27 通信断絶、そして……
『え? ライオネスたち、大型ミッションなんて受けてんの?』
マーカスさんへ救援依頼を出すとすぐに返信が返ってくる。
この文章から察するにこのメールはマーカスさん本人ではなくサブリナちゃんが書いたものなのだろう。
『そうよ。依頼主がまだ参加人員に余裕があるから友達でも誘わないかって』
『行きたいけど、私の担当の許可もらえるかメールで確認してみるからちょっと待って!』
相手がサブリナちゃんなら堅苦しい敬語もいらないかなと砕けた文章で返事を返すとマーカスさんの許可を取ってからとの返信。
現実世界ではまだ夕方の17時を過ぎたくらい。社会人が帰宅してくるにはまだ少し早い時間であるし、マーカスさんはまだログインしていないのだろう。
返信を待つ間の手持無沙汰な時間を使ってトクシカ氏に現状を伝えておく事にしよう。
「とりあえず1人誘ったんですけど、その
各プレイヤーたちに割り当てられているユーザー補助AIはゲーム世界内においては「中立都市に登録している傭兵の業務を円滑に行えるよう取り計らうコーディネーター」という立ち位置である。
そのコーディネーターが副収入目当てだったり、傭兵として独立を目指して経験を積むという目的で担当傭兵の機体を借りて出撃する事もできるというのがこのゲームの設定だったハズ。
自分たちがゲームの中のNPCだと知らないトクシカさんのような一般NPCに説明するのにはこういう言い方がいいだろうと自分では上手くやったつもりでいたのだが、なぜかトクシカさんは不満顔。
「……1人だけぞな」
「ああ、すいません。私もこの稼業始めたばかりであまり知り合いがいないんですよ。今誘った者の他にはサンタモニカとローディーさんくらいなんですけど、その2人とももうこのミッションに参加してるもんで」
「……ああ」
どうやら彼は私が誘ったのが1人だけというのが不満であったようだ。
確かこのミッションの制限人数は12名までで、私と中山さんが参加して現在9名。マーカスさんが参加を許可してくれてもまだ10名と2名分の空きがまだあるのだ。
だがトクシカ氏も事情を説明すると素直に納得してくれたようだ。
「そういう事なら仕方ないぞな。それなら君もこのミッションで知己を増やしたらどうぞな! どうせ休憩時間には大してやることはないじゃろ?」
「ああ、それもいいですね」
そういえば前にマモル君と2人でファミレスに行った時に感じた事なのだが、このゲームの拠点となる中立都市はなんというか現実と地続きのようで、たとえゲームの世界だと分かっていても知らない人に話しかける事にどうも抵抗があるのだ。
その点、この難民キャンプでのミッション中ならば非現実性が強いおかげで知らない人に話かける事もできるのかもしれない。
そうこうしている内にタブレットからメールの着信を示す着信音が聞こえてくる。
「あれ? 意外と返事が早かったな……。マーカスさん、ちょうどスマホでも弄ってるタイミングだったのかしら?」
メールアプリを開いて返事を確認しようとしたその時だった。
難民キャンプの至る所に設置されているスピーカーからけたたましいサイレンが鳴り響き、周囲はこれまでの陽気な雰囲気から一転する。
「トクシカさん!? このサイレンは……!?」
「ちょ、ちょっと待っておれ……」
トクシカ氏がブレスレット型の通信機を作動させると、軽いノイズ混じりながらも地下の作戦室と通信が繋がる。
「儂ぞな! な、何があった!?」
「大変です。外部との長距離通信が完全に途絶しました!」
「なんじゃと!? そんな事、今まで一度も無かったぞな!!」
「はい。そういうわけで大がかりな敵襲が予想されるために住民たちの地下への非難を促す警報を発出しました」
「よ、よし! よくやってくれたぞな! 儂らもこれから地下へ戻る」
通信に出たのはブリーフィングを担当した傭兵組合の職員のクールビューティー。
彼女との無線通信が可能ということは基地機能自体には問題が無く、そして長距離通信を遮断する“何か”は基地から離れた場所にあるという事だろうか?
