうか?
思えば、あの「領域越境部隊への攻撃」というミッションも「難易度☆☆」とは思えない規模の敵集団が出てきて難儀したものだった。
あのミッションをクリアできたのは一重にサブリナちゃんが持ってきていた超火力のライフルのおかげであり、そうでなければランク3のニムロッドであろうとクリアは難しかったかもしれない。
だが、欲をかかずに最低限の攻撃だけに留め、とっととミッション領域から離脱していれば「難易度☆」のミッション並みの難易度でクリアする事もできただろう。そういう意味では確かにプレイヤーの行動次第で難易度が変化する変則的なミッションだったといえよう。
「つまり、3大勢力やハイエナたちへ睨みを効かせて、その活動を抑制するハズのホワイトナイト・ノーブルが失われた事で……」
「ああ、それで抑えが効かなくなった連中が暴れ出して、運営チームにはその行動を予測する事ができないでいると?」
もしかするとホワイトナイト・ノーブルとハイエナたちの関係は、気圧とコップに入った水に例える事ができるのかもしれない。
通常、常温1気圧の環境下においてはコップに入った水はそのままの状態であり続ける。僅かに蒸発するだろうが少しくらいなら無視しても構わないだろう。姉さんたち運営チームがゲーム世界に無数に存在するNPCたちを制御下に置いているというのはこの水がコップに入っている状態をいうとしよう。
だが、気圧に例えたホワイトナイト・ノーブルが消失、つまりは0気圧環境になった時、コップに入った水はどうなるか?
気圧の低下に伴い、水の沸点は低下していき、水は蒸発してしまいコップはたちまち空になってしまうだろう。
コップの中から無くなってしまった状態、あるいは今まさになくなろうとしている状態、これを運営チームがハイエナたちNPCの行動の予測が付かなくなった状態と例えてもあながち間違ってはいないのではないだろうか?
「ハハハ……、こ、これは厄介な状態になったモンだな……」
乾いた声で笑うサブリナちゃんもどこか顔色が悪い。
猫背になって胃の辺りをさする彼女の様子はとても「小生意気な少女」というキャラクター設定からはかけ離れたものであるが無理もない。私のクレジット稼ぎを手伝ってやると言って飛び込んだミッションが実装されていないハズの物であったのだから今になってとんでもないものに首を突っ込んでしまったものだと思っているのだろう。
200機以上の雷電に押しつぶされてミッションに失敗していたなら彼女の担当であるマーカスさんに申し訳が立たないだけでなく、面倒見の良い彼女の事だから金欠でピーピー言ってた私の事も心配してくれているのかもしれない。
「まあ、それは一先ず置いておくとして、このミッションに参加している皆さんには何としてもクリアして頂きたいんスよ!」
さらに姉の話は続く。
曰く、この大型ミッションをクリアする事で解放される要素があり、逆にトクシカ氏が死亡してしまえばその要素の解放にはトクシカ氏の代わりのNPCの作成に3ヵ月の時間が必要である事。
「本来、この大型ミッションが発動するのは1ヵ月後の予定だったんスよ。んで、その時は絶対にミッション失敗にならないように1週間くらいかけて事前ミッションで参加メンバーを選抜する予定だったんスよね~!」
「つまり1ヵ月かけて戦力を充実させたトップ層のプレイヤーが参加するハズのミッションに私たちは正式サービス開始から3日で飛び込んでしまったと?」
「そういう事っスね!」
本来ならば絶対に失敗しないようにお膳立てし、確実に新要素が解放されるように取り計らっているハズで、トクシカ氏が死亡後に代替NPCの作成に3ヵ月もかかってしまうのもそういう理由らしい。つまり失敗するハズが無いので、代替プランを用意していなかったと。
「本来は1ヵ月後の予定が、トクシカ氏死亡で3ヵ月後にズレこんじゃうと色々と困るんスよね~! 運営チームも色々とイベントのタイムテーブル作ってるんスけど、それが全部オジャンになるようなもんすから! で、弊社の上級AIは3ヵ月待たされるくらいなら今すぐ実装してしまえと」
「ああ、だからイレギュラーな形ながらも運営チームの貴女がこの場に現れたってわけでごぜぇますの?」
