25 虎の仮初の名は“地獄の番犬”

「うん……? 大型ミッションって、確か来月からじゃなかったっスか?」

「そのハズなんだけどねぇ……」


 獅子吼Dも首を傾げてパソコンのディスプレーを覗き込もうとすると、佐藤もディスプレーをそちらに向けて見やすいようにしてやった。


 そこに表示されているログによると確かに大型ミッション発令の許可を出した者はいない。

 だが確かに多数のプレイヤーが参加し、ミッションの展開次第で今後のゲーム世界の進展に影響を及ぼすイベントが発生するが故に特別視されている大型ミッションは開始され、すでに複数のプレイヤーは参加しているのだ。


「……誰かが仕組んだ事じゃない。って事は、これは『お膳立てされたミッション』じゃなくて『世界がそうある事を望んだミッション』って事っスか?」

「それしかないわよね」


「鉄騎戦線ジャッカル」の世界においては2種類のミッションが存在する。


 まず獅子吼Dが「お膳立てされたミッション」と呼んだもの。

「鉄騎戦線ジャッカル」の世界においては現状、最大同時接続数100万人まで耐えられるようなシステムが構築されている。

 当然、それだけのプレイヤー数に耐えられるだけのミッションが各難易度ごとに段階的に用意されてなければならず、運営チームがゲームデザインに基づいたミッションを制作しているのだ。


 この運営チームによりお膳立てされたミッションならばβテスト時代からのデータの蓄積も十分、不具合も少ないのではないかと予想されている。


 一方、「世界がそうある事を望んだミッション」とは運営チームにより作られたミッションではない。


 ゲーム内世界に常時数百万体単位で存在するNPCたちはその与えられた属性、特性は運営チームに設定されたもので、彼らが単体でどう動くのかならば運営チームの担当者ならば予想はつく。

 だがNPCたちが相互に影響を与えながら1つの世界で動く事は時に運営チームの予想から大きく外れてしまう事が予期されていた。


 その予想外の行動がプレイヤーたちにミッション依頼を出すという形で結実したのが「世界がそうある事を望んだミッション」である。


 いわば「お膳立てされたミッション」がプレイヤーたちに遊んでもらうためのものだとするならば、「世界がそうある事を望んだミッション」はゲーム世界のNPCがプレイヤーたちに助けを求めたものと言えるだろう。


「でも私たちが『世界がそうある事を望んだミッション』って言葉で言い表してるように、こういう事も事前に予想できてた事じゃないっスか?」

「ところがどっこい。発令されたミッションは『GT-Works』の会長の生死に係わるミッションなのよ」

「え……、GTって、あのゲスイカオ=トクシカの……?」


 これにはさすがに獅子吼Dの顔もみるみる内に曇っていく。


 ゲスイカオ=トクシカとはゲーム内世界におけるVIPの1人である。


 正式サービス開始当初から解放されているクレジットによるHuMoや武装の購入、強化ポイントでの強化、スキルポイントを用いたパイロット育成。

 これらに次ぐ4番目の戦力拡充方法。そのキーパーソンこそがゲスイカオ=トクシカであり、彼の死はその戦力拡充法がゲーム内に実装できないという事を意味する。


GTゲスイカオ=トクシカが死亡した場合、彼の代替となる人物の生成に係る期間は?」

「メインシステム上級AIは周囲との整合性を考えて3ヵ月と回答しています」

の実装予定は来月の予定じゃないっスか!?」

「だから皆、困ってるのよ……」


 本来のタイムスケジュールによればゲスイカオ=トクシカに係わる大型ミッションはゲーム初の大型ミッションとして難易度の低い、失敗のしようがない物として計画されていたものである。

 それ故にゲーム世界に必須とも言える第4の戦力拡充法の実装がそのミッションの目玉であったのだ。


 それが1ヵ月も前倒しで、しかも正式サービス開始から3日しか経っていない時に発動してしまうとは……。


 1ヵ月後ならば失敗のしようがないミッションであったとしても、オープンから僅か3日の現在ではプレイヤーたちも育成が不十分でクリアできるか分かったものではない。


 獅子吼Dは慌てて佐藤のデスクに置かれたパソコンのマウスを奪い取るようにして目当ての情報を探す。


「チィっ! ミッション参加者の機体はランク1から5まで……、オマケに参加人数は10名? えっ? 難易度は星3扱い? なんで……」

「どうやら現状で確認できている敵戦力からGTからの依頼を受けた傭兵組合が『難易度☆☆☆』のミッションとして募集しちゃったみたいね。制限人数が12名ってのもそのせいみたい……」