通信を終えたトクシカ氏がこちらを向くと、その顔は蒼白そのもの。
「聞いてのとおりぞな! 君もHuMoに乗って警戒に出てほしいぞな!」
「了解! さ、マモル君も行くわよ、トクシカさんも!!」
「う、うむ」
事前のブリーフィングで説明されていた事だが、この放棄された軍事基地の地下施設は広大で、この難民キャンプにいる6000名ほどの人員を非難させるだけのスペースはあるそうだ。
今も先ほどまでとは別種の殺気だった喧噪で走り回る人たちは地下への階段に駆け寄っているが、家族や友人たちの姿を探し求める者の数も多く、今はまだ階段はそこまで混んでいない。
依頼主のトクシカ氏の安全を考えれば、彼にはとっとと地下に避難してもらった方がいいだろう。
それにしてもなんという光景だろうか。
つい先ほどまで和気あいあいと生活の再建を目指し笑顔を浮かべて働いていた者たちが、今はただ怯えて逃げ惑う事しかできないでいる。
親や子、恋人、友人などの名を叫んでその姿を探し走り回っている者。
保護者からはぐれたのかその場に座り込んで泣きじゃくる子供。
難民たちの非難を誘導する作業員たちの表情も硬く強張り、彼らに役目が無ければ今にも泣きだしそうなほどに怯えている。
私は一体、何を見せられているのだ?
なんで娯楽のためのゲームでこんな胸を締め付けられるような痛ましい光景を見せられなければならないのだ?
だが、そんな事を考えている暇は無い。
瓦礫から飛び降り、マモル君の手を引いて私たちも地下へと行かなければならないのだ。
だが気付くと避難する難民たちの引きつったような顔が私たちの後ろ、上空へと向けられているのに気付く。
その理由はすぐに私にも分かった。
明らかにこちらへ向かってきている幾つもの甲高い風切り音。
「……ミサイル!?」
慌てて振り向いた私の予想通り、青い空に白い噴煙を引いた数十基のミサイルが難民キャンプ目掛けて迫ってきているところであった。
だがミサイル群が上昇から下降に転じてしばらく、私たちの目の前に黒いHuMoがスラスターを吹かしながら飛び込んできて、その両腕の機関砲を発砲し始める。
私たちが難民キャンプに到着した時に飛行場を警備していたモスキートだ。
モスキートはそれ自体が1基の対空砲台と化したかのように盛大に機関砲を撃ち続け、あっという間に大空は爆炎の華が満開となっていくが、さらにミサイル攻撃は続く。
両腕の機関砲の排莢部からは目で追えないほどの勢いで空薬莢が飛び出してきて、これでは機関砲のそれぞれ後部にある大容量ドラムマガジンもすぐに弾切れになるのは目に見えている。
「トクシカさん、急ぎましょう!」
「う、うむ……」
「すいません、通してください! 私はパイロットです。迎撃に出なければなりません。通してくだささい!」
マモル君の手を引きながら難民たちを押し分けて階段へ向けて進み、あとちょっとで階段へとたどり着くかという時にトクシカ氏はちゃんとついてきているかと後ろを振り向くと、今も防空射撃を続けるモスキート目掛けて巨大な飛翔体が迫ってきているところであった。
モスキートは上空のミサイルに夢中になっているのか気付いた様子は無い。
地表スレスレを飛んでくる飛翔体はミサイルか? いや、ミサイルにしては形が歪で科学の実験の時に使う天秤の分銅のような小さな物が先端に飛び出た円柱に十字羽根を取り付けたようなその物体は現実世界でいうなら対戦車ロケットに近いような気がする。
モスキートのパイロットに迫る飛翔体の事を伝える術は私たちには無く、そのまま対HuMoロケットは胸部に直撃してそのままモスキートは後ろに向かって倒れ込んでいった。
「じゃ、ジャッカルを助けんと……!?」
「無駄です!!」
倒れたモスキートのパイロットを助けようとトクシカ氏が今来た道を戻っていこうとするのを襟首をつかんで引き留めると、モスキートは私の言葉を待っていたかのようなタイミングで胸部の被弾痕から盛大に火柱を吹き出してから爆散した。
「……助けられんかったぞな」
「行っても同じです。さあ、行きますよ」
マモル君と2人で項垂れるトクシカ氏を引きづりながら階段に入ると、そこで聞き覚えのあるドラムのような音が響いてきた。
ヘビーメタルのような。
パンクロックのような。
遠慮も情け容赦も無い複数の砲が一斉に連射される音。
ローディーの烈風が駆けつけてきたのだ。
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