26 救援要請

 ブリーフィングを終えた私は地上の難民キャンプへと来ていた。


「う~ん。結構、気持ちが良いところねぇ」


 倒壊して瓦礫と化した旧軍事基地の残骸に腰かけ、支給されたボトル入りの軍用高カロリー飲料を呷ると頬を柔らかい風が撫でていく。


 空は青い空を白い雲が高く流れていき、地上は活気ある大勢の人々の声が響き渡り、今も建設が続く仮説住宅群にはトクシカ氏が連れてきた作業員だけではなく難民たち自身も参加しているようである。


 この難民キャンプには私が実際にこうやって目にしてみるまで想像していたような陰惨さは見られない。


 無論、難民たちも自分たちの暮らしていた街を焼かれた恨みも恐怖も忘れられずにいるのだろうが、それを表には出さずに平穏な生活を取り戻そうとしているように見える。


 それをそういう風に設定されているキャラクターたちなのだと思うのは簡単なのだろうが、こうやって現実味に溢れたVRの世界でこうも見せつけられると人の意思の強さと彼らを導くトクシカ氏の手腕を感じずにはいられなかった。


「それにしても、なんでこのゲームの運営チームはトクシカさんをステレオタイプな悪徳商人みたいな見てくれにしたのかしら?」


 もしもトクシカ氏が善良さの中に気品を感じさせるナイスミドルだったり、あるいは世の中の汚さとは無縁の美青年だったら結構な人気キャラクターになりえたであろうに。

 ふと私は彼の事を残念に思い、勝手ながら創造主に醜悪そのものの外見を与えられたトクシカ氏を哀れんだ。


「ああ、詳しくは知りませんけど、彼の経営している会社の『GT-Works』の『GT』がイニシャルになるように設定されたキャラクターらしいですよ」

「なるほどね……」


 “G”は下衆い顔ゲスイカオ、つまりは彼の外見を現し、“T”は篤志家トクシカ、彼の内面を現すような語を当てられたという事だろう。


 マモル君は瓦礫の私の隣にちょこんと座り、軍用レーションの乾パンの包みに入っていた金平糖を顔を綻ばせながらつまみながら話していた。


「なんでも彼はβテスト版でも登場していたようで、絵心のある彼のファンは外部サイトに擬人化イラストを投稿してたりするようですよ。見てみますか?」

「……遠慮しておくわ」


 擬人化という言葉って、人に対して使えるものだっただろうか?


「それにしても交代が1時間後って事はしばらくこうやってのんびりとできるわけだけど、何もしない時間を過ごすってゲーム的にはどうなのよ?」

「こうやって交代勤務にする事で守るべき難民キャンプに思い入れができるように狙っているのでは?」

「ああ、それはありそうね……」


 事実、私はこの場所を得ようとしても得られないような好ましい場所だと感じていた。


 大人たちは作業用HuMoや重機あるいは己の肉体を使って汗を流し自分たちの生活の空間を作っていき、子供たちは年長者が年少者を見守りながら遊び、いずれもその表情には笑顔が溢れている。

 老人や体の丈夫でない者、建築の技能が無い者なども炊事や洗濯などで皆の役に立とうとしている。


 炊事や洗濯、あるいは子供たちが遊ぶのにふんだんに水を使えるのも放棄された軍事施設の設備が使えるからだろう。


 私は瓦礫の上で心地良い風に吹かれながら賑やかな喧噪を聞きながら先ほどのブリーフィングの内容を思い出していた。




 真っ先に語られた正体不明の強力な機体の存在の他、ブリーフィングで分かった事は2つ。


 1つは敵が武装犯罪者集団ハイエナであるという事。

 これはこれまでの襲撃において敵が用いていたのが雑多な機種群であったという事と、撃破された敵機から脱出してきた者を捕らえて尋問した結果からも明らかであるらしい。


 ただし敵集団の規模は不明のまま。


 これはハイエナたちを束ねる“頭領”と呼ばれる者が周辺のハイエナたちの小集団を糾合して所帯が膨れ上がっていたためで、捕虜にされた下っ端にはその全容が把握しきれていない様子。

 というかその捕虜自体も儲けになると誘われて参加した口であるらしく、頭領と呼ばれる者やトクシカ氏の私兵のジャギュアを撃破した正体不明の機体については詳しく知らなかったらしい。


 分かっている事の2つ目は狙われているのがトクシカ氏の命であるという事。


 これはトクシカ氏が難民キャンプを訪れるまではハイエナの襲撃が無かったという事と、件の捕虜の証言からも明らかであるらしい。


 となるとジャギュアが超長距離射撃で撃破されたというのもトクシカ氏をこの難民キャンプに引き留めるためのデモンストレーションである可能性も出てくる。

 なんでもトクシカ氏の財力ならば大気圏外往復機のチャーターも十分に可能であるので、ランク5のジャギュアをアウトレンジで撃破する事でそれを防いだのではないかという傭兵組合の職員さんの予想であった。


 確かに宇宙へ逃れようとする航空機をミサイルが狙っているのであればいくらでも撃ち落とす事は可能であろう。だが長距離射撃可能なビーム兵器ならば防ぐ手段は無い。


「おっと、噂をすれば陰ってヤツかしらね?」


 建築の作業員たちとの打ち合わせのためか地上に姿を現したトクシカ氏の姿を見つけて私は瓦礫に腰かけたまま会釈すると、彼もギラついた目を細ませてお辞儀をしてこちらへと近寄ってくる。