 それこそが運営が予期していないミッションの弊害である。

 難易度の指標も参加制限人数もNPCが自分の知りうる情報のみを頼りに設定するために実際のものとはかけ離れたものとなりうるのだ。


 さてどうしたものかと流石に獅子吼Dも思い悩み、勧められてもいないチョコレートの2つ目の封を開けた時、ディスプレーに変化があった。


「え? ミッションの募集が制限人数に達していないのに打ち切られた……?」

「どういう事!? 上級AIに問い合わせしてッ!!」


 佐藤が班員に指示を飛ばすとすぐに回答が返ってくる。


「本大型ミッションの舞台となる難民キャンプと通信が途絶。中立都市の傭兵組合は不確定の事象が多すぎるとしてこれ以上の戦力の投入を止める方針を取ったようです」

「なんてこと……!?」


 傭兵組合の中枢にいるNPCからすればゲスイカオ=トクシカは上客である。だが数多いる上客の1人に過ぎないのだ。損切りとして切り捨てる判断をしてもおかしくはない。

 対して運営チームにとって彼は「鉄騎戦線ジャッカル」の今後の展開を左右する失うわけにはいかないキーパーソンである。


「現状、難民キャンプに集まっている戦力はッ!?」

「プレイヤーが9機、機体を与えられているユーザー補助AIが4機、そしてGTの私兵が4機に傭兵NPCが6機です……」

「……本来の予定だとGTの大型ミッションは何人のプレイヤーが参加しているんだっけ?」

「12人は12人なんですけど、事前選考で選ばれた12人のプレイヤーが参加しているハズなんです」

「でも敵の大将はランク6の機体だろ? それならランク5の機体もいるんだし、ワンチャン、クリアできる可能性だって……」

「馬鹿! ランク6はランク6でもBOSS属性付きの機体だぞ!? おまけに配下にはもう1機ランク6の機体がいるんだ」


 NPC含めて23機というのはあまりに頼りない戦力と言わざるをえない。

 なにしろプレイヤーたちが乗る機体のランクが低すぎるのだ。おまけにGTの私兵たちは本ミッションの第1ウェーブにて全滅する事が確定しているため第2ウェーブには関与できない。


 結局、佐藤の班員たちは再び獅子吼Dが顔を出す前と同じように結論の出ない議論を堂々巡りさせるのであった。


 やがて議論に熱を上げる班員たちを後目に獅子吼Dは甘い物の次はしょっぱい物をとばかりに誰の物とも知れない煎餅をバリボリと大きな音を立てて食べ、暇を持て余してか佐藤のパソコンを操作して本ミッション参加者の項を見ていた。




 ミッション参加者リスト

 ▷M36釈尊(OnLine)

 ▷グラスホッパー(OnLine)

 ▷雑種犬(OnLine)

 ▷アルパカ(OnLine)

 ▷恵麻=和都孫(OnLine)

 ▷キャタピラー(OnLine)

 ▷明日はホームラン!(OnLine)

 ▷ライオネス(OnLine)

 ▷サンタモニカ(OnLine)

 ▷マーカス(OffLine)




「……う~ん、佐藤さん、佐藤さん。ちなみにだけど例のワークスモデル改修キットですけど、今すぐゲーム内に実装されるのと、ゲストクの代わりのNPCが作られる3ヵ月後に実装されるのとどっちが良いんスかね?」

「それだったら上級AIは3ヵ月待たせるくらいなら今すぐ実装してしまえって判断みたいね。でも、それをさせるためにはこの大型ミッションをなんとかクリアしないといけないわけよ……」


 佐藤はそこでふと気付く。

 虚ろであった獅子吼Dの目が生気を取り戻していたのだ。


「獅子吼ちゃん……?」

「1本、貰うっスよ」


 佐藤班の共用冷蔵庫を開けると中からエナジードリンクを取り出して獅子吼Dは一気に飲み干す。


 缶を呷るために天へと向けられていた彼女の顔が勢いよく振り下ろされた時、そこにいたのは意気溌剌としたVVVRテック社最年少ディレクターであった。


「佐藤さん、上級AIに申請を。傭兵組合がミッションの募集を打ち切る前に1人、滑り込みで受注していた事にしてほしいっス!」

「え、誰を?」

「私に決まってるじゃないっスか!? テスト室の筐体は“けるべろす”が使うっスよ!」


 エナジードリンクの缶を景気付けとばかりに両手で挟んで潰し、獅子吼Dは足早に佐藤班のブースを後にする。


「3ヵ月待てないって言うなら今すぐ実装してやるまでっスよ! それじゃ!」

「あ……、行っちゃった……」


 獅子吼ディレクターの指示の元に佐藤班の面々はそれぞれ動き出すが、一様にその表情には大きな疑問符が浮いているかのよう。


「獅子吼ちゃん、自分で加勢して大型ミッションをクリアさせるつもりみたいだけど……」

「あの子、別に強くないわよね……?」

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