言いたい事は言い終えたのか、ニッコニコで中山さんにサムズアップしてみせる姉であったが、マサムネさんがノートパソコンを操作して「現有戦力表」なるものをスクリーンに映し出すと姉の表情は僅かに曇る。
現有戦力表
▷ランク5
→パイドパイパー(マーカス→サブリナ)
▷ランク3
→ニムロッド(ライオネス)
→ズヴィラボーイ(キャタピラー)
→ハリケーン(アルパカ)
→烈風(傭兵NPC)
→オデッサ(傭兵NPC)
▷ランク2
→双月 (サンタモニカ)
→雷電陸戦型(サンタモニカ→トミー)
→雷電重装型(サンタモニカ→ジーナ)
→マートレット・キャノン(M36釈尊)
→雷電IWN@運営チーム(けるべろす)
→キロbis(傭兵NPC)
▷ランク1相当
→作業用雷電×2(作業員NPC)
→作業用キロ×2(トクシカ私兵NPC)
「……これはさすがに厳しいと言わざるをえませんね」
「う~ん、ランク5は1機だけ。後はランク2と3の機体に、数合わせにもならないような作業用の機体……」
「まあ、3日目ならこんなもんでしょう」
マサムネさんと姉は顔を見合わせて揃って渋い顔をしているが、そういう姉だって乗ってきたのはランク2の雷電バリエーションだ。
「ランク5に乗ってるのがプレイヤーじゃなくてユーザー補助AIっていうのも痛いっスね。大体のユーザー補助AIはBOSS機体のパイロットより能力が劣ってるっスから」
「いやいや、そんな事を言うくらいなら、なんで姉さんはもっと良い機体に乗ってこなかったのよ……」
姉が愚痴っぽくサブリナちゃんの事を「痛い」だの「劣る」だのと言うのを聞いては黙ってはいられない。
姉にとってはただのユーザー補助AIの1体だろうが、私にとってはリアルの友人と等しく思っているほどの彼女にそんな恨み言を言われる筋合いはない。
だが私の非難の声はマサムネさんの予想だにしない言葉で切り捨てられる。
「ハハッ、私の担当はヘボもいいとこなんでランクなんて関係無いでしょうよ!」
「なに、姉さん、自分とこのゲームなのに練習してないの……?」
「いや~、練習っていうか、胸が邪魔で真ん中のコントロールレバーに手を伸ばし辛いっていうか~!」
「オイ、コラ、エエ、コラ! なんで嬉しそうな顔してんだよ!?」
姉妹で漫才をしているつもりはないのだが、私たちのやりとりを聞いて広いミーティングルームに誰のものともしれない乾いた笑い声が響いた。
それは間違いなく笑い声ではあったが陽気なものではなく、どこか諦観の色が混じった暗いものであった。
そしてそれが私たち全員の総意であった事は聞かなくとも分かる。
「あの~……、ちょっとお聞きしますが、このミッションのクリア条件はなんでごぜぇますの?」
「ええ、一応は『第2ウェーブ開始時点を基準として、戦力の9割を喪失後にトクシカ氏を連れてミッション領域を離脱』というのがありますが、これは現状では無理筋でしょう。となればボス格の陽炎と中ボス級の月光を撃破で他の雑魚は撤退しますね……」
中山さんが思い付いたように何か裏技的なクリア条件を満たせないかと聞いてみるが、マサムネさんの返答では裏技でも正攻法でもクリアは至難の事だという事はその表情を見れば分かる。
プロジェクターを使うために照明を落とした室内は暗く、それが余計に私たちの心を落ち込ませていくような気がしてくるほど。
「たとえば、ここにカスヤ1尉のようなパイロットでもいれば話は別なんでしょうがねぇ……」
「カスヤ・イチイ? なにそれ?」
「ああ、最近の若い子は知りませんかね? 20年ほど前に異星人が地球へやってきた時の話です……」
ステルス機の月光はランク6の機体。さらに敵のボスである陽炎もランク6でBOSS属性付きと通常のランク6の機体を上回る性能を持たされているらしい。
おまけに雑魚としてランク1からランク3の機体も大量に出てくる予定であるらしいので全戦力でランク6の2機に当たるというわけにもいかない。
これでどうやってクリアしろというのだろう?
やがて話が煮詰まって一同の言葉が無くなった頃、不意にマサムネさんがボソリと呟いた言葉を聞き返すと、彼は気晴らしをするかのようにとある男の話を始めた。
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