「おお、スマンの。儂はちょっと傭兵のお姉さんと話があるぞな!」

「ええ~! じゃあ、また今度、遊んでくれる~?」

「モチロンぞな!」

「それじゃ、またね~!!」


 その巨体にまとわりつくように群がる子供たちは生意気盛りの年齢だろうにトクシカ氏の言葉には素直に離れていった。


「ああ、座ったままでいいぞな!」

「あ、どもっス。随分と慕われてますね?」


 雇い主と座ったまま話をするのも失礼かと思い、瓦礫から飛び降りようとしたのをトクシカ氏は手ぶりで制して自分も瓦礫に背を預ける。


「皆が皆、儂の気持ちを理解してくれたら良いのにと思うぞな。……あの子たちのように」

「……貴方の死を望む“誰かさん”にもですか?」


 トクシカ氏が自身の気持ちを理解してほしいと思うのは誰の事であろうか?

 少なくともこの難民キャンプの中にいる誰かの事だとは思えない。

 そりゃあ私を含めて誰だって他人の真意を理解できるだなんて思わないが、少なくともこの難民キャンプの人たちはトクシカ氏の事を最大限に好意的に見ているのが分かる。


 何せ地下からの階段から姿を現して、ここまで来るまでの間に行き違った者たちは満面の笑みを浮かべて彼を労い、感謝の言葉を口にしていたのだ。


 となれば「儂の気持ちを理解してくれたら良いのに」とは、ここにはいない誰かに向けられた言葉なのだろう。


「ほほっ! 分かるぞなもし?」

「貴方の死を望んでいる人間、それもハッキリと死体という形で死んだという事実が欲しい者がいるのでしょう?」

「消息不明では会社の経営権の委譲に時間がかかってしまうという事じゃろうな!」


 私の思い付きはすでに彼の中で想定済みであったようで事もなげに彼は口にする。


 ただ彼を殺したいのならば、配下を断続的に襲撃させてトクシカ氏にシャトルで宇宙に逃げるようにしむければいいのだ。

 そこを不意打ちで例の長距離射撃で撃ち落とせばいい。


 そうしないでトクシカ氏を地上で殺そうというのは、つまり高々度から落下してバラバラになった航空機の残骸から彼の遺体を探す手間を省くためなのだろう。


「儂の会社は大きくなり過ぎたぞな。君のお友達が着ていたパイロットスーツもそうじゃが、儂の会社はHuMo関連の高品質なパーツやら関連商品を扱っているぞな。その顧客は中立都市の個人傭兵ジャッカルのみならず3大勢力の正規軍まで手広くやらせてもらっとるぞな……」

「つまり、貴方の会社の後継者候補の誰かがどこかの勢力の資金援助を得てハイエナを動かしたと?」

「儂もそう睨んどるぞな」


 身内が黒幕。

 資金援助をした勢力は他勢力にトクシカ氏の商品が渡るのを嫌って黒幕と取引したという線が考えられる。

 彼自身も分かっていた事だろうに、実際に私のような他人に口にしてみるのは堪えたようで、背を丸めた彼の背中は随分と小さく見えた。


 エネルギッシュな事前活動家の姿はそこにはいない。

 そこにいるのは年相応に老いた疲れた1人の老人であった。


「儂の事前活動もまるっきり財産をすり減らしておるだけではないぞな。難民たちも生活の基盤ができれば将来的な顧客となりうる。……ここだって、これだけ水資源が豊富なんじゃ、しばらくしたら食料生産プラントが作れるのかもしれんし、そうなればプラントを守るジャッカルや警備兵の装備はウチの商品かもしれんじゃろ?」

「気の短い連中には分からんでしょうけどね」

「ハハッ! そうじゃ、そうじゃ! 短気は損気ぞな!」


 私にとっても身につまされる話である。

 細々と手広く色々とやっているウチの父の会社だが、昔はガソリンスタンドも都内に複数店舗を経営していたらしい。だがガソリンや軽油で自動車が走っていた時代から電気や水素へと切り替わっていく中で設備投資に手が回らず、結果として今は市内にわずか2店舗があるばかりとなっていた。


 トクシカ氏はただの慈善活動家に見えて、将来的な顧客の創造を見越した経営センスも持ち合わせているのかもしれない。


「そういうわけで儂はここで死ぬわけにはいかんし、折角、基盤ができつつあるここをハイエナの好きにさせるわけにはいかんぞな! そこで頼みがあるんじゃが……」

「……なんです?」


 決意を新たにしたトクシカ氏がこちらへ顔を向けると三白眼気味のその目がギラリと光って、思わず背筋が寒くなる。

 もうトクシカ氏が善人であるのは疑いようがないが、それでも生理的に受け付けないものは受け付けないのだ。


「どうも傭兵組合に頼んどる募集が上手くいっとらんぞな! 君に傭兵友達が他にもいたら誘ってみてもらえんぞなもし?」

「ああ、そういう事でしたら……」


 募集が上手くいかないというのは分からない話でもない。


 私たちがこの依頼を受ける時にマモル君とジーナちゃんが訝しんだように、他のプレイヤーの補助AIだって怪しむだろう。

 そうなればSNSなり攻略WIKIなりに情報がアップされるまで首を突っ込むのを控えようとしたとしてもおかしくはない。


 だが私のゲーム内フレンドは2人だけ。

 1人は中山サンタモニカさんでもうこのミッションに参加しているし、もう1人は……。


 私はもう1人のフレンドに対しマモル君のタブレットを使って、自分がプレイ中のミッションにフレンドの参加を求める機能である「救援要請」を送る